ろうげつ

花より男子&有閑倶楽部の二次小説ブログ。CP :あきつく、魅悠メイン。そういった類いが苦手な方はご退室願います。

父さん頑張れ 6

2020-05-31 07:29:28 | 父さん頑張れ(総つく)
普段口にする事のない高級な茶菓子を食べ、茶で喉を潤したつくしの耳に、この個室に近付く足音が聞こえてきた。

「夢子さんが来たのかな・・・ん?夢子さん以外の足音もするけど・・・誰?」

軽やかにヒールの踵(かかと)を鳴らし、こちらにやってくるのは夢子だと分かるが、もう一人の靴音が誰のものなのか分からない。
靴音からするに、男性であるのは間違いないが、随分と落ち着きのない歩き方をするなとつくしは思った。

「さっきの係員さん・・・にしては、せせこましい歩き方よね。こんな落ち着きない歩き方するかなぁ」

自分をここに案内してくれた係員さんは、もっと優雅で品のある歩き方をしていた。
今、聞こえてくる靴音とは雲泥の差だ。
もしかしたら、先程とは違う係員さんが夢子さんをこちらに案内しているのかもしれない。
などと、心の中で自己解決したつくしは、夢子を迎えるべく席から立ち上がり、個室の扉が開くのを待った。
すると、

「牧野!!」

扉が開いたと同時に、黒い大きな塊がつくし目掛け突進してきた。
そして、二度と離さないと言わんばかりに、彼女を力強く抱きすくめた。

「牧野・・・牧野!」

「ぐえっ・・・」

「会いたかった・・・牧野」

「ぐる・・・じ・・・」

「もう心配いらねぇからな。これからは俺がお前たちを守るから」

「うぐっ・・・な・・・せ」

「牧野?」

「苦し・・・い・・・離せぇ~」

息も絶え絶えに離せと言い、唯一身動きがとれる足で黒い塊の足を思いきり踏みつけたつくしは、相手が怯んだ隙にそのままの勢いで、ボディブローを一発お見舞いした。

「いってぇ~~!何すんだよ!?」

「何って・・・いきなり抱きついてくるから!・・・って・・・えっ?」

ボディブローが効いたのか、腹を押さえ座り込む黒い塊を、つくしは信じられないものを見たといった表情を浮かべながら手で口を覆った。

嘘でしょ?
会いたくて仕方なかった人が、目の前にいる。
二度と会えないと思ってた人が、目の前にいる。
まぁ、目の前と言うよりかは、足元でうずくまってると言った方が正しいけど。
と、妙なところで自分に冷静な突っ込みを入れたつくしは、黒い塊と目線を同じにすべく、床に膝をついた。

「な・・・んで・・・ここに?」

「迎えに・・・痛ぇ」

「迎えにって?」

「そのまんまの意味だよ」

「なん・・・で」

「何もかも一人で背負わせちまって悪かった」

「っ!」

「もう離さねぇし、離れねぇから」

「に・・・し・・・かどさ・・・ん」

他の人の前では絶対見せる事のない、素の笑顔をのぞかせる総二郎を目にした途端、つくしの涙腺は決壊した。

西門総二郎の素の笑顔を拝めるのは、つくしの特権だ。
あのF4にすら見せない笑顔を、自分にだけは見せてくれる。
それはきっと、総二郎にとって自分は特別な存在だから。
信頼して心を預けられる、安心な場所だと思ってくれてるから。
だから総二郎は、自分に素の笑顔を見せてくれるんだとつくしは思っている。
そう思わなければ、自分の足で地に立っていられないから。
強く生きていけないから。
一人の母として、女として。
不器用な生き方だけど、自分にはそれしかないから。
だから今まで踏ん張ってこられたんだ。
と、つくしは自負している。

そんな彼女の心情を汲み取ったのか、総二郎は笑顔を浮かべたまま彼女の腕を引っ張ると、横抱きにしてその肩に手を回した。

「くくっ」

「?」

「あれが伝説のボディブローか」

「へっ?」

「司のヤツ、よく喰らってたもんな。牧野のボディブロー」

「なっ!?」

「嬉々としてお前のボディブローを喰らってたけど、司ってマゾなのか?」

苦笑いしながらそう口にした総二郎は、空いている片方の手で自分の腹をさすった。
そんな総二郎の姿に思わず吹き出したつくしは、躊躇いながらも腹をさする彼の手に自分の手を重ねた。

