ろうげつ

花より男子&有閑倶楽部の二次小説ブログ。CP :あきつく、魅悠メイン。そういった類いが苦手な方はご退室願います。

うまずたゆまず(あき→つく←総)8

2020-11-22 09:45:11 | うまずたゆまず(あき→つく←総)
「母の願望を押し付け申し訳ないとは思います。ですが、総二郎さんには牧野さんと添い遂げてもらいたいのです」

「その結果、西門を追い出されても・・・ですか?」

「西門は魔境です。そんな恐ろしい世界に、総二郎さんを放り込みたくありません。家元の血が流れているとは言え、お腹を痛めて産んだ可愛い息子に苦悩の道を歩ませるなど耐えられない。ですから、跡を継いでもらいたいとは思いません」

何の躊躇いも迷いもなくそう言い放った家元夫人は、照れ隠しの為にそっぽを向く総二郎を、和かな瞳で見つめた。

長男の祥一郎は病死した先妻の子、三男の廉三郎は家元が妾に産ませた子なので、家元夫人の実子は総二郎だけである。
なので、本来ならば実子に西門流の跡を継がせたいと思うが道理なのだろうが、家元夫人は違っていた。

家元夫人として裏方を取り仕切れば取り仕切るほど、ドロドロとした真っ黒い闇の部分を目にしてしまう。
家元夫人ですらそうなのだから、家元ともなればその何倍もの闇を目にし、対峙しているのだろう。
そんな汚い部分を息子に見せたくないし、渦中の渦に巻き込みたくない。
それが、家元夫人の本音だ。

「総二郎さんは、家元ほど狡猾にも冷酷にも残虐にもなれない。まだ貴方は本当の意味での、この世界の汚い部分を知らない。ですから、今がチャンスなのです」

「チャンス?」

「牧野さんを選び、人としての幸せを掴むチャンスです。若宗匠になったら、己を出す事は出来ません。非情になり、宗家を守っていかなければならなくなります」

「・・・」

「かしずく人間は多くとも孤独です。表裏一体の世界で家元にあてがわれた女性と結婚し、生涯を終える。それもまた、一つの道でしょう」

「俺・・・私は・・・」

「ああ、一気に話しすぎましたね。今日の所はこの辺で切り上げましょう」

総二郎さんも混乱してるでしょうから。
頭の中を整理してから、演奏会に行くか行かないかを決めて下さい。
そう付け加えた家元夫人は、ローテーブル上に置いたチケットを手にし懐に仕舞うと、静かに総二郎の部屋を後にした。

そして、数ヵ月後───



「我が身は女なりとも 敵の手にはかかるまじ」

左目に眼帯をあてがい、朗々たる声で平家物語の先帝御入水の場面を、舞台上で演ずるつくしの姿があった。
特に、二位尼が安徳帝を抱き締めながら入水する場面は鬼気迫るものがあり、多くの観客の涙を誘う。

技術的な面で言えばまだまだ粗削りな部分はあるものの、観る者の心を掴み、一気に物語の世界へと誘(いざな)う技量は目を見張るものがある。
これはもう、天賦の才としか言いようがない。
そんなつくしの演奏会を最後まで見届けた二組の親子は、感動の余韻にひたりながら会場を後にしようとしたのだが、

「あきら!?」

「総二郎・・・」

「・・・ご無沙汰しております、美作社長」

「奇遇ですね、家元夫人」

総二郎と家元夫人の親子、あきらと美作社長の親子は、会場の出入口付近で遭遇してしまった。

今回はつくしの単独講演という訳ではなく、琵琶以外にも箏や尺八、笛など日本伝統音楽を担う若手の演奏者が集まった合同演奏会である。
よって、さほど大きな会場で行われた演奏会ではない。
なので、来場していればこうして顔見知りが出会う事も、なきにしもあらずなのだ。

「珍しい場所でお会いしますわね。どなたかお知り合いでも?」

「日本伝統音楽を継承する若者達をサポートするプロジェクトが、美作商事で立ち上がりましてね。今日はその関係で来たんですよ」

「そうなんですの」

「ええ。社会貢献の一環です。ところで家元夫人は何故ここに?」

「私の贔屓筋のお弟子さんが演奏されてましたの。ですから、息子と一緒に伺ったんですわ」

「贔屓筋のお弟子さん?」

「そうです。眼帯姿の琵琶奏者がいましたでしょう?素晴らしい演奏でしたわね」

あの女性琵琶奏者が、贔屓筋のお弟子さんですの。
将来性のある楽しみな奏者ですわ。
今後、贔屓にさせてもらいます。
勿論、色々な意味で。
声高らかにそう言い放った家元夫人は、表情を崩す事なく自分を見つめる美作社長に、少しだけお話する時間を下さいと低姿勢でお願いした。

