「だ、そうですわよ?悠理」
「・・・うん」
「胸の支(つか)えは取れまして?」
「・・・多分」
「まぁ!あれだけ魅録に想われてますのに、まだ何か気になる事があるんですの!?」
「気になるって言うか、引っ掛かるって言うか・・・」
「仰って?悠理」
「ん。魅録に大切にされてるのは知ってる。大事にされてるのも分かってる。けど・・・」
「けど?」
「あたし、魅録から好きだとか愛してるだとかさ、言われた事ないんだよな」
告白した時も付き合う時も、誕生日とか記念日とかプロポーズの時も、魅録からそういった言葉をもらった覚えがないんだ。
だからと言って、魅録の気持ちを疑った事はないよ。
あたしに心が向けられてるのは、ちゃんと肌で感じてるから。
でもさ、やっぱり言葉で示して欲しい時もあるじゃん。
そう本音を打ち明けたあたしに、野梨子は微笑を浮かべながら言葉を放った。
「悠理も可愛らしい事を仰るのね。それだけ魅録に対する想いが強いという事かしら」
「・・・うん」
「では、美童のように四六時中、愛の言葉を囁いてもらいたいのね?魅録から」
「えっ゙!?」
美童みたいに愛の言葉を?
あの硬派な魅録が?
恋愛事はからきし苦手で不器用な魅録が、美童みたいに『愛してるよ』『僕には君だけだよ』なんて、年がら年中あたしに囁くって!?
うへぇ・・・。
想像しただけで吐き気がする。
あんな甘ったるい言葉、耳元で囁かれた日にゃ寒気がするっての。
それに、しょっちゅう『愛してるよ』なんて言われたら軽々しく聞こえるわ。
逆に、何かやましい事があるんじゃないかって疑っちまうよ。
「・・・美童みたいなのはヤダ」
「でしたら、清四郎はどうですの?」
「清四郎!?」
「清四郎でしたら、悠理のご希望通りの言葉をくれますわよ?但し、愛の定義を延々と語りそうですけど」
愛の定義?
そんな難しい事、分かる訳ないじゃん。
頭であれこれ考える必要ないだろ。
あーだこーだご託を並べず、素直に『愛してるよ』って言えばいい話だろ。
なんて言った日にゃ、説教コース&勉強会に早変わりしそう。
愛とは何かを知らずして、それを軽々しく口にするな。
自分の言葉に責任を持て・・・ってな。
あ~、想像しただけで頭痛くなってきた。
何が悲しくて、学校卒業してんのに勉強会しなきゃなんねーんだ。
「やっぱり、今のままの魅録が一番いい」
「気の利いた言葉一つ言えない、不器用な魅録が?」
「うん。不器用だろうと何だろうと、どんな魅録でもあたしは好き。浮気されても愛想尽かされても嫌われても、あたしは魅録を嫌いになれないし諦められない。死ぬまでずっと魅録が好きだ」
「まっ!浮気されて許せますの?魅録の事」
「う~ん・・・あの魅録が浮気するって事は、あたしにも原因があるんだろうし。許せないって気持ちより、悲しいって気持ちのが強いかな。だからこそ、魅録を手離してなんかやんない。あたし以外の女になんて渡してやるもんか」
魅録の幸せを願うなら自由にしてあげるのが一番なんだけど、でも自由になんてしてやんない。
それが、浮気した魅録に対する罰になるだろうから。
「魅録に浮気されても、結局は許しちゃうんだろうなぁ」
「でも、実際に浮気されたら冷静にはなれないでしょう?同じ空間にいるのも嫌になるのではなくて?」
「う~ん・・・もしそうなったら、野梨子んトコに避難しようかなぁ。迷惑だろうけど」
「いいえ、ちっとも。魅録が浮気した時は、いつでもいらして下さいな。魅録が泣いて謝るまで、この家の敷居は跨(また)がせませんから」
「おいおい、随分と物騒な話をしてるじゃねーか」
「「魅録!」」
「泣いて謝るような真似はしねぇから、浮気の心配はご無用だぜ?野梨子」
「うっ!」
「それと悠理、俺がお前以外の女に興味抱く訳ないだろ。ずっと傍にいるのに分からねぇのか?」
「ご、ごめん・・・」
「こりゃ、お仕置きが必要だなぁ」
「「お、お仕置き!?」」
そう言ってニヤリと笑みを浮かべた魅録からは、嗜虐的(しぎゃくてき)な空気が漂っていた。
正直言って不気味で怖い。
こんな顔した魅録、初めて見るよ。
うすら寒いったらありゃしない。
これはもしかして、かなり怒ってるんじゃないのか!?
魅録が浮気する前提で、野梨子と話をしてたから。
それが逆鱗に触れて、お仕置きなんて言い出したんじゃないの?
つうか、お仕置きって何だよ。
拷問とかそういった類いのヤツか!?
水責めとか火あぶりとか崖から突き落としたりとか打ち首とか。
・・・ヤダ!絶対にヤダ!そんなの無理。
何でそんな目に遭わなきゃなんないんだよ。
あくまで『タラレバ』の話なんだから、そこまで怒る必要ないじゃん。
そもそも、あたしと野梨子の話を盗み聞きしてる魅録の方こそお仕置きが必要なんじゃねーのか!?
それよりも、どの時点からあたし達の話を聞いてたんだよ。
しっかり気配まで消してさ。
という、あたしの心の声など届くはずもなく、魅録は相も変わらず不気味な笑みを浮かべていた。
「安心しろ、野梨子。お仕置きが必要なのは悠理だけだ」
「「・・・はっ?」」
「覚悟しとけよ?悠理」
「ひっ!」
覚悟って、どんな覚悟だよ。
あたしに何するつもりだ。
そう言いたくても、舌が喉に張りついて言葉が出てこない。
そんなあたしの状態を知ってか知らずか、魅録の話は続く。
「でけぇヤマを片付けた褒美に、明日から5日間の休暇をもらった」
「えっ!5日間も!?そんなの初めてじゃん」
「ああ。だから思う存分、お前にお仕置きが出来るな」
「ひいっ!」
「メシ、風呂、トイレ以外はベッドから出られると思うなよ?そう簡単には解放してやんねぇ。腰砕けになる覚悟はしておくんだな」
「・・・へっ?」
「今回の事件解決に伴い部署異動になるんだ。幸いにして、今後は危険を伴わない職場に配置転換される。仕事も一区切りついたしな。だから、今まで控えてた子作りも解禁だ。俺がお前しか眼中にないって事をベッドで証明してやるよ。お前の声が枯れるくらい何度でも抱くからな。それがお前へのお仕置きだ」
「なっ!?」
「ベッドは買い替える羽目になるだろうよ。俺達のニオイとシミでエライ事になるから。それは頭に入れとけ」
「うっ!」
お仕置きって・・・腰砕けって・・・子作りって・・・だだだ抱くって!?
なななな何て事を口にするんだ。
破廉恥にも程があるぞ。
しかも、野梨子の前で。
言葉が露骨すぎるっての。
ベッド買い替えって、何の話をしてるんだ。
んな事、ハッキリキッパリ口にするんじゃない。
と、魅録に抗議をしようとしたその時、
「人前で何て事を仰るの!?はしたないですわよ、魅録。人の家でノロケるくらいなら、さっさとご自宅にお帰り遊ばせ!」
茹でタコみたく顔を真っ赤にさせた野梨子に、体よく白鹿邸から追い出されてしまった。