「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

1、ローマ ⑧

2022年09月03日 08時24分05秒 | 田辺聖子・エッセー集










・ローマを北へ、ビア・カシアを走り、
これはフィレンツェまでいくそう。

ローマ郊外は緑一色につつまれて、
よいドライブである。

オリーブ畠に牧場がつづき、
モダンな貸別荘が並んでいた。

みなペルシャーノ(鎧扉)を下ろしていた。

ローマの夏は暑いので、
ペルシャーノを下ろして日光をさえぎり、
風だけ入れるのだそう。

野にはタンポポ、クローバー、菜の花、アザミ、
荒地野菊など豊かに咲いていた。

ロンチジョーネという町は、
地図にものっていないが、
城門もあり、崩れかけたお城もある。

石造りの町は城を囲んで渦巻き状に出来上がっており、
奥へ入ると、全く、中世そのもの、
それでもどの家にも人が住んでいて、
小さい子供が教会跡で遊んでいたり、
道を曲がって不意に若者や娘があらわれる。

そのさまがいい。

家々の石段は数百年の上り下りにすりへって、
丸く刳られていた。

谷を望む広場には噴水もあり、
甲冑の騎士が城の円塔から顔を出しそうであった。

ここもどの商店もお休み、
復活祭の行事でもあるのか、
町の人の楽隊が通っていった。

その後ろを子供たちが追いかけていく。

小さい一膳めしや、
というようなのが開いていたので、
そこへ入った。

中年のおばさんが店へ出、
おじさんが奥で調理するらしい。

ここでもスパゲッティ、トマトソースがあっさりして、
しかし玉ねぎと肉片が入っている。

白ワインに、またまた漆喰のごときパン、
かなり慣れて、ゆっくり食べると、
滋味が出てくるように思われる。

小さい女の子と、その兄らしい男の子が、
ガラスの水差しを持ってかけこんでくる。

「ワインを買いに来たんですね」

M君はいった。

おかみさんが樽からフラスコへワインを注いだ。

兄妹はそれを持って飛び出して行く。

日本でも、昔は、
父親の飲む酒を子供が買いにやらされる、
ということがあったが、今はしないようである。

今なら子供の飲み物が切れていると、
父親が急いで買いにいくかもしれない。

イタリアは子だくさんで、
ローマでもこの町でも子供はあふれているが、
しかし子供をよくこき使うようであった。

帰り道は渋滞、
まだモロ前首相の事件が続いている最中だったので、
そのせいかどうか、兵隊が検問したりしていた。

ローマは子供も多いが犬も多い。

人々は休日に遊びに行くのに犬を連れていき、
座席に乗せているので、
うしろから見ると、犬か人かわからない。

ロンチジョーネの一膳めしやのスパゲッティは、
ゆでかたといいソースといい、
無造作ながら、
何十年もやってきたらしいコクがあった。

スパゲッティの量が多いので、
あとの料理がもう食べられず、
団塊のパンとワインでちょうどよい料理であった。

M君にイタリア語で、

「おいしかった!ごちそうさん」

といってもらったら、
おかみさんも亭主もニッコリ、していた。

晩は、ひるめしの埋め合わせのごとく、
大々的に肉料理を食べようということになる。





          


(次回へ)

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 1、ローマ ⑦ | トップ | 1、ローマ ⑨ »
最新の画像もっと見る

田辺聖子・エッセー集」カテゴリの最新記事