「あちらもあちらで、同じ事を感じたのかもしれませんわね」
「同じ事?」
「ええ。魅録にとって、悠理は唯一無二の存在なんだって事に。誰よりも大事にしている人だって事に。だから、あちらも悠理のお顔を覚えていたのではなくて?」
「・・・違うよ。ただ単に、記憶力がいいだけだよ」
そんな都合の良い話があるワケない。
だってそうだろ?
もし唯一無二の存在だって言うのなら、何で魅録はあたしを彼女にしてくれなかったんだ!?
おかしいだろ。
だから、野梨子の言ってる事は違う。
見当違いだよと告げたあたしは、手元にある湯呑みを口につけると、すっかり冷めたお茶を一気に呑み干してから話の先を続けた。
「実はさ、手紙を託された時に言われた言葉があるんだ」
「言葉?」
「ああ。『このままの状態では、駄目になりそうで』って。だから!だからあたしは・・・渡さなかった」
手紙を渡しさえしなければ、二人が元に戻る事はないと思ったから。
復縁はしないと踏んだから。
だからあたしは、元彼女からの手紙の存在を魅録に教えなかった。
いや、教えなかったんじゃない。
教えられなかったんだ。
この手紙を渡したら、魅録があたしから離れてしまうんじゃないかと思って。
元彼女の後を追って、アメリカに行っちゃうんじゃないかって。
そんな恐怖に襲われたから、どうしても渡せなかった。
「しかも、日本を経つ日とフライト時間を聞いたのに、それすらも魅録に伝えなかった」
「・・・」
「な?ひどい女だろ、あたし。全部、自分都合だもんな。魅録の気持ちなんて全然考えてない。魅録はあの子とやり直したかったかもしれないのに。もう一度、会いたかったかもしれないのに。そのチャンスをあたしは・・・自分のワガママで潰したんだ」
その上、魅録の隣をキープし続けてさ。
ヘドが出るくらいイヤな女なんだ。
あたしってヤツは。
「悠理。ご自分の事を、そんな風に仰らないで下さいな。貴女は嫌な女性ではありませんわ」
「いや。サイテーで卑怯でイヤな人間なんだよ、あたしは。だって、自分がした事を棚に上げて告白しちゃったんだから」
抑えても抑えても、抑えきれずに出口を求め暴れだす恋心。
それが遂に、溢れ出してしまった。
好きだという気持ちを閉じ込められないくらい、想いが巨大になってしまったから。
だから、我慢出来ずに告白しちまったんだ。
「あたしじゃ魅録の特別にはなれないのか。彼女として傍においてくれないのか。あたしは彼女として魅録の隣に立ちたいんだって言っちゃった」
「・・・それで、魅録は何と仰ったの?」
「魅録は『昔から悠理は俺の中で特別な存在だ。だから、ずっと傍にいろ』って」
「まあ!まるで、プロポーズみたいな言葉ですわね」
「そうかぁ!?そうは思わないけどなぁ。あ、実際のプロポーズの言葉は違ったぞ?」
「はしたない事は重重承知の上で、伺ってもよろしくて?」
「うん。魅録はあたしに『松竹梅悠理になるか?』って言ってくれたんだ」
あの時は嬉しかったな。
だって、魅録の奥さんになれる権利をもらえたんだから。
他の誰でもない、このあたしが。
これでもう、不安に苛(さいな)む必要はない。
あの手紙を渡さなかったのは時効だ。
もう忘れよう。大丈夫。
そう心に言いきかせ、魅録と結婚した。
けれど・・・
「やっぱり神様はちゃんと見てるな。とんでもない罰をあたしに与えてきた」
「罰?罰って何ですの?」
「・・・魅録と元彼女の再会。そして、裏切り」
スーツ姿の二人が、ホテルの受付カウンターでルームキーを受け取り、そのままエレベーターに乗って姿を消してしまった。
そんな光景を目の当たりにしたあたしの気持ち、分かるか?
どんなに惨めで悔しかったか、想像できるか?
まるで、奈落の底に突き落とされたかの様な気分を味わったよ。
まさかあの子が、日本にいるだなんて。
おまけに、魅録といつの間にか再会してただなんて、誰が予想できる!?
出来やしないよ。
そもそも、どうやって連絡取り合ったんだ?
あたしに内緒で、こっそり調べたのか?
そんな事をしてまで、あの子に会いたかったのか?魅録は。
分からない。
あたしには魅録の心が分からない。
「きっと、あたしが手紙を握り潰した事もバレてるよな。魅録には」
「悠理・・・」
「魅録ってさ、曲がった事や卑怯な真似は許さないヤツじゃん。だからさ、あたしがした事は絶対に許さないと思う。愛想尽かして、あたしを捨てるんじゃないかな」
「魅録に限って、そんな事しませんわ!」
「分かんないじゃん!だって既に、あの子とホテルに行ってあたしを裏切った。きっとその時に、あたしがした事がバレてる」
「悠理・・・」
「早い段階で離婚を切り出してくると思う」
もう、あたしの顔なんて見たくないだろうから。
嫌われて当然の事をしたんだから、仕方ない。
こんな事になるなら、あの時ちゃんと手紙を渡しておけばよかった。
魅録に選んでもらえばよかった。
あの子とやり直すのか、それともあたしの手を取るのか。
そうすれば、日々の生活でビクビクする必要なんてなかったのに。
「あたし、魅録の傍にいたい。離れたくない。だって、すっげー好きなんだもん。どうしようもないほど大好きなんだもん。魅録が」
嫌われても憎まれてもいい。
魅録の傍にいられるのなら。
だって魅録に疎まれるより、あたしが魅録を諦める事の方が辛いんだもん。
だから、あたしは魅録の傍にいる。傍にいたい。
でも、その一方で迷いがあるのも事実。
「魅録の幸せを考えるなら、離婚して自由にしてあげた方がいいんだろうな。本当に魅録を愛してると言うのなら、それが正解なんだろうな」
分かってるさ。分かってる。
頭の中では分かってるんだ。
魅録を解放しなきゃって、ちゃんと理解してる。
でもさ、心がついていかないんだよ。
魅録がいない生活なんて、想像できないんだ。
なぁ、あたしはどうしたらいいんだ?
そう涙ながらに訴えるあたしを、野梨子はそっと抱き締め、そして頭を優しく撫でてくれた。