「何で親父がここに!?」
「それはこちらのセリフだ。あきら、何故ここにいる」
「何故って・・・牧野に会いに来たんだよ」
「牧野さんに会いに?牧野さんに会ってどうするつもりだ」
「どうするって、直接会って謝る為に来たんだけど」
「それで?」
「はっ?」
「自己満足の為に謝罪して、それで終わりか?自分が楽になりたい、罪の意識から解放されたいが為の謝罪か?牧野さんの気持ちも考えず自分都合で謝って、その後は知らぬ存ぜぬを通すつもりか?牧野さんの都合はお構い無しか」
「親父!」
「謝罪した後、どう償うつもりだ。まさか、謝って幕引きするつもりじゃないだろうな!?牧野さんの左目の視力を奪い、人生を狂わせた加害者なんだぞ!?あきらは」
「!!俺は───」
「・・・入って下さい」
「「「えっ?」」」
「・・・そこは目立つし他の人に迷惑がかかるから、入って下さい」
感情のないままそう言葉を放ったつくしは、手にしていたケーキ皿をテレビ台の上に置くと、体の向きを出入口の方へ変えながら再度、病室内に入るよう促した。
この病室は個室なれど、特別室ではない。
一般病棟にある個室だ。
なので、同じ階に入院している患者やその見舞い客、看護師等々、様々な人たちが廊下を行き来する。
そんな中、美形親子が扉を挟んで押し合い圧し合いをしていたら、すぐ噂の的となるだろう。
いや、確実に噂になると断言出来る。
何せ、入院生活は退屈だ。
娯楽など、テレビや本や雑誌、携帯電話くらいしかない。
それだけの娯楽があれば充分だろうと思いがちだが、それも最初のうちだけ。
やがて、それらの娯楽にも飽きる。
と、なるとやはり、最終的には人との関わりを持ちたくなるものだ。
だから、人の噂話に花が咲く。
「・・・早く中に入って、扉を閉めて下さい」
「えっ?」
「変に思われます」
「あ、ああ」
今は出来るだけ目立ちたくない。
静かな入院生活を送り、ひっそりと退院したい。
人の噂話の種になどなりたくない。
そういった思いが強いからこそ、つくしは仕方なくあきらを病室内に招き入れたのだ。
一方、そんなつくしの心境など知る由もないあきらは、心痛な面持ちで病室内に入ると、彼女の傍まで歩みを進め、そして頭を下げた。
「司の暴走を止められなくて悪かった。まさか、こんな事になるとは・・・本当にすまない」
「・・・」
「牧野が望む事なら何だってする。だから、遠慮なく言ってくれ」
「・・・何でも?」
「ああ」
「何でも・・・ね。そう、じゃあ・・・飛び降りて」
「はっ?」
「私の目の前で、そこの窓から飛び降りて下さい。私の前から消えて下さい」
「っ!?」
「何だってすると仰ったのは貴方ですよ?さあ、どうぞ」
淡々とした口調で恐ろしい言葉を発したつくしに、あきらは一言も返せなかった。
冗談なようで冗談ではない、本気なようで本気ではないつくしの要求に、どう反応していいのか分からないのだ。
返答如何では、つくしの心に更なる傷を負わせる事になる。
だから、不用意な発言や行動は出来ない。
そんなあきらの複雑な心境を知ってか知らずか、つくしは室内に広がる重たい空気を払拭するかの如く、突然大きな声をあげ笑い始めた。
「あはははは!」
「ま、牧野!?」
「冗談ですから、真に受けないで下さい」
「あ、ああ」
「冗談にしては性質が悪すぎるって、貴方のご両親は気分を害したかもしれないけど、これくらいの意趣返しは許して下さい」
だって私は、左目の光を永遠に失ったんですから。
そう話すつくしに、あきらは煩悶(はんもん)した表情をのぞかせた。
それはまるで、断罪された罪人のよう。
そんなあきらの姿を傍らで見つめていた父親は、首を左右に振り、溜息を吐いてから言葉を放った。
「責任を伴わない謝罪はよしなさい。却(かえ)って牧野さんに失礼だ」
「親父!?」
「牧野さんの望む事なら何だってするだと?あきら、お前には出来る事と出来ない事の区別もつかないのか。そこまで驕(おご)っていたのか。そんなに浅はかで愚かで薄っぺらな人間だったのか」
「っ!」
「死んでくれ、失明しろ。牧野さんがそう望んだら、あきらはその望みを叶えたのか?何でもすると言った以上、有言実行しなければ、単なる口先だけの軽薄な人間だと思われるんだぞ。そんな人間、信用できる訳ないだろう」
「・・・」
「それにもし、大金を要求されだらどうするつもりだったんだ?」
「それは・・・」
「親の金を当てにするつもりだったのか?そんな事をしたら牧野さんは未来永劫、お前を軽蔑し許さないだろうよ」
「!?」
「何でもすると豪語した以上、あきら自身が汗水垂らし、金を稼がないと意味がない。金を稼ぐ大変さ、辛さを経験した上での謝罪なら、牧野さんも受け入れてくれるかもしれん。だから、あきら・・・」
「・・・何だよ」
「自分の発言に責任を持て。出来ない事を軽々しく口にするな。下手なことを言って、牧野さんを苦しめたり悲しませたりするな。これ以上、牧野さんの心に傷をつけないでくれ。私やママをこれ以上、失望させないでくれ。頼む、あきら」
一人の親として、大企業の経営者として、切実な願いを口にする父親に、あきらは顔を歪ませながら首を縦に振り頷いてみせた。
そして、心痛な面持ちを隠す事なくつくしへと視線を移すと、再度頭を下げながら詫び言を口にした。
「謝って許される事じゃないけど、それでも謝らせてくれ。牧野、本当に申し訳なかった」
「・・・」
「俺の出来る範囲で出来る事をしていくから、望みを言ってくれ」
「望み・・・ですか?」
「ああ。と、その前に一つ。牧野、俺に対する敬語はよしてくれ。距離を感じるし、他人行儀で嫌だ」
目に見えない大きな壁に隔たれてるみたいで、居心地が悪い。
だから、以前のようにタメ口で話してくれ。
そう言いながら下げていた頭を上げ、真っ直ぐな瞳で自分を見やるあきらに、つくしは冷めた表情を浮かべながら鼻で笑った。
「F4という絶対的な権力者と、貧民の私との間に大きな壁があるのは当然でしょう?立場が違いますよ。それなのに、タメ口きいて生意気言ってすみませんでした」
「牧野!」
「私みたいな貧民に、話し掛けられること自体が不愉快でした?あ、でも安心して下さい。今日を最後にもう二度と、お会いする事はありませんから」
「・・・はっ?」
「望みを言ってくれと仰いましたよね?それが私の望みです」
「牧野の望み・・・って?」
分かるようで分からない。
いや、分かりたくない。
そんな気持ちの揺れが声に表れ、思わず喉を震わせたあきらに対し、
「私の人生に関わらないで下さい」
つくしは引導を渡した。
※煩悶(はんもん)・・・悩み苦しむ。
〈あとがき〉
やっと、あきら登場です。
が、ピシッとしてないですね。
話が進んでるようで進んでないし、進まない。