「この近くに茶房があります。そちらでお話を致しませんか?いえ、お話を聞いて頂きたいんです。お時間はさほど取らせません」

「・・・そうですね。いい機会ですし一度、じっくり話し合った方がいいでしょう。悪いがあきら、お前は一足先に帰っていなさい」

「いや、俺も行く。その方が色々と都合良いだろ。下手に勘繰られても困るし」

そう口にしたあきらは、梃子(てこ)でも動かないといった様相を見せた。
その口振りや態度からするに、あきらは家元夫人の過去をある程度、把握している事がうかがえる。
勿論、家元との関係も含めて。

だからこそ警戒し、秘密が漏れぬよう細心の注意を払わなければならない。
家元夫人の元婚約者である清辻某の娘が、十年前に死んだとされる牧野つくしと同一人物であり、その死んだはずのつくしが実は、隻眼琵琶奏者として生きているという事実を。

それが知れたら、何かと面倒な事になる。
特に、清辻家に神経を尖らせている家元には。
なので、あきらは家元に疑いを持たれないよう、偶然出会ってお茶をしたという体(てい)を作ろうとしたのだ。
そんなあきらの思惑に気付いたのか否か、はっきりとは分からぬものの、家元夫人はそれを受け入れた。

「あきらさんに会うのも久々ではなくて?総二郎さん。ですから、貴方もご一緒なさい」

「はぁ!?俺もかよ」

「積もる話もあるでしょう?宜しいわね」

「・・・へぇへぇ。分かりやした」

家元夫人の有無を言わさぬ視線と圧に、総二郎も何かを感じ取ったのだろう。
仕方なしといった様相をのぞかせつつ、素直に家元夫人の言に従った。


〈あとがき〉

何やら雲行きが怪しくなってきました。
会話の行方次第では、あきらと総ちゃんの仲がこじれる!?
どうなる事やら(→何も考えてない)


うまずたゆまず(あき→つく←総) 7

2020-09-19 08:19:40 | うまずたゆまず(あき→つく←総)
「正直に言うと、認めるのが怖いんです」

「怖い?それは、牧野さんを好きだと素直に認める事が怖いという意味ですか?」

「はい」

認めてしまえばきっと、求めてしまう。
牧野つくしの心も身体も、そして人生までもを。
そうなるときっと、何もかもが欲しくなりワガママになる。
だから意図的に、自分の気持ちに目を背けているんだと、総二郎は自嘲気味に話した。

「俺にはゼロか100しかないんです。中間がない」

「ゼロか100?」

「はい。牧野を取れば西門を棄てる事になるし、西門を取れば、牧野を永遠に諦めなければならなくなる。両方得る事など無理だ」

「そうですね」

「茶道を取り巻く環境は大嫌いだけども、別に茶道が嫌いな訳じゃない。むしろ好きなんです。だから、踏ん切りがつかない」

「牧野さんを選ぶという事は、茶道から離れる事と同義ですから当然です。西門を名乗れなくなると同時に、茶道に一切関われなくなるでしょう」

御家騒動の芽となるものは、最初から摘み取らねばならない。

もし将来、総二郎とつくしが結婚し子供が出来たとして、その子供が西門流の跡目を継ぎたいと言い出したらどうなるか。
そんなものは火を見るより明らかだ。
当然の如く、西門流は揺れに揺れる。
だから西門宗家では、直系だろうが傍系だろうが、茶道と関わりのない人生を歩む場合は、絶対に茶道で生計を立ててはならないし、西門を名乗る事も許されない。
厳しい決まり事ではあるが、無用な争いを避ける為にも至極当然の事であった。


「総二郎さんのお気持ちは分かりました。確かに今の状況では、どちらか一方を選べというのは酷な話かもしれませんね」

「・・・」

「でもやはり、総二郎さんには行ってもらいたいのです。この演奏会に」

「・・・何故」

「?」

「何故、それ程までに牧野にこだわるんです?その理由をお聞かせ下さい」

まるで、つくしを我が子のように気にかける家元夫人の様子に、違和感しか覚えない。
一体、自分の知らないところで何があるのか、何があったのか、それを教えて欲しい。
そう訴えかけてくる総二郎に、家元夫人は軽く深呼吸してから事の真相を話し始めた。


