よんたまな日々

サッカーとゲームと本とおいしい食べ物

今日はニコニコして過ごす

2021年06月14日 | 日々徒然
朝から、食洗機が不調で、開けてみたら、トレイには大量の水。皿は水でびしょ濡れのまま。一瞬、故障したかと焦ったが、単に乾燥が働いてなかった様子。しょうがないので、キッチンペーパーで水気を取って、食器棚に戻す。今夜から乾燥モードセットを忘れないようにしよう。

そして、娘が起きない。無理矢理起こして朝ご飯を食べさせるが、「眠たい、保育園に行きたくない。」と四歳にして、強烈なブルーマンデー。全力で嫌がる娘を、無理矢理、自転車に押し込んで保育園に送り出す。

出社したら、在宅勤務の人から電話が鳴りまくる。週末の落雷で社内PCが次々と落ちたらしく、在宅ノートPCから社内に繋がらないとのコール。ついでに複合機も不調で再起動かけまくり。
朝からテンテコ舞いだった。

こういう日はニコニコして過ごす。自分の仕事は諦めて、ひたすら飛び込み仕事対応。
みなさん、ただでさえ不機嫌な月曜日に、システムも不調でごめんなさい。

最近よく見るビジュチューンの「ごめユニコーン」の気持ちで。
ごめユニコーンは、貴婦人の失敗を僕のユニコーンたちが謝りまくるお話だが、謝る仕草がとても可愛くて、見てる方がニコニコしてしまう。

私も真夜中の落雷とか、マイクロソフトの不具合まで面倒見切れないが、だからこそ、怒っている社員達に、笑顔でニコニコ謝れるのだ。

キチンとお話を聞いて、ニコニコと謝って、淡々と修正作業をする。それこそが、後方支援の仕事というものです。

中学生の頃、「稔るほど頭を垂るる稲穂かな。」という俚諺が大好きで、事あるごとに言い立てた。「俺がお前らに頭を下げているのは、俺の中身が充実しているからだ。」と言っているのだけど、それが傍目にどう写るかがわからないほど、子供だった。中学生の自分のために少し言い訳しておくと、うちでは威張っている父が、商売でお客さんにヘイコラしている姿が嫌いだった。そのヘイコラに理由を付けたくて、そんなことを言っていたような気がする。商売屋じゃなく、サラリーマンになって、偉そうにして過ごしたいと思った。
そして本当にサラリーマンになって、それがひどい偏見だということにやっと気が付いた。
高校に入ってから、その記憶は黒歴史として封印していた。

ところが、こうして、ニコニコとトラブル対応していると、その記憶が蘇ってきた。そして中二だと思って封印していたけど、そんなに悪くないぞと思い始めた。

三十代くらいまでは何とか実力をアピールして、会社にとって重要な人物であり続けたいと思っていた。その頃には、この俚諺はまさしく負け犬の遠吠えにしか、聞こえなかったが、後方支援に徹しようと思った今日の自分にとっては、心の有り様として許せる気持ちになった。

不思議と爽やか。

足取り軽い今日の帰路の友の音楽は
三宅由佳莉「花」。アルバム「希望〜songs for tomorrow」収録。学校唱歌も自衛隊の素晴らしい演奏と朗々とした歌声で、思わず聴き惚れてしまいます。


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