「遂に冬眠から目覚めたんだね。そう彼女に言われてやっと、俺は気付いたんだ」
「何に気付いたんですの?」
「単なるダチじゃなく、一人の女性として悠理を見てたって事にな。しかも、我を見失いそうになるくらいに」
無意識のうちに抑えこんでたんだろうな。
悠理に対する想いを。
有閑倶楽部内での均衡を保つ為に。
だから、彼女の言う深意に気付けなかった。
しかし───
「悠理への想いに気付いた以上、そ知らぬ顔して彼女と付き合う事は出来ねぇ。自分の心を偽ってまで彼女と付き合うってのは、彼女に対して失礼だ」
「では、正直に『別れて欲しい』と言いましたの?」
「いや。向こうから『別れて欲しい』って切り出してきた」
彼女は大の少女漫画好きで、そういう世界に憧れを抱いてたんだと。
そんな中、俺との出会いが運命的なものに思えたらしくて、好きになったそうだ。
いや、正確に言うと『好きになったつもり』でいたってヤツだな。
で、少女漫画の世界では、その運命的な出会いがキッカケとなり、二人は付き合う様になるんだと。
「でも、いざ付き合ってみると、漫画の主人公みたいなドキドキやワクワク感が全く湧いてこないし、デートしても高揚感ゼロだし、何だかなぁって言われてよ。挙げ句の果てには『好きとか付き合うとか、それがどういう事なのかよく分からない』とまで言われたぜ」
「まぁ!つまり、彼女は恋に恋してただけで、別に魅録に恋していた訳ではないと?」
「ま、そういうこった。本人がそう言ったんだから、間違いないだろ」
「本当は魅録が好きのに、肝心の魅録の心は悠理に向いている。だから彼女は、自分の心を押し殺して身を引いた。そんな可能性もあるのではなくて?」
「悠理への想いを認めた俺に、少女漫画で得た知識を披露し、あーだこーだアドバイスしてくるんだぜ?そんな人間が、俺に未練を残してるとは思えねぇよ。仕舞いにゃ、悠理に早く告白しろってせっついてくるし」
勇気を出して一歩前に踏み出せ。殻を破れ。
後悔先に立たずを地でいくつもりか。
悔やんでも悔やみきれないだろうが。
悠理が他の男にかっ拐われるのを、指をくわえて黙って見てるつもりか。情けないぞ。
そんな説教じみた事を言われたんだ。
何かさ、拍子抜けするよなと話す俺に、野梨子はふっと表情を和らげながら、眠っている悠理にチラリと視線を向けた。
まあ、眠っていると言うより、眠っている『フリ』と言った方が正しいんだがな。
けど俺は、敢えて気付かぬフリをする。
悠理がとっくの前に目覚めていて、ずっと狸寝入りをしながら俺達の話を聞いている事に。
「魅録、うかがいたい事がありますの。宜しくて?」
「何だ?」
「その彼女と再会されたのは、今回のお仕事で?」
「ああ」
「それ以前にお会いになった事は?」
「あるワケねぇだろ」
そもそも連絡先も知らねぇのに、どうやってコンタクト取るんだよ。
例え連絡先を知っていたとしても、コンタクト取る気なんて更々ねぇよ。
そう口にする俺に、野梨子は一つ頷いてみせてから言葉を続けた。
「再会されて、悠理との関係は話されましたの?」
「関係?・・・ああ、結婚してるって事か。当然、話したぜ?」
「その時、彼女は何と?」
「よかった。ちゃんと私の手紙を読んで、実行に移してくれたんだねって言ってたな」
「て、手紙!?」
「何の事を言ってるのかその時は分からなかったけど、取り敢えず話は合わせておいた」
厳密に言うと『悠理に託した手紙』って言われたんだけどな。
だが、そこの部分は敢えて濁しておいた。
じゃないときっと、悠理を追い詰める事になるだろうから。
だから俺の口からは言わない。
何もかもを正直に話す必要なんてないだろ!?
話したところで、悠理を傷付けるだけだ。
だったら、俺からはその部分に触れない方がいい。
もし何かあれば、悠理の方から切り出してくるだろう。
そんな事を胸の内で呟いていたら、野梨子がまたも昔の彼女について訊ねてきた。
「何だよ。まだあんのか?」
「魅録は何故、彼女と付き合おうと思いましたの?」
「はっ?」
「彼女が好きだから、お付き合いをされたのでしょう?」
「そりゃまあ、好きじゃなきゃ付き合わねぇよな」
「その割りには未練なくサッパリ別れましたのね。いくら悠理への想いを自覚したとは言え、悩んだりしませんでしたの?彼女と別れるという決断に」
「悩んだり?いや、ねぇな」
薄情だと言われようが、酷い男だと言われようが、一点の曇りもなく別れられた。
何故かって?
そりゃ、決まってんだろ。
さっきから何度も言ってるが、悠理に対する想いに気付いたからだよ。
ハッキリ言っちまうと、悠理以外の女はいらねぇと断言出来るくらいに惚れてたからな。
いや、現在進行形で惚れて「る」んだけどな。
だから、彼女と別れた事に対して何の後悔もしていない。
「悠理に対する好きと、野梨子や可憐や彼女に対する好きとは種類が違う。それに気付かぬまま付き合っちまった」
「・・・その彼女に対する『好き』は、私や可憐に対するものと同類だと?」
「だな」
「では、もう一つ。その彼女が王女チチに似ていたから、お付き合いされた訳ではありませんの?」
「はっ?」
「少なくとも、悠理はそう思ってますわよ?」
思いもよらぬ名前を耳にした俺は、思わず口を半開きにし、呆けた面を無防備にも晒す羽目となった。
えっと・・・どういう事だ?
付き合ってた彼女がチチに似てただって?
そんな風に思ってたのか、悠理のヤツ。
「似てたのは、髪の長さくらいだろ」
「えっ?」
「正直言うとよ、ボンヤリとしかチチの顔を思い出せねぇんだよな。つうか、白状すると覚えてねぇ」
「覚えてない?王女チチの顔を・・・ですの?」
「ああ。今はもう、思い出す事すらねぇよ」
「でも、その当時は覚えてらしたでしょ?王女チチを」
「だからと言って、付き合ってた女とチチが似てるとは、一度も思った事ないぜ?」
それじゃまるで、チチの身代わりとして元彼女と付き合ってたみてぇじゃねーか。
そんな、チチにも元彼女にも失礼な事、しねえっての。
マイタイ王国から帰ってきてしばらくは、確かにチチの事ばかりを考えてたさ。
だからと言って、チチの面影を追ってた訳じゃねーし、チチ似の女を求めてた訳じゃねーし、そもそも、そんなつもりは毛頭ねーし。
「チチはチチだし、元彼女は元彼女だ。比べる必要がどこにある!?」
「・・・そうですわね」
「だから、元彼女とチチを重ねて見た事なんて皆無だ」
「分かりましたわ」
「っと。ワリィ、部下から電話だ。少しだけ席を外すから、悠理を頼むな」
「はい」
そう言いながら、寝たフリしてる悠理にチラリと視線を這わせた俺は、受信ボタンを押しながら部屋から出て行った。
〈あとがき〉
悠理の憂いが一つ消えた・・・かな?
硬派で照れ屋でウブな魅録が、こんなに饒舌に語るかねぇ!?
ま、いざ腹をくくったら、誰よりも自分の気持ちをぶちまけそうではあるけど・・・。