「ごめんね。痛かった?」

「ああ」

「ごめんね」

「ああ」

「・・・相変わらず綺麗な手」

「ん?」

「繊細で傷付きやすいけど、大きくて温かくて・・・安心できる手」

そんな事を言いながらつくしは総二郎の手を握ると、そのまま自分の頬にもっていき、彼の手をそっと押しあてた。
ずっとずっと、求めていた愛しい人の温もり。
どんなに強がっても、頑張っても、心の何処かでは常にこの温もりを欲していた。

「この温もりは、私を私らしくしてくれる」

「そうか」

「生きる勇気や希望をもたらしてくれる・・・私の大好きな手」

「手、だけか?」

「へっ?」

「大好きなのは俺の手だけなのか?」

「えっと・・・それは・・・」

「俺は牧野の全てが好きだし愛しいし大切だけどな」

「なっ!」

「この気持ちは俺の一方通行か?答えろ、牧野」

「それは・・・その」

「答えてくれ。じゃないと、俺達は前に進めない」

大事なのは、言葉よりも行動だ。
それは総二郎にも分かっている。
しかし、二人の関係を確固たるものにする為にも、ケジメをつける為にも、何か区切りが必要だ。
想いを口にする事により、覚悟を決められる。
自分の本当の気持ちに、真正面から向き合える。
言霊に宿る力は馬鹿には出来ない。
そう総二郎は考えていた。

「たかが言葉、されど言葉だぞ?牧野」

「・・・うん」

再度、言葉を促した総二郎に、つくしは頬を伝う涙を拭う事なくはっきり自分の想いを告げた。

「今でもずっと西門さんが好き。大好き。西門さんがいてくれたら、それだけでいい。いてくれるだけで幸せだから」

「俺だけじゃなく、子供も・・・だろ?」

「!?」

「俺とお前と子供の三人が一緒なら、日々楽しく幸せに過ごせる。違うか?」

「ううん、違わない」

「じゃあ、決まりだな」

ベタなセリフだけど、三人で幸せになろうな。
そう言い放った総二郎に、つくしは何度も頷いた。
そんな二人の耳に、

「ちょっと。私がいる事を完全に忘れてるでしょ、二人とも・・・じゃないわね。つくしちゃんは兎も角、総二郎君が私の存在を忘れるはずないわね」

溜息混じりの声が届いた。
その声に驚き振り返ると、そこには、

「ゆ、夢子さん!」

「・・・ふっ」

呆れ顔をしながら二人を見つめる夢子の姿があった。



父さん頑張れ 5

2020-05-28 15:52:28 | 父さん頑張れ(総つく)
立春も過ぎ、町の空気も何処となくバレンタイン一色に染まりつつある中、つくしの顔色はどこか冴えない。
と言うのも、昨年夢子にした相談事が、何一つ解決していないからだ。
手術の件もそうだが、何より一人息子である修平の行く末が全くもって決まっていない。
それが一番の懸念材料である。

「夢子さんにそれとなく聞いても、『心配しないで。あと少しで解決するから大丈夫よ』の繰り返しだし」

そもそも、何が解決するの?
私の手術の事かしら。
それとも、私がこの世から去った後の、修平の今後について?
いやいや。もしかしたら、両方いっぺんに解決するって意味かもしれない。
などと、頭の中であれこれ考えているうちに目的地に到着したつくしは、先方から指定された場所へと歩みを進めた。

実は一週間ほど前、つくしは夢子から電話をもらっている。
その内容は、

「つくしちゃんに大事なお話があるの。まずは、つくしちゃん一人だけで来てくれる?」

という、どこか意味ありげなものだった。
ニュアンス的に、どうやら難しい話になりそうだと当たりをつけたつくしは、修平を伴わず自分一人だけで話を聞くと返事をした。
だが、学校が休みになる土日は無理だし、平日は平日で仕事があり難しい。
有給休暇を取るにしても、休む一ヶ月前に申請しなければならないので、急に話があると言われても時間を作るのは無理だ。
だから、会えるのは早くても3月初頭になる。
そう告げるつくしに、