「私には、幼き頃より将来を約束した方がおりました。親同士が決めた縁組みではありましたけど、私もあの方も慕い合っておりました」

「縁組みって・・・家元夫人には婚約者がいたって事ですか」

「そうです。あの方と一緒に過ごした時間は、それはそれは夢のように楽しく、幸せだった。このまま何事もなく、あの方の元へ嫁ぐものだとばかり思っていました。それなのに、ある日突然───」

当時の西門流大宗匠と当代が、何の前触れもなく突然家にやってきて、帯封のついた札束を山のように積み上げながら、一方的にこう言ったという。

「お宅のお嬢さんを西門流の家元夫人にしたい。だから、男とは縁を切ってくれ。この金は手切れ金として、男に渡して欲しい・・・と」

「ジィさんとオヤジが!?」

「ええ」

当時、総二郎の父親である家元は妻を病で亡くしたばかり。
喪中どころか忌中の最中(さなか)、縁談を持ちかけてくるなど常識では考えられなかった。

「まだ幼い祥一郎さんに母親が必要だと言う事は分かります。ですが、忌中にその様な話をするなど言語道断。先妻さんに失礼だし、そもそもが非常識です」

「それで?」

「当家が貧しているからといって、馬鹿にしないでもらいたい。お金でものを言わせるつもりですか!?娘はもうすぐ、許婚と結婚します。娘の幸せの邪魔をしないで下さい・・・と、毅然とした態度で父が断ってくれました」

家元夫人の実家は、歴史を遡(さかのぼ)れば国母を何人も出した名家である。
しかし、明治維新により環境は激変。
当時の当主が、甘い言葉で近付いてきた得体の知れぬ人間に騙され、馴れない事業に手を出し失敗。財産は底をついた。

「代々の屋敷もその時、売り払われたそうです。ですから、零落した実家に残っているのは、歴史ある家系図と平安期に帝より下賜された龍笛のみ」

「屋敷が売り払われた?えっ、いや、しかし、オフクロ・・・家元夫人の実家は、敷地も広くて建物も立派ですよね」

「あれは、西門流の先代が用意した屋敷であって、代々受け継がれてきた屋敷ではありません」

「ジィさんが用意した!?」

「あんな家、私にとっては監獄も同然」

拳を握りしめ、眼光鋭く宙を睨んだ家元夫人は、その当時を思い出したのか、静かな怒りを露にした。

「西門に嫁がなければ、婚約者やその家族はもちろんの事、実の親や弟の安全は保証できない。大事な人たちが不幸になってもいいのか・・・そう脅されたら、従わざるを得ないでしょう!?ですから私は、泣く泣く西門に嫁いだのです」

「・・・」

「ですが、先代は兎も角、家元はそれだけでは満足しませんでした」

「と、言うと?」

「私の婚約者に女性をあてがい、強引に結婚させました。結婚に同意しなければ、私の身の安全は保証出来ないと脅して。おまけに、陰で私達が接触しないよう、四六時中見張りまでつけて」

西門に目をつけられた時から、私の人生は狂い始めた。
まるで、奈落の底に突き落とされたかのよう。
深くて暗い、先の見えない底。
もがいてももがいても、脱け出す事が出来ない。
そう話す家元夫人の瞳はわずかに揺れ、濡れていた。

「あの方が若くに亡くなられ、私の心は死にました。生きていく糧を失ったのです。ですが・・・」

「・・・」

「あの方には娘さんがいる。それを知った時、一筋の光が射し込みました」

「一筋の光?」

「私の血を引く総二郎さんと、あの方の血を引く忘れ形見の娘さんとの結婚です」

「娘?」

「家元が目を光らせていたので大っぴらに動けませんでしたが、私にもそれなりに伝手はあります。ですから、あの方に関する情報は得ていました」

元婚約者が亡くなった事だけは家元から知らされたが、それ以外の情報は与えられなかった。
だから家元夫人は、家元に悟られる事のないよう慎重に動き、最低限の情報を得ていたのだ。

「端的に申し上げます。あの方の娘さんは、牧野つくしさんです。牧野さんの存在を知り得たと同時に、その事実を知りました」

「なっ!?」

「ですが、どの様な経緯で『牧野つくし』となったのかまでは分かりませんでした」

「はっ?それはどういう・・・」

「牧野さんの本当の名前は『清辻篤子』さんと言うのですよ」

「きよつじあつこ?・・・では、牧野とあの家族は赤の他人だと?」

「ええ。清辻家の娘を利用する為に、あの方に近付いたんでしょうね。その辺りの経緯は私には分かりませんし、家元も把握していないと思います」

ですが、何らかの方法で牧野つくしさんが清辻家の娘だと知ってしまった。
だから家元は、牧野さんに関する情報を私の耳に届かないようにしていたんだと思います。
清辻の血を西門に入れようと、私が画策しない様に。

