「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

27、愛をささえる友情

2022年06月13日 08時25分35秒 | 田辺聖子・エッセー集










・結婚生活や夫婦愛を支える要素はいろいろあるだろうけど、
私はといえば、ただ一つだけ思い当たるのに、
友情がある。

私の結婚は友情から出発したように思える。

ほんとをいえば、
私と彼とはずいぶん距離のある人生で、
お互い四十年近く別々に暮らしてきた。

私はものを書くという仕事を持ち、
彼の方は多忙な開業医、
しかも先妻との間に四人の子持ちという人間で、
もし運命の気まぐれで会うことが出来なければ、
縁なき衆生ですれ違うだろう。

かけ離れた世界の人間同士である。

それがたまたま、
私の友人の女流作家・川野彰子さんの夫だったので、
彼女が亡くなってから会う機会が作られてしまった。

したがって交際もそれからのもので、
それに彼は小説に関心のある人間ではなく、
私たちの間では文学も小説も、
素人の直感風な「おもしろい」「つまらない」、
「好きだ」「嫌いだ」という話し方でしか、
出て来なかった。

私は結婚のことは夢にも考えず、
それは彼もそうだったと思う。

二人共室内でじっと坐ってする仕事で、
太陽を享受する機会がなかったので、
なるべく休日は外へ出かけることにしていたけれど、
ほとんど一日中、
しゃべり続けていたこともよくあった。

会話を楽しみながら、
お互いの人格のありどころを確かめていくという作業は、
したたかな手ごたえを私にもたらして返ってきた。

きっと、年齢も関係あるのだと思う。
私は三十八で彼は四十一だった。

若くもないし、年取りでもなかった。

将来に未知な部分はいく分かは残っているけれど、
今まではとてもえらかった、
ひどい目にあって若い盛りを戦争に吸い取られて来た、
という感慨は、どっちにもあった。

要するに私たちが交際している間(一年半ほど)、
私たちが生きてきた世代を確かめ合う友情で、
結ばれていたような気がする。

価値判断や人間の把握の仕方がとてもよく似ており、
私は彼よりずっと年下の人にも、
年上の人にも感じたぎこちなさや、
違和感がなかったので、
非常に気楽だった。

友情というよりも、
一つ釡の飯を食った戦友、
という感じがするのだった。

同じ戦争時代に苦しみ、
戦後の混乱の荒波を泳いで精いっぱい生きてきた同士、
そういう世代的な連帯感が私たちにはある気がする。

これは結局、
戦中、戦後と生きのびた中年者の感慨であり、
それ以上に、中年になってはじめてめぐり合い、
結婚という縁で奇しくもつながれるようになってしまった、
私たちの特殊なケースが、
そうさせるのだろう。

いくら世代を同じくするといっても、
戦後の若い人たちは、
お互いの配偶者を戦友や同士とは思わないだろう。

けれども、
私たちの世代の特殊さを抜きにしても、
夫婦の愛情の根本には、
ある種の同士愛みたいな友情があるのではなかろうか。

夫婦の年齢が開いていても、
どんなに個性に差があろうとも、
共通項分母の友情は変りない。

友情だけで結婚は出来ないけれど、
結婚から友情を抜き取ったら、
永続性はないのではなかろうか。

友情とは、何か。

私のイメージによれば、
やっぱり戦争になってしまうけれど、
どうせ人生は戦場である。

塹壕にぴったり身をつけて頭半分わずかに出し、
烈しい敵の攻撃に必死に応戦している戦友を、
横目でチラと見、やってるな、と思うと、
戦友もこちらを見返して、
うん、まだ死なずにやっとるな、と思う、
そういう時の連帯感、がんばろう、という、
声のない励まし、力づけ、
大丈夫か?大丈夫!という気づかいの投げ合い、
そういうものに夫婦の友情が感じられるのである。

そういう友情は当然、
双方が同じ力を振り絞って生きてゆく、
その気力へのお互いの尊敬がなければ、
成立し得ないものである。

そうして戦い止んで日が暮れたとき、
二人は勝ったにしろ、負けたにしろ、
二人共別々の個性を死ぬまで保ちながら、
しかも一つの個性のように融和してしまう。

そんな老夫婦の世界に到達出来たら、
どんなにいいかと思う。






          


・「女の目くじら」
今日で読み終えました。

BS再放送の「芋たこなんきん」も、
現在、戦争中の少女時代の回想が終わり、
今週は、田辺さんのモデルの藤山直美さんが、
先妻との子供たちと彼らの母親について、
考えさせられる一週間になるようです。

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