『つくしちゃんや修平君の為にも、早い方がいいの。何とかならないかしら』

「何とかと言われましても・・・」

『平日の仕事終わりに、どこか時間を作ってもらいたいの。今月は無理にしても、来月2月には会って話したいのよ』

「2月の平日は───」

『無理を承知で言ってるの。お願いよ、つくしちゃん』

夢子は必死になって懇願した。
いつになく強引に。
そんな常ならぬ夢子の様子が電話越しにも伝わったのか、電話をもらってから数日後、つくしは何とか2月初めの平日に時間を作った。
但し、1時間ほどしか時間はとれないが。
その旨を先方に伝えると、それでも構わないという返事だったので、こうして今、つくしは指定された場所までやって来たのだった。


「えっと・・・あ、ここだ」

「いらっしゃいませ」

「あの、こちらで人と会う約束をしているんですが・・・」

「失礼ですが、牧野様でございますか?」

「へっ!?あ、そ、そうです。牧野です」

「お待ち致しておりました」

丁寧にお辞儀をされ、ご案内致しますと言われたつくしは、係員の後をついて行った。
そして、店の個室に連れられ中に入り、まだ誰もいない席に腰掛けると、思わず辺りをキョロキョロ見渡した。

「あ、あの!」

「何でございましょう」

「早く来すぎましたか?」

「いえ。そんな事はございませんよ」

「そう・・・ですか」

それならいいんだけど。
ほら、約束の時間より10分早く来ちゃったしと、独りぶつくさ言うつくしに対し、係員は笑顔を見せながらお茶をお持ちしますと告げ、個室から出ていった。
そんな係員の姿を目で追ったつくしは、だだっ広い部屋に一人取り残されソワソワし始めた。
と言うのも、普段こんな広い部屋に一人身を置く事がないからだ。
物心ついた時から現在に至るまで、狭いアパートでしか暮らした事のないつくしにとって、この部屋の広さは居心地の悪さを感じる。

「修平と暮らしてるアパートより、ここの個室の方が広いじゃないの」

思わずそうぼやいたつくしは、自嘲しながら深い溜息を吐いた。
母子二人が暮らすのは、間取り2DKの古いアパートだ。
築年数が経っているのでリフォームはされているものの、それでも古い事には変わりない。

「古くて狭いけど、それでも幸せだからいいもんね」

などと口にしてはみたものの、強がっている自分を否めない。
だからと言って、今の環境を嘆いている訳でも、否定している訳でもない。
息子と二人、慎ましくも仲良く幸せに暮らしているのは事実だ。不満はない。
しかし、ふとした瞬間に過(よぎ)る虚無感は、どうにもこうにも拭えないのだ。

「仕方ないじゃない」

子供を盾にとり、結婚を迫ればよかったのか。
それとも子供を堕胎して、なに食わぬ顔して傍にいればよかったのか。

「そんなの、出来る訳ないじゃない」

好きな人だからこそ困らせたくないし、好きな人の子供だからこそ産みたい。
だから、一人で産んで一人で育てた。
などと、偉そうな事を言える立場でないのは、つくし自身がよく分かっている。
何せ、あきらの母親である夢子に色々と手助けしてもらったのだから。

「夢子さんに叱られたなぁ。子供が一番の被害者だって」

独り善がりをするな。
責任持てない事はするな。
自分は好きな人の子供を産めて幸せかもしれないが、その後の生活はどうするつもりなのか。
成長した子供から父親について訊ねられたら、どう説明してどう対応するのか。
その辺りの覚悟はあるのか。
等々、手厳しい事をつくしは夢子から言われた。
だが、

「嬉しかったな。親身になって叱咤激励してくれる人が、私にもいるんだと分かって」

自分は一人ぼっちじゃない。
耳障りのいい言葉だけじゃなく、ちゃんと耳の痛い事も言ってくれる人がいる。
そんな信頼出来る人がいて、私は本当に幸せ者だと数年前を懐古していたつくしの耳に、係員の訪う声が届いた。