そこで言葉を一旦切った家元夫人は、ふうっと一息吐いてから言葉を続けた。

「この琵琶奏者が牧野つくしさんだという事に、家元は気付いておりません。牧野さんが亡くなったと聞いて、安心しきっているのでしょう。彼女の今の名前は、清辻でも牧野でもありませんしね」

「では何故、家元夫人はこの琵琶奏者が牧野だと知ったんです?」

「牧野さんが師事する琵琶奏者の演奏会に行った時に・・・ね」

そう話しながら軽く首を振った家元夫人は、自分をじっと見つめる息子の総二郎に再度、平家琵琶の演奏会チケットを差し出した。


〈あとがき〉

どんどん収拾がつかなくなってきてる・・・。
ここからどう三角関係に発展していくのか。
想像以上に、総ちゃんのターンが増えてしまった。


うまずたゆまず(あき→つく←総) 6

2020-09-03 19:18:53 | うまずたゆまず(あき→つく←総)
「今日も収穫ゼロ・・・か」

溜息混じりにそんな言葉を呟いた男は、軽く頭を横に振ってからパソコンの電源を落とすと、落胆した表情を浮かべながらソファに横たわった。

牧野つくしが死亡した。
当時、そんな報告を受けたのたが、にわかには信じられなかった。
いや、厳密に言えば、未だに信じてはいない。
何故なら、己の目で亡骸を確かめた訳ではないからだ。


「あれから10年も経つのか。ま、何年何十年経とうが、俺は信じやしねぇけどな」

左目を失明し、見舞金を持ち逃げして失踪した家族に絶望し、将来を悲観して自ら命を絶った。
つくしを荼毘に付した美作夫妻からそう聞かされても、にわかには信じられなかった。

赤札による壮絶なイジメを受けても、それを跳ね返して闘い抜くような女だ。
そんな女が、自らの命を絶つとは到底思えなかった。
だから咄嗟に、美作夫妻が何かを隠し、嘘を吐いているのだと総二郎は考えたのだ。


「戸籍上、牧野は死亡した事になってる。だが、そんなモンはどうとでも改竄(かいざん)出来るしな」

日本でも海外でも、指折りの大企業として名を馳せる美作商事の社長なら、戸籍をいじるくらいの事は簡単にやってのけるだろう。
それが出来る程の力と人脈が、美作商事の社長にはある。


「あきらの父ちゃんは何で、そこまでして牧野の存在を徹底して消したんだ?」

赤札による執拗なイジメからつくしを守る為か、それとも他に理由があるのか。
他に理由があるなら、それは何なのか。
総二郎には分からない事だらけだ。


「分からないと言えば、どうして俺はこんなに必死になって、牧野の行方を探してるんだろうな」

意固地なだけなのか、強情なだけなのか、単なる興味本位なだけなのか。
しかし、それらの感情だけで10年もつくしの行方に執心するほど、総二郎もヒマではない。
まだ若宗匠を名乗っていないとはいえ、それに見合った仕事が沢山舞い込んでくるのだ。
なので、つくしの行方を追う事ばかりに時間を割いてはいられない。


「ホント、何でこんなに牧野が気になるんだろうな」

つくしに対する感情が何なのか、分かりそうで分からない、分かっているけど分かりたくない。
それが総二郎の本音だ。

気付いてしまえばきっと、後戻りは出来ないから。
今歩いている道を、はみ出さねばならなくなるから。
自分を抑える事が出来なくなるから。
だから敢えて目をそらし、直視しない様にしている。
例えそれが、逃げてるだけだとしても・・・だ。

