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・ローマの町は流しのタクシーがない上に、
雨が降るととてものことに車に乗れない。
M君は近くのホテルまで行って、
やっと車をつかまえてきてくれた。
もう一軒行く。
トラスチべーレという町に観光客のよくいく、
「チチェルワッキョ」という店がある。
ここはさすがに観光客相手だけに休んでいない。
地下へ下りていくようになっていて、
牢獄だったという話だが、
それらしい様子に作ってあって、
旅行者が喜びそうなところ、
お上りさんはともかくローマっ子はいそうになかった。
甘いアイスクリームにワインをとって見回すと、
観光客ばかり、歌うたいが一組来た。
アコーディオンやギターを携え、
「オーソレミオ」や「サンタルチア」を歌う。
「ローマへ来てナポリ民謡とはこれいかに。
しかしやはりオーソレミオでないと、
しっくりきませんな」
「ローマの歌ってあるんですか」
「あの日ローマで眺めた月を・・・」
「せっかくパスタとビアンコで、
イタリア情緒に浸っているのですから、
もう少し格好つけて頂いて」
あんまり若くない歌うたいなのに、
男のテノールはりんりんと天井をゆるがしてひびき、
これでは声楽家志望の日本人留学生は、
世がはかなくなるのではあるまいか。
日本人もかなり来るとみえて、
歌うたいの一団は片言の日本語をしゃべる。
「やったぜ、シニョール!」
「スバラシイ」
と自分でいっていた。
千リラのチップをやる。
日本円で二、三百円くらいだろうか。
「こんな店のオーナーはたいていアメリカ人ですよ。
この辺は古い町ですが、
住民はほとんどアメリカ人、ユダヤ人が多くて、
家賃も高いです」
とM君の話。
イタリアのアイスクリームはおいしいと定評だが、
ここのはやたらと甘いだけ、
白ワインも高いにしては、
ジョバンニおじさんの店のよりおいしくない。
ただローマへ来て、
はじめての晩を楽しむには、
手ごろでいいムードである。
雨は止んだが、春雷しきり、
赤マントのおじさんがタクシーを拾ってくれる。
ここでホトトギス氏が勘定を払うと、
店の支配人がきて、
両手の指でピンとつまんだ一万リラ札を、
ニセ札だと鄭重に返した。
空港で両替した札がニセだという。
「ローマはニセ札多いです。
僕の友人もこの間、銀行で五万リラを四枚替えて、
使おうとしたら、
四枚のうち二枚までニセ札だといわれました」
M君はそういっていた。
警察へ届けても、
その場で破られるだけ、
銀行へ行ってもしょうがないし、
支配人は肩をすくめて、ホカの札を出せ、
というらしい。
「そのニセ札どうするんですか」
「やっぱり混ぜて知らん顔して払う、
ということになるんじゃないですか」
「しかし、知らないうちは使えますが、
知ってからは使えませんな」
「どうしたらいいかな、僕にもわからない」
ホトトギス氏はべつの札で払い、
ニセ札はべつのところにしまった。
ホンモノの札と並べて見比べると、
印刷が不鮮明で紙質も悪いとわかるが、
はじめて空港へ下りた旅行者に弁別は無理である。
店によるとニセ札見分け機ともいうべき機械を、
おいているところもあるという。
ローマのお札は同額でも、
毎年のようにデザインがちがうので、
よほど熟練していないと見分けはつきにくい、
のではなかろうか。
ニセ札が見つかったといって、
誰一人怒る者も驚く者もなく、
財布をのぞきこんで、
「ホカの札でお払いください」
という顔でいるのだ。
そこの、泰然たるところが、
「ローマですなあ」
とおっちゃんはいう。
「春雷や ニセ札多き ローマかな」
「銀行も たよりにならぬ ローマかな」
「空港も 信用ならぬ ローマかな」
「ニセ札や 真札やとて 暮れにける」
みんながふざけている間、
ホトトギス氏は手りゅう弾をふところに入れているみたいに、
またニセ札をかくしから出して、
深刻な顔をしてじ~っと眺めていた。
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