「お待たせしました。お茶とお茶請けをお持ちしました」

「あ、ありがとうございます」

「お連れ様から、もう間もなく到着するとのお電話がありました」

「あ、はい」

「それでは失礼致します」

お辞儀をした係員がこの個室から出て行くのを確認したつくしは、

「夢子さんが来る前に、お茶菓子を食べちゃおうっと」

込み入った話になったら、茶菓子を食べてる場合じゃないしねと自分に言い訳しながら、一目見て高級だと分かる茶菓子を頬張った。




父さん頑張れ 4

2020-05-25 21:42:40 | 父さん頑張れ(総つく)
心臓病を患っていて、手術をしても長生き出来ない。
その様な話を聞かされ、平常心でいられるはずがない。
少なくとも、つくしと関わりのあった総二郎やあきらには到底無理な話だ。
案の定、総二郎は顔を強張らせ固まっているし、あきらもあきらで顔をひきつらせている。
そんな二人を交互に見やった肇は、軽く息を吐いてから言葉を続けた。

「学生時代からの無理が祟ったのか、心臓が弱くなったそうだ。聞くところによると、相当数のアルバイトをこなしていたそうじゃないか、牧野さんは」

「「・・・」」

「しゅ・・・子供を産んで、更に体調を崩しやすくなったみたいでね。その辺は、私よりママの方が詳しいんじゃないかな。どうだい?ママ」

「・・・そうね。パパよりは知ってるわ」

家族がつくしに頼りきっていた事も、そのせいでつくしが馬車馬の様に働かなければならなかった事も、親がつくしを金蔓としてしか見ていなかった事も、夢子は全てを見聞きし知っていた。
だからこそ、つくしに肩入れしてしまうのかもしれない。
まるで、自分の妹か娘の様に。

「総二郎君、呆けてる場合じゃないでしょ。これから私が言う事をよく聞いてちょうだい」

「・・・」

「総二郎君!」

「あ・・・はい」

常にない夢子の大声を耳にし、我に返った総二郎は、自分の手で自分の頬を軽く叩いてから話を聞く体勢に入った。

「子供を守る為に、つくしちゃんは親と縁を切ったわ。法的にも赤の他人になったの」

「分籍したって事ですか?けど、分籍しても親子関係は変わらないんじゃ・・・」

「分籍ではないわ。新しく戸籍を作ったの」

「はっ?」

「牧野つくしは一度死んだ事にして、新たに牧野つくしとして戸籍を作ったのよ。どうやって戸籍を用意したのかは、察しをつけてちょうだい」

「はい」

総二郎とて野暮ではない。
そんな事は言わずとも分かっている。
政財界に顔の効く夢子だからこそ、最大限の伝手を頼ったに違いない。

「つくしちゃんがね、『自分を金蔓として利用してる親が、今度は私の子供を金蔓として利用する。この子の父親が誰か、きっと突き止める。そして、突き止めたら必ず子供の父親にお金を要求して、骨の髄までしゃぶり尽くす。そんな事になったら、みんな不幸になる。だから、あの親と縁を切りたい』って懇願してきたの」

「牧野・・・」

「だから、新しい戸籍を用意したわ。つくしちゃんと子供が安心して暮らせる様にね」

「ありがとうございます」

「だから、今のつくしちゃんには厄介な身内がいないって事になるわ」

遠回しに結婚をほのめかす夢子の言葉を、総二郎はどう受け止めたのか。
そもそも、その事に気付いたのか気付かなかったのか。
その辺りは定かではないが、総二郎の表情はいつになく引き締まり、鬼気迫るものがある。
そんな総二郎に何かを感じ取ったのか、夢子は更に踏み込んだ話をするべく口を開いた。

「先が長くないと自分なりに悟ったつくしちゃんは、私に子供の事を相談してきたの」

「子供の?」

「ええ。自分が死んだ後、子供は誰を頼ればいいのかって相談よ」

「・・・」

当然と言えば当然の話だ。
母一人、子一人の生活を送るつくしにとって、子供の行く末は何より気掛かりなはず。
自分が死んだら、誰が子供の面倒を見てくれるのか。
この子は母を亡くし、どうやって生きていくのか。
それが最大の懸念材料だろう。