そんな事をソファに横たわりながら、つらつら考えていた総二郎の耳に、この部屋を訪うノックの音が届いた。


「誰だ?」

「私です。今、宜しいかしら」

「えっ!?あ、はい」

予想だにしなかった家元夫人である母親の声に、総二郎は面喰らいながらもソファから身を起こし、部屋の扉を開けた。

「何かありましたか?」

「・・・中に入れてもらえるかしら」

「はっ?」

「お話があります」

常にない空気を身にまとい、有無を言わさぬ圧をかけてくる家元夫人に、総二郎は何か込み入った話があるんだなと察しをつけ、素直に中に入れた。

「お休みになるところだったかしら?」

「あ、いや、まあ・・・はい」

「それは申し訳ない事をしました。でしたら、前置きはなしにして本題に入りましょう」

そう言いながらソファに座した家元夫人は、怪訝そうに自分を見やる総二郎を一瞥すると、懐から何やら紙切れを取り出し、それをローテーブルの上に置いた。

「それは?」

「平家琵琶の演奏会のチケットです。この演奏会、私と一緒に行って頂きます」

「・・・はっ?」

「そして、総二郎さんの目で確認してほしいのです」

「確認?・・・って、何をですか」

「琵琶奏者が、牧野つくしさんであるかどうかを」

「っ!!?」

予期せぬ人物の口から出た名前に、総二郎は思わず狼狽した。

今まで一度たりとも牧野つくしに対し、関心も興味も示さなかった家元夫人だ。
その家元夫人が何故、今頃になってつくしの名を口にしたのか、総二郎には理解出来なかった。

「何を仰ってるのか私には分かりません」

「総二郎さん?」

「牧野は10年前に死んだはず」

「表向きはそうです」

「表向きは・・・ね」

どういう意図があって、つくしの名を出したのか。
どうして家元夫人は、つくしにこだわるのか。
それには何か深い意味があるのか。
返答如何(いかん)では、賽(さい)の目が大きく変わる。
ここは慎重に受け答えしないとなと気を引き締め直した総二郎は、心の動揺を見せないよう家元夫人に接した。

「世の中には、自分によく似た人物が三人いると言います。恐らくその琵琶奏者も、そのうちの一人なのではないですか?」

「ですからそれを、総二郎さんに確認してもらいたいのです」

「何故?」

もし、その琵琶奏者が牧野つくしだったらどうするつもりか。
そこまでつくしに執着するのは何故か。
家元夫人の腹積もりが分からぬだけに、下手な事は言えない。
そんな総二郎の心境に気付いた家元夫人は、ふっと表情を和らげながら口を開いた。

「時間の無駄ですから、腹を割って話しましょう。牧野さんに関する情報は、家元によって全て握り潰されておりました。ですから、牧野さんが左目を失明し入院していた事も、家元が入院先にお邪魔して暴言を吐いたであろう事も、私は全く知りませんでした」

「・・・本当ですか?」

「ええ。それどころか、牧野さんが英徳学園に在籍していた事すらも知りませんでした。私の耳に牧野さんの情報が入らない様、家元が裏で手を回していたのです」

「家元が?」

あの父親なら遣りそうだなと思う一方、何で神経質なまでに、つくしの情報を家元夫人の耳に入らないようしていたのか、それが総二郎には分からなかった。

「どうして家元は、そこまで徹底的に牧野の情報を握り潰していたんですか?私にはそこのところが分かりません」

「・・・それを話す前に一つ、総二郎さんに窺(うかが)いたい事があります」

「何でしょう?」

「牧野さんに対して、恋心を抱いておりますか?」

「・・・はぁ!?」

「もし、少なからず牧野さんを想われてらっしゃるのなら、総二郎さんに協力します」

「・・・」

「ですが、これといって特別な感情がないと言うのなら、この話は忘れなさい。演奏会には私一人で伺います」

「何で急にそんな事・・・」

「総二郎さんがずっと、牧野さんの行方を追っていると知ったからです」

そう言いながら、まるで真意を探るかのように、家元夫人は総二郎の表情に注視した。
それは総二郎も同様で、家元夫人の狙いがどこにあるのか、それを探るべく凝視した。

「私が牧野の行方を追っている事を知ったという事は、家元夫人も牧野の行方を追っていたと解釈しても宜しいので!?」

「そうです」

「家元夫人が牧野の行方を追っていたのは、徹底的に西門から排除する為なのでは?」

「西門と言っても総二郎さんからではなく、西門流から遠ざける為かしらね」

西門流は、魔窟と言っても過言ではありません。
権謀術数が渦巻く、汚い世界です。
そんな世界に、牧野さんを巻き込みたくない。
そもそも、私が牧野さんに害意を加える訳ないでしょう。
そう続けて言葉を放った家元夫人は、軽く頭を左右に振りながら総二郎の考えを否定した。

「これだけは言っておきます。私と家元は一生涯、相容れない関係です。子である総二郎さんには酷な話でしょうが・・・」

「いえ、お二人の仲が良くないのは分かっております。お気遣いは無用です」

「そう・・・ごめんなさいね、総二郎さん。子供である貴方にそんな事を言わせてしまって」

「いえ、構いません。で?」

「ですから、私と家元の考えが同じではないと知ってほしいのです」

「・・・」

今までのやり取りでただ一つだけ分かるのは、家元夫人はつくしに対して悪い感情は抱いていないという事だ。
いや、悪い感情というよりはむしろ、愛情に近いものを抱いている。
それだけはハッキリしていた。
だから総二郎も、正直な気持ちを家元夫人に吐露しようと覚悟を決めた。


