よんたまな日々

サッカーとゲームと本とおいしい食べ物

五輪中止から子供食堂まで

2021年07月17日 | 日々徒然
何だか金曜日に面白いニュース記事にいっぱい出会ったので、上手く出来るかわからないですが、子供食堂の話まで繋げたいなと。


自宅の夕飯を決める話とこの状況での五輪開催に異議を唱えることが、構造的に同じであるとの話。
どう同じかは記事を読んでください。2週間ほどで消えちゃうかもしれませんが。

実家にいる時は、母が台所の支配者でした。大抵の台所の支配者は「由らしむべし、知らしむべからず」だと思う。すると、夕飯は自分の意思と無関係に出てくるので、突然意見求められてもなと思うのが、この記事への最初の感想。うちの奥さんとの暮らしを始めてからは、夕飯は共同責任なので、いつ「今日、何にする?」と聞かれてもいいように、大抵答えを用意している。夕飯決めるのには、さっきのリンク記事に書いているように、冷蔵庫の在庫状況や家族の体調、旬の食べ物、気候も影響するので、日々の情報収集は欠かせない。つまり、コミットしておかないと、何もなしでいきなり出来るわけがない。
「由らしむべし、知らしむべからず」では、意見なぞ出ないのである。

何でうちの奥さんは台所の支配者にならなかったって?そりゃ、結婚前に理想の結婚相手について友達と話していた時に、「私は旦那さんじゃなくて、夕飯作ってうちで待っててくれる奥さんが欲しい。」と言ったくらいの人。木曜日の夕飯も「私はエビチリ食べたい」と言い出して、私が「cook do でよければ」と提案したら「よろしく!」と丸振りするくらい。キチンと期待に応える料理を作りましたよ。
相手が失敗した時に笑って済ませる度量も必要ですな。
実家の母は、40年前に息子が始めて炒め物をして、半分以上鍋からこぼした話を今でもするくらい、失敗に厳しい。まあ、家族の夕食に対する責任感がそうさせるのだろうけど、家族の夕食だからこそ、もっと大らかでいいのじゃないかと思います。
うちの妹は叱られながらも、しっかり夕飯の手伝いをしていたので、まあ、私は、ちょっと叱られて、それで諦めてしまうくらいの気持ちだったのも事実だ。

そして、次の記事。

昔の私のこの記事に書いたように、ネットでの誹謗中傷は、既に匿名のままでいられないのはご存知の通り。正体がバレて、誹謗中傷の事実が明らかなら、後はもう謝罪するしかないと思っていたのですが、敗訴を勝訴と言いくるめる厚かましさにゾッとしました。何か日本語が通じないのか、コミュニケーションするつもりがないのか。
この感じ、国民の疑問に対し、真摯に向き合う気がなく、質問のすり替えに終始している、安倍元総理、菅総理の姿に重なります。

こういう風に質問者のやる気を削ぐことに一国の首相が終始していると、民主主義の終焉という感じがします。
そこで、この記事。


民主主義がオワコンじゃなく、民主主義を支える様々な仕組みが制度疲労を起こしているという話。誰かが答えを持って来てくれるわけではないので、自分で勉強しましょう。議会制民主主義の発生の基本的な部分はこの記事にも書いてあるが、歴史と経緯くらいは理解しておかなくちゃ。

と、だいぶ遠くまで行きましたが、
この記事も、少子高齢化を本当に問題だと思うなら、子育てを自己責任などと言ってられませんよという話。ただ、この人はもう少し難しいことを言っていて、人の意識に合わせて法律ができるのではなく、法律を整えることで意識が変わると言っているのですが、じゃあ、その法律は誰が作るの?と混乱してしまいます。

児童虐待を死語にしたいという思いは同じだと思います。ただ、法律で全てが救われるのかというと、そこまで楽観的にはなれません。
この記事や、この記事に書いたように、子育てしていると、我が子に怒りを覚えるのは、日常茶飯事。その怒りをそのまま子供にぶつけるのは親として未熟。大抵の親は慈愛の気持ちとともに、自らの胸のうちに納めているのですが、それは大変なストレスです。


この記事のように、子育てをしていると自分との対話をせざるを得ない状況に追い込まれますが、自分を支える基盤が脆弱だと、自分を支えられなくなるようなことも起こります。

私は、この問題の解決は、そんなに生真面目に自分と向き合わず、子育てから時に逃げ出すことじゃないかなと思っています。

そのためには、家事代行、ベビーシッター、一時保育をもっと気楽に使える仕組み作りが必要で、そのための法整備は是非進めて欲しいです。

全部母親の自己責任にするのは辞めましょうよ。
子供食堂は、子供の食費も出せない貧しい家庭が頼るところという意味だけではなく、子育ての困難から、ネグレクトが発生しそうな時に、親子で辛く向き合っているような事態から、一度意識を外し、信頼できる人たちに、子供を預けて、素の自分に戻る場所として、重要だと思っています。
親が暴走して、ご飯が食べられない状況の時に、子供達が一時的に逃げ込むシェルターであってもいいと思います。

子供食堂はコロナの影響で、大きなダメージを受けました。子供食堂の中には「大人も歓迎」と書いてあるところがあります。運営を支え、活動を理解するために、子育て中ではない人達もぜひ、子供食堂を利用してみて下さい。

そういう活動が、コミットメントに繋がると思います。

もちろん、何にコミットメントするかは、個人の自由です。天職のことを英語でcallingと言いますが、これは、人が職業に呼ばれることを指しているそうです。何にコミットメントするかも、私が誰に呼ばれるかという問題。
こんなに子育て関連の話に興味を持って調べられながらも、まだ誰にも呼ばれていない気がします。
自分のベースに人間嫌いがありますので、人中に自分の場所はないと思っております。ブログも何かの縁、しっかり耳は澄ませておこうと思っています。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