「だから私、パパと相談して決めたの」

「・・・何を?」

「つくしちゃんの子供を引き取るって」

「なっ!?」

引き取るとはどういう意味なのか。
額面通りに受け止めればいいのか、それとも別の意味を含んだものなのか。
その辺を詳しく聞こうとした総二郎だったが、今まで聞き役に徹してしたあきらに先を越された。

「それは、牧野の子供を養子として引き取るって意味か?オフクロ」

「いいえ。しゅ・・・あの子の後見人として面倒を見るって事よ」

「けど、その子の父親が・・・」

「どうしようもないじゃない。あの子の父親は、身動きとれない身の上だし。それに、迎えに行く気があるのかも分からないし。だったら、私達が面倒を見るのが一番良いでしょ?こうしてる間にも、つくしちゃんの病気は進行してるの。だから、少しでも早く憂いを取り除いてあげて、安心させたいの。つくしちゃんを」

そう言いながら、夢子は総二郎に視線を向けた。
まるで、挑発するかの様に。
そんな夢子に物申してやろうと身を乗り出したあきらであったが、総二郎に手で制された事により気が削がれ、そのまま大人しくソファに背を預けた。
それを横目でチラリと確認した総二郎は、制した手を膝の上に戻すと、夢子に力強い視線をぶつけた。

「手術はいつ?」

「まだ決まってないわ。急を要する訳じゃないけど、体力があるうちに手術をした方がいいとは医者に言われてるそうよ」

「・・・年内に手術をする可能性は?」

「分からないわ。ただ・・・」

「ただ?」

「今のところ、本人に手術を受ける意思はなさそうね」

体力がある今、手術をした方が後々の事を考えてもベストなはずなのに、何故かつくしは受けようとしない。
その最たる原因は何なのか。
あれこれ考え、総二郎の頭によぎった答えは二つ。

「金と子供・・・か」

一番のネックは金。
手術や入院など諸々にかかる費用を考えると、つくしが二の足を踏むのも無理はない。
女手一つで家計を支えている現状を鑑みても、致し方ない事だ。
どうせ、自分よりも子供に金を使いたい、残したいと考えているのだろう。
つくしらしいと言えば、実につくしらしいと言える。

「入院すれば子供は一人きりだ。面倒をみる人間がいない。その点もネックになってるんだろうな」

「総二郎?」

「逆に言うと、金も子供の世話も心配なくなれば、手術を受けるって事か」

そう呟いた総二郎は右手で口を覆い、頭の中であれこれ思案し始めた。

まず最優先させるのは、1日も早くつくしに手術を受けさせる事。
体力があるうちに手術すれば、若さも手伝い早い回復力が見込まれる。
そうすれば、多少なりとも寿命は延びるはず。
いや、絶対に延びるんだと、総二郎は自身に言い聞かせた。

「牧野の憂いを取り除かねぇとな」

それにはまず何が必要か。
何をしなければならないのか。

「やるしかねぇ」

問題は山積しているが、やるしかないのだ。
やらなければ、永遠に幸せは手に入らないのだから。

「よしっ!やるか」

気合いを入れ、力強く頷いた総二郎には、もう何の迷いもなかった。




父さん頑張れ 3

2020-05-22 18:32:42 | 父さん頑張れ(総つく)
「つくしちゃんと、つくしちゃんの子供を守る為よ」

思いもかけぬ言葉を耳にし、総二郎の思考回路は停止した。
さもあらん。
予想の斜め上をいく返事が返ってきたのだから。
つくしの身の上だけではなく、その子供の身の上まで案じ、守っていたと言われたのだから。
その衝撃の事実に驚愕したのは、何も総二郎に限った事ではない。
隣に座るあきらも同様に、目を大きく見開き固まっている。
そんな総二郎とあきらに、