〈あとがき〉

書けば書くほど、泥沼化になっていく。
当初と違ってきているぞ!?話の展開が。
重たい流れになっちゃったなぁ。
長篇になりそうな予感・・・。



うまずたゆまず(あき→つく←総) 5

2020-08-04 10:34:58 | うまずたゆまず(あき→つく←総)
「私の人生に関わらないで下さい」

そんな思いもよらぬ言葉を投げつけられ、動揺するなと言う方が無理である。
現に、取りつく島もないほどつくしに拒絶されたあきらは、驚愕のあまり全身を戦慄(わなな)かせている。
おまけに、口の中がカラカラに渇き、まるで舌の根が喉に貼りついたかの様に、言葉が出てこない。
そんなあきらの姿を一瞥したつくしは、再度同じ言葉を口にすると、必ず私の望みを叶えてほしいと付け加えた。
しかし───

「い・・・やだ」

「えっ?」

「嫌だ。そんな事・・・できな・・・い」

やっとこさ絞り出すように声を出したかと思うと、自分の要求を突っぱねてきたあきらに、つくしは眉間にシワを寄せ不快感を露にした。

「何故?」

「何故って、それは───」

「左目だけではあき足らず、右目の視力も奪わないと気がすまない。そういう事ですか?」

「バカを言うな!」

「では何故、私の人生に関わるなという要求を突っぱねるんです?」

私の命が尽きるまで、とことん追い詰めないと気が済まない・・・そういう事ですか。
徹底的に叩き潰すつもりなんですね。
それほど、私が目障りで邪魔って事か。分かりました。
と、怒りの炎を静かに燃やしながら、地を這うような低い声でそう言い放ったつくしに、あきらは必死に「違う」と否定した。

「牧野が目障りだとか、邪魔だとか思った事ねぇよ。勝手に決めつけんな」

「そうでしょうか?」

「牧野!」

「もしそうだとしたら、私の人生に関わる必要はないでしょう?なのに、貴方は出来ないと言う。でしたら、その理由をお聞かせ下さい」

「それは・・・だな」

「・・・」

「牧野と繋がっていたいからだよ」

「繋がる?」

「そうだ。これから先もずっと、牧野と繋がりを持ちたい。何故かって?それは、俺が牧野を好───」

「あきらっ!!」

今まで傍観していたあきらの父親が突然、鋭い声色で息子の言葉を遮った。
その声色から察するに、何が何でも先に続く言葉を言わせまいとする強い意思が伝わってくる。

「その先は絶対に言うんじゃない」

「親父!?」

「言えば、何があろうと受け入れてもらえん。お前の存在自体を拒否される。そもそも、今のあきらにその言葉を言う資格はない」

「っ!」

「いいか?あきら。もう一度だけ言う。今はまだ言うな」

「・・・今は?」

「そうだ。今のあきらに信頼は置けん。血へどを吐くような努力をし、血の滲むような思いをしなさい。一人の男として、誠意を見せろ」

「それが出来たら言ってもいいと?」

「それは、あきらの努力次第と、牧野さんの気持ち次第だ」

牧野さんの気持ちを無視したり、心を踏みにじったり、傷付けたりする事は許さん。
相手の迷惑省みず、自分都合で突っ走ったりするな。
そう付け加えた父親は、

「牧野さんも疲れてる。ママと一足先に帰りなさい」

家に帰るよう、あきらに促した。
その物言いは、有無を言わさぬ程の強さを秘めており、さすがのあきらも従わざるを得ない。
だからあきらは、渋々ながらも父親の意に従い、母親と一緒に病室から出て行った。

そんな息子の姿を横目で見、気配が完全に消えるのを確認したあきらの父親は、つくしへと視線を移すと軽く頭を下げ謝罪した。

「牧野さんの都合も考えず、息子が押し掛けるような真似をして申し訳なかった。さぞや、不愉快な思いをしただろうね」

「・・・」

「あきらには灸を据えておくから、今日のところは許してもらえないだろうか」

口先だけではない心からの謝罪に、つくしは頷いてそれを受け入れた。

他の三人の親とは違い、あきらの両親は心の底から申し訳ないと思っている。
それがヒシヒシと伝わってくるからこそ、つくしは頷いて是と応えたのだ。
そんなつくしの様子を目にし、ほっと胸を撫で下ろしたあきらの父親は、穏やかな表情をのぞかせながら、引き続きつくしに話しかけた。

