「夕日の差して山の端いと近うなりたるに、からすの寝所へ行くとて~って言うけどよ、ホントだよな」
「はっ?」
「山の端に夕日が差した時、二、三羽のカラスが寝所に帰る姿は、確かに趣があるよな」
「・・・また枕草子?」
「おっ!分かってきたか」
「まあな」
だから、前から分かってるっての。
知らないフリしてるだけだ。
しかしさぁ、相変わらず魅録ってばズレてるよな。
二、三羽のカラスなら趣あるかもしんないけど、うちらが見てる光景は、どう見ても大群じゃん。
しかも、寝所に帰るどころか、都心でメシの在処を探してる集団じゃん。
コレのどこに趣を感じるんだよ。
マジで魅録の感性が分かんねぇ。
「秋の夜長に聞こえる虫の声や風の音も、またいいもんだよな」
「うん」
あ、それは分かる。
秋風にそよぐ音も虫の音も、耳にすると不思議と心落ち着くんだよな。
と同時に、ほんの少しだけ物寂しさも覚えるけど。
「何でいなくなったんだ?」
「はっ?」
「今日の学園祭だよ。途中からいなくなっただろ?お前」
「あ~・・・うん」
何だ。気付いてたのかよ、魅録。
あたしが学園祭サボってたの。
だってさ、見たくなかったんだよ。
お前と野梨子が肩を並べて立つ姿をさ。
だから、生徒会室の奥にある仮眠室でフテ寝してたんだ。
そもそも何だよ!?
『聖プレジデント理想の最強カップル』っつーコンテストは。
誰がこんなの許可したんだ。
・・・って、文化部長である野梨子が許可したに決まってるよな。
こんなの、ぶっちぎりで魅録と野梨子が優勝するに決まってんじゃん。
だって、校内新聞の『理想のカップル像』って記事に、魅録と野梨子の名前が書いてあったんだから。
「優勝したら、ホットドッグ1年分がもらえたんだぜ!?」
「ホットドッグ1年分!?」
「ああ。だから、優勝するつもりでエントリーしたのに、肝心のお前がトンズラしちまうから貰いっぱぐれたじゃねーか」
「・・・はっ?」
なに言ってんだ?魅録。
あたいがトンズラしたのと優勝するのとは、全く関係ないじゃん。
つうか、コンテストってエントリー制だったのか!?
理想のカップル名を書いて、得票数が多かったカップルが優勝ってシステムじゃなかったのかよ!?
そう問い質すあたしに対し、魅録は心持ち頬を赤く染めながら答えてくれた。
「コンテストはエントリー制だ」
「ふ~ん」
「優勝商品がホットドッグ1年分だって聞いたから、エントリーしたんだぜ!?お前が喜ぶかと思って。食いてぇだろ?ホットドッグ」
「あ、まあ、そうだな」
「だろ?だから俺と悠理の名前を書いて、コンテストにエントリーしたんだ。俺ら二人なら、ぶっちぎりで優勝すると思ったからよ」
えっ!?
あたしと魅録なら、ぶっちぎりで優勝すると思った!?
それって、あたし達が理想の最強カップルだと魅録自身が確信してたって事?
つまり、あたしを女として見てくれたって事だよな。
彼女にしてもいいと思ってくれたんだよな。
だからエントリーしたと、そう捉えちゃっていいの?
と、魅録本人に聞きたくとも聞けないあたしは、口をつぐんだまま話の先を促した。
「俺らがぶっちぎりで優勝するかと思ってたのによ、思わぬ伏兵が現れて肝を潰したぜ」
「伏兵?」
「野梨子だよ」
「野梨子ぉ!?」
「ああ。野梨子のヤツ、清四郎と自分の名前を書いてエントリーしやがった」
とんだ邪魔が入っちまったぜ。
そのせいで接戦する羽目になったけど、最終的には僅差で俺らが勝ったからヨカッタよ。
終わりよければ全てヨシってヤツだ。
なのに、肝心なお前がトンズラしちまうもんなぁ。参ったぜ。
なんて愚痴をこぼす魅録に、あたしは何て言葉を返していいのか分からず、取り敢えず愛想笑いを浮かべておいた。
「お前がトンズラするから優勝したのに辞退して、準優勝した野梨子も辞退して、他にエントリーしてた奴らも辞退しちまったから、結局優勝者はナシってなっちまった」
「そ、そっか」
「高校生活最後の学園祭で、思い出作りをしたかったのによ。お前がいなけりゃ意味ねぇじゃん」
「えっ!?」
それってどういう意味だ。
あたしは特別って事!?
それとも深い意味なんてなくて、野梨子や可憐にも同じ事を言ってた?
魅録の中では、あの二人とあたしは同列?
そう聞きたいのに聞けないもどかしさ。
魅録は気付いてないだろうなぁ。
「なあ、悠理」
「・・・なんだ?魅録」
「秋の夜長に鳴く虫の声、聞きに行こうな。二人で」
「二人で?」
「何だよ。俺とじゃ不満か!?」
「ち、違う違う!不満なんかないって」
不満なんてあるワケねーだろ。
むしろ、嬉しい。
って言うか、二人きりだと魅録を意識し過ぎて、逆に緊張しちまうけどな。
でもやっぱり嬉しいよ。