「つくしちゃんと、つくしちゃんの子供を守る為、情報を撹乱させたわ」

言い含めるかの様に、夢子は静かな口調で告げた。
そんな夢子の言葉を耳にし、冷静さを取り戻したのはあきらである。
当事者ではない分、頭の切り替えも早かった。

「牧野に子供がいるって事は、結婚してんのか?」

「牧野さんが結婚してるなら、私達が情報を操作する必要はないだろ?」

「・・・」

「・・・」

「・・・親父、子供の年齢は?」

「7歳だよ」

「・・・なるほどな」

「分かったかい?あきら」

「ああ」

思わず天井を見上げたあきらは、軽く息を吐きながら頭の中を整理した。

もし、つくしが結婚して子供もいるとなれば、父親が言う様に情報を隠す必要はない。
むしろ、結婚していると公表した方が、つくしの身の安全をはかる為にも都合が良いだろう。
何故なら、つくしが人妻で子持ちだと知れば、F4はそれ以上深追いしないはずだから。
そんな境遇の女を追いかけ回したらどうなるか、それが分からぬF4ではないから。
だから、公表した方が都合がいい。

社会に出て、後継者としての道のりを順調に歩いている最中(さなか)だからこそ、慎重に行動せねば足許を掬(すく)われる。
信頼を失う怖さ、信頼を取り戻す難しさ。
自分が背負っているものの大きさを理解しているからこそ、天秤にかける。
女か地位か。
欲望か権威か。
そして結果的に、自分の置かれた立場に比重を置く。

「其々の親は、俺達がどっちに比重を置くか見抜いてるって訳か。だから、結婚してるなら公表した方が、全て丸く収まる・・・だろ?」

「そうだね。実際、一人の女性にかまける程、暇があるとは思えないが。違うかね?あきら」

「それは確かに言えてる。大勢の社員やその家族の生活がかかってるからな、俺達の肩には。下手な事をして、社の信用を失墜させる真似は出来ねぇよ」

「随分と成長したな。学生時代のあきらに聞かせてやりたいよ」

「親父!?」

学生時代にしていた人妻との火遊びを指摘したのだろう。
その事に気付いたあきらは、気まずさもあってか大袈裟に咳払いをした。
すると、その咳払いが合図となったのか、総二郎の思考回路が徐々に動き始めた。

「・・・牧野に子供がいる・・・その子供は7歳・・・7年前に姿を消した」

「総二郎?」

「・・・結婚はしていない・・・シングルマザー・・・だから情報が漏れない様に気を配った」

「総二郎、どうした!?」

隣でぶつぶつ独り言を呟く総二郎を訝(いぶか)しむあきらだったが、当の本人はそんな事に気付いてはいない。
独り言を呟きながら、頭の中を整理している様だ。
つくしが失踪した年月と子供の年齢、そして神経質なまでに周囲に気を配った美作夫妻の行動。
それらを全て繋ぎ合わせると、おのずと答えは導きだされる。
つまりは───

「・・・俺の血をひいた子ですね?」

「・・・」

「しかも男の子。跡目相続に巻き込まれない様に、余計に神経を遣った。違いますか?」

「その通りだよ、総二郎君」

自分の推察を肇に肯定された総二郎の全身に、得も言われぬ感情が駆け巡った。
つくしが無事で、自分以外の男と結婚していなかった事に対する安堵、自分の血をひいた子を産んでくれた事に対する喜び、女手一つで子供を育ててくれた感謝と、それに対する罪悪感。
色々な感情が吹き荒れ、自身をどうコントロールしていいのか分からない。
そんな様相をのぞかせる総二郎に、夢子は鋭い視線を向けると共に、厳しい言葉を発した。


「あまりにも無責任すぎるわ。総二郎君もつくしちゃんも」

「・・・はっ?」

「100%の避妊なんてないの。妊娠する可能性だってあるの」

「・・・」

「実際、つくしちゃんは妊娠したじゃない。妊娠したら子供はどうするのか、どうやって生きていくのか。そういう諸々の事は何も考えてなかったの?二人は考えもなしに、ただ快楽を得る為に安易に体の関係を結んだの!?」

「オフクロ、それ以上は───」

「あきら君だって同じです!もし人妻を妊娠させたら、どう責任をとるつもりだったの。パパに泣きついてお金で解決するつもりだった!?美作商事の看板に傷をつけ、自分のエゴの為に新しい命を奪って、のうのうと生きていくつもりだったの!?」