「そうそう。あのお寺に行って、琵琶奏者の名前を聞いてくるんだったね」

「・・・」

「名前だけ確認すればいいのかな?何だったら、演奏会の予定があるのか聞いてこようか。その上で牧野さんが嫌でなければ、チケットを取ろうかと思うんだがどうだろう」


別に、へりくだる訳ではない。
あくまでお伺いをたてるカタチをとり、最終的な判断をコチラに委ねようとするあきらの父親に、つくしの頑(かたく)なだった心が、ほんの少しだけ和らいだ。

雰囲気も口調も穏やかだが、話の持っていき方は少し強引。
だが、それを不愉快とは感じさせない独特の空気感。
コチラを卑下する事もなく、あくまで一人の人間として接してくれる誠実さ。
それらを肌で感じたからこそ、つくしはこの紳士を信じてみようと思った。


「・・・もう1つ、お願いがあります」

「なんだい?」

「牧野つくしという存在を、跡形もなく消して下さい」

「はっ?」

「生まれ変わりたいんです」

権力者や権力者に追随する人間に馬鹿にされ、コケにされ、虐げられる。
娘に愛情のカケラすらなく金蔓扱いし、利用する。
そんな世界から抜け出したい。
新しい世界に行ってみたい。
だから、

「この世から、牧野つくしを抹殺して下さい。お願いします」

自分の存在を消し去ってほしいと、あきらの父親に懇願した。


〈あとがき〉

思うように話が進まない。
当初とは違う流れになってきてるなぁ。


うまずたゆまず(あき→つく←総) 4

2020-07-31 08:20:59 | うまずたゆまず(あき→つく←総)
「何で親父がここに!?」

「それはこちらのセリフだ。あきら、何故ここにいる」

「何故って・・・牧野に会いに来たんだよ」

「牧野さんに会いに?牧野さんに会ってどうするつもりだ」

「どうするって、直接会って謝る為に来たんだけど」

「それで?」

「はっ?」

「自己満足の為に謝罪して、それで終わりか?自分が楽になりたい、罪の意識から解放されたいが為の謝罪か?牧野さんの気持ちも考えず自分都合で謝って、その後は知らぬ存ぜぬを通すつもりか?牧野さんの都合はお構い無しか」

「親父!」

「謝罪した後、どう償うつもりだ。まさか、謝って幕引きするつもりじゃないだろうな!?牧野さんの左目の視力を奪い、人生を狂わせた加害者なんだぞ!?あきらは」

「!!俺は───」

「・・・入って下さい」

「「「えっ?」」」

「・・・そこは目立つし他の人に迷惑がかかるから、入って下さい」

感情のないままそう言葉を放ったつくしは、手にしていたケーキ皿をテレビ台の上に置くと、体の向きを出入口の方へ変えながら再度、病室内に入るよう促した。

この病室は個室なれど、特別室ではない。
一般病棟にある個室だ。
なので、同じ階に入院している患者やその見舞い客、看護師等々、様々な人たちが廊下を行き来する。
そんな中、美形親子が扉を挟んで押し合い圧し合いをしていたら、すぐ噂の的となるだろう。
いや、確実に噂になると断言出来る。

何せ、入院生活は退屈だ。
娯楽など、テレビや本や雑誌、携帯電話くらいしかない。
それだけの娯楽があれば充分だろうと思いがちだが、それも最初のうちだけ。
やがて、それらの娯楽にも飽きる。
と、なるとやはり、最終的には人との関わりを持ちたくなるものだ。
だから、人の噂話に花が咲く。

「・・・早く中に入って、扉を閉めて下さい」

「えっ?」

「変に思われます」

「あ、ああ」

今は出来るだけ目立ちたくない。
静かな入院生活を送り、ひっそりと退院したい。
人の噂話の種になどなりたくない。
そういった思いが強いからこそ、つくしは仕方なくあきらを病室内に招き入れたのだ。

