観光協会に籍を置き、観光案内所の窓口で働く総二郎の1日は、大体決まっている。
朝8時半の始業に間に合うよう家を出て、余程の事がない限り、定時である夕方5時には窓口業務が終了する。
そして、残務処理を行ってから帰路に着く。
そんな日々を、総二郎は送っている。
基本的に土日は出勤なのだが、修平の学校行事に合わせて休みを取るなどの融通は利くので、総二郎に不満はない。
何より、家族仲良く毎日を過ごせる事が幸せなのだ。
西門の家にいた時とは比べ物にならない程、総二郎の心は満たされ、充実した日常を過ごしている。
さて、そんな総二郎の留守を狙ったかのように、牧野邸を訪れた人物がいる。
一人は道明寺財閥の御曹司である道明寺司で、もう一人は、
「つくしぃ~!体の具合はどう!?元気?」
「ぐ、ぐえっ・・・ぐ、ぐるじぃ」
「おい、滋!牧野が潰れちまうだろ。放してやれ」
「は~い」
司に放してやれと言われ渋々つくしを解放したのは、石油関連を扱う大企業、大河原グループの御令嬢である大河原滋だ。
新築祝いならぬ新居祝いと称して、桜子や優紀と一緒に牧野邸に遊びに来た事があるが、その時以来の再会となる。
数ヵ月前に会った時と比べ今の滋は、雰囲気が柔らかくなり微かな色気まで漂わせている。
と言うか、司との距離感や空気感が明らかに変わった。
司の隣に立ち、幸せオーラを撒き散らしている。
それは司にも言えて、つくしの前だから自重しているものの、それでも滋を見る瞳からは愛情が駄々漏れている。
全く隠せていない。
だが、つくしは敢えてそこには触れず、笑顔を浮かべながら「いらっしゃい」と二人を招き入れた。
「ウチの人も息子もいないけどよかった?」
「あ、ああ。まずはお前にちょっと用事があってな」
「ふ~ん・・・用事ね。それにしても突然すぎない?」
「あ、まあ、その、ワリィ」
「別に私はいいんだけどね。療養中で仕事してないし。それにしても、珍しい組み合わせだよね。どうしたの!?」
「うっ!その、まあ、何だ・・・うん」
二人揃って畏まり、独特の緊張感を身にまとうその姿を目の当たりにしたつくしは、直ぐにピンときた。
あ、幸せな報告をする為にわざわざ来てくれたんだな・・・と。
だから、ここは我慢強く相手側から切り出すのを待とうと心に決め、笑顔を絶やさぬまま向こうの出方を待った。
とは言いながら、ほんのちょっぴり「サッサと言っちまいな」という圧もかけてはいたが。
そんなつくしからのプレッシャーなど気にも止めぬのか、はたまた余裕がないだけなのか、顔を真っ赤に染めた司がシドロモドロになりながら事情を説明した。
「あ、あのよ、俺達その、けけけけけ」
「毛?」
「違ぇよ!けけけっ結婚するんだ!」
「わぁ!本当に!?」
「お、おう」
予想はしていたのでそこまでの驚きはなかったものの、それだと滋に悪いかなと思い、つくしは両手を叩き喜びを露にした。
「おめでとう、滋さん。よかったね」
「うん・・・ありがとぉ~つくしぃ」
「一途な想いが実って本当によかった。凄く嬉しいよ」
「ほ、本当に!?」
「もちろん!道明寺に幸せにしてもらってね。そして滋さんも、道明寺を幸せにしてあげてね」
「うん!」
「道明寺、どんな時でも滋さんを守ってあげて。例え世界中の誰もが敵になったとしても、アンタだけは滋さんの傍から離れないで。二人で手を携えて難局を乗り越えてね」
「お、おう!」
「道明寺家に嫁ぐプレッシャーは、他家に嫁ぐのとは似て非なるものだから。滋さんだって心細いはずよ。アンタがしっかり支えてあげないと。分かった!?」
腰に手を当てながらそうピシャリと言い放ったつくしの姿は、どことなく学生時代を彷彿とさせる。
元気いっぱいに蹴りを入れ、全速力で走り回り、必死になって物事を追い、誰よりも親身に相談事に乗る。
そんなパワフルで少しお節介なつくしを、久しぶりに垣間見た司は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら先を続けた。
「ったりめーだ。滋は俺様がちゃんと守ってやる」
「司ぁ~」
「滋さん、安心してお嫁に行けるね」
「うん・・・うん。嬉しいよぉ」
「道明寺、滋さんの手を離さないでね。アンタを幸せに出来るのは滋さんだけなんだから」
「分かってるよ」
かつて、この手で司を幸せにしたいと思った事もあった。
短い交際期間だったけど、あの時の想いは本物だった。
だけど、想像以上の障害が二人の仲を阻んだ。
手を携え、どんな困難も乗り越えようという気力すら削がれるほどの障害が。
未熟だったのだ、二人とも。
敢えて言うなら、そこまでの覚悟と勇気と自覚が足りなかったのだとつくしは懐古する。
本人同士は本気でも、周りの大人達はママゴトの様な恋愛にしか見えなかっただろう。
正に、若さ故の無謀。
好きだけではどうにもならない社会。そして、社会のしがらみ。
それが痛いほど分かり、身に滲(し)みた。
だからこそ、幸せになってもらいたい。
心休める温かい場所をやっと見つけた司と、孤独な司を見守り続けた滋には。
「改めまして、ご結婚おめでとうございます」
「「ありがとう」」
「わざわざ報告に来てくれてありがとう。分刻みのスケジュールなんでしょ?大丈夫なの?」
「ああ。牧野には直に一番で報告したかったからな」
「司と相談して決めたの。つくしには直接会って報告しようって。だから、司に時間作ってもらっちゃった」
「ありがとう」
じゃあ、無理して時間作ってくれたんだ。
折角だからお茶でもと思ったけど、無理っぽそうね。
などと残念そうに口にするつくしを他所に、司と滋は悪戯っ子のような笑みを浮かべ、
「昼までなら大丈夫だ。仕方ねぇから茶を飲んでやる。何なら早めの昼飯も食ってやるぞ!?」
「つくしお手製のラスクとあられ食べたい!」
其々が勝手な事を言いながら、呆気にとられるつくしを他所に、さっさと牧野邸に上がりこんでいった。