一方、そんなつくしの心境など知る由もないあきらは、心痛な面持ちで病室内に入ると、彼女の傍まで歩みを進め、そして頭を下げた。


「司の暴走を止められなくて悪かった。まさか、こんな事になるとは・・・本当にすまない」

「・・・」

「牧野が望む事なら何だってする。だから、遠慮なく言ってくれ」

「・・・何でも?」

「ああ」

「何でも・・・ね。そう、じゃあ・・・飛び降りて」

「はっ?」

「私の目の前で、そこの窓から飛び降りて下さい。私の前から消えて下さい」

「っ!?」

「何だってすると仰ったのは貴方ですよ?さあ、どうぞ」

淡々とした口調で恐ろしい言葉を発したつくしに、あきらは一言も返せなかった。

冗談なようで冗談ではない、本気なようで本気ではないつくしの要求に、どう反応していいのか分からないのだ。
返答如何では、つくしの心に更なる傷を負わせる事になる。
だから、不用意な発言や行動は出来ない。
そんなあきらの複雑な心境を知ってか知らずか、つくしは室内に広がる重たい空気を払拭するかの如く、突然大きな声をあげ笑い始めた。

「あはははは!」

「ま、牧野!?」

「冗談ですから、真に受けないで下さい」

「あ、ああ」

「冗談にしては性質が悪すぎるって、貴方のご両親は気分を害したかもしれないけど、これくらいの意趣返しは許して下さい」

だって私は、左目の光を永遠に失ったんですから。
そう話すつくしに、あきらは煩悶(はんもん)した表情をのぞかせた。
それはまるで、断罪された罪人のよう。
そんなあきらの姿を傍らで見つめていた父親は、首を左右に振り、溜息を吐いてから言葉を放った。

「責任を伴わない謝罪はよしなさい。却(かえ)って牧野さんに失礼だ」

「親父!?」

「牧野さんの望む事なら何だってするだと?あきら、お前には出来る事と出来ない事の区別もつかないのか。そこまで驕(おご)っていたのか。そんなに浅はかで愚かで薄っぺらな人間だったのか」

「っ!」

「死んでくれ、失明しろ。牧野さんがそう望んだら、あきらはその望みを叶えたのか?何でもすると言った以上、有言実行しなければ、単なる口先だけの軽薄な人間だと思われるんだぞ。そんな人間、信用できる訳ないだろう」

「・・・」

「それにもし、大金を要求されだらどうするつもりだったんだ?」

「それは・・・」

「親の金を当てにするつもりだったのか?そんな事をしたら牧野さんは未来永劫、お前を軽蔑し許さないだろうよ」

「!?」

「何でもすると豪語した以上、あきら自身が汗水垂らし、金を稼がないと意味がない。金を稼ぐ大変さ、辛さを経験した上での謝罪なら、牧野さんも受け入れてくれるかもしれん。だから、あきら・・・」

「・・・何だよ」

「自分の発言に責任を持て。出来ない事を軽々しく口にするな。下手なことを言って、牧野さんを苦しめたり悲しませたりするな。これ以上、牧野さんの心に傷をつけないでくれ。私やママをこれ以上、失望させないでくれ。頼む、あきら」

一人の親として、大企業の経営者として、切実な願いを口にする父親に、あきらは顔を歪ませながら首を縦に振り頷いてみせた。
そして、心痛な面持ちを隠す事なくつくしへと視線を移すと、再度頭を下げながら詫び言を口にした。

「謝って許される事じゃないけど、それでも謝らせてくれ。牧野、本当に申し訳なかった」

「・・・」

「俺の出来る範囲で出来る事をしていくから、望みを言ってくれ」

「望み・・・ですか?」

「ああ。と、その前に一つ。牧野、俺に対する敬語はよしてくれ。距離を感じるし、他人行儀で嫌だ」

目に見えない大きな壁に隔たれてるみたいで、居心地が悪い。
だから、以前のようにタメ口で話してくれ。
そう言いながら下げていた頭を上げ、真っ直ぐな瞳で自分を見やるあきらに、つくしは冷めた表情を浮かべながら鼻で笑った。

「F4という絶対的な権力者と、貧民の私との間に大きな壁があるのは当然でしょう?立場が違いますよ。それなのに、タメ口きいて生意気言ってすみませんでした」

「牧野!」

「私みたいな貧民に、話し掛けられること自体が不愉快でした?あ、でも安心して下さい。今日を最後にもう二度と、お会いする事はありませんから」

「・・・はっ?」

「望みを言ってくれと仰いましたよね?それが私の望みです」

「牧野の望み・・・って?」

分かるようで分からない。
いや、分かりたくない。
そんな気持ちの揺れが声に表れ、思わず喉を震わせたあきらに対し、

「私の人生に関わらないで下さい」

つくしは引導を渡した。



※煩悶(はんもん)・・・悩み苦しむ。


〈あとがき〉

やっと、あきら登場です。
が、ピシッとしてないですね。
話が進んでるようで進んでないし、進まない。