「それは・・・」

「子供が可哀想よ。親を選べない子供が可哀想。無責任な親のせいで───」

「ママ、もうよしなさい」

「だって!」

「ママの言いたい事は、あきらにも総二郎君にも伝わったはずだよ。これ以上はよしなさい。ママが傷付くだけだ」

そう言いながら、今にも泣き出しそうな夢子の手を、肇は優しく握った。
労(いたわ)るかのように、包み込むかのように。
そんな二人の姿を目にし、あきらと総二郎は黙って頭(こうべ)を垂れた。

「男として分からなくもないが、軽率である事に変わりはない。それを努々(ゆめゆめ)、忘れなきように。分かったね?」

「「・・・はい」」

「では、話を先に進めよう」

「話を先に進めるって?」

「私達が何の考えもなしに、急に牧野さんの話をしたとでも思うのか?あきら」

「・・・つまり、のっぴきならない事情が発生したって事だな?親父」

「そうだ。今日明日といった急な話ではないが、のんびりともしていられない事情が出てきた」

ここで一旦言葉を区切った肇は、目を潤ませ涙を堪える夢子の手を握り直すと、意を決してこう言い放った。

「牧野さんは心臓病を患っているそうだ。医者から手術を薦められたらしい」

「「手術!?」」

「手術を受けないと、数年しか生きられないらしい。手術を受けて成功したとしても、天寿を全うするのは難しいと宣告されたそうだ」

総二郎の思考回路は、再び停止した。





慕情残火(あきつく) 7

2020-05-19 17:01:25 | 慕情残火(あきつく)
「ところでさ、こんなに大騒ぎしてても誰も様子を見に来ないけど、みんな何処に行ったの?ノゾヤ」

「檀家さんが夏野菜を分けてくれるからって、掃除の前に叔父さんと難波、山科がもらいに行ったわ。それを知ったオトンも、そっちに行きよったで」

「ちょっと。難波と山科、何をシレッと掃除をサボッてんのよ。ちゃっかりしてるな~」

二度も気を失い、西門さんやノゾヤと他愛もない話をして、いたずらに時間を費やした私が言うのもなんだけど。

「心配せんでも、あの二人にはちゃんと掃除してもらうから」

「へいへい」

「私は庭を掃除してくるから、牧野は本堂を頼むな」

そう言い残して、ノゾヤは本堂を出て行った。
となると、残されるのは私と───

「おい。何で俺まで掃除しなきゃなんねーんだ」

「ぶつくさ文句言わない!仏様に失礼でしょ」

「仏様の前でぶっ倒れたり、大声出して騒いでたお前の方が、よっぽど失礼だと思うけどな」

それは確かに言えてる。
でも、西門さんだって大声出してたし、容赦なく私の頭を叩くという暴力をふるったじゃん。
仏様の前で。
それだって充分、失礼な行為にあたると思うんだけど。
なんて、思ってても口にはしない。
だって、またケンカになっちゃうから。

それにしても、何で西門さんと顔を合わせるたび、言い争いをしちゃうんだろ。
そんなつもりは毛頭ないのに、気付けばいつもこんな感じになっちゃうのよね。
まるでケンカ友達みたいに・・・って、別に私と西門さんは友達でも何でもないんだけどさ。
と、心の中でそんな事を思いながら嘆息した私に、西門さんが声をかけてきた。

「なあ、牧野」

「何よ?」

「お前が俺達から距離をとった本当の理由は何だ?いや、俺達じゃなく「あきらから」って言った方があってるか」

「なっ!?」

「穏やかな大学生活を送りたいから、F4と距離をとったんだってあきらは言ってたけどよ、俺はそれだけじゃないって思ってる。牧野、お前の真意はどこにある」

どこにあるって言われても、おいそれと話すのもねぇ。
気が引けるというか、何というか。
美作さんみたいに、素直に受け止めてくれればよかったのに。
そんな声なき声を上げる私を知ってか知らずか、西門さんの話は続く。

「あきらと一番仲が良い俺に話してみろ。何か憂いがあるなら払拭してやるから」

「西門さん・・・」

「あきらから逃げてるだけじゃ、何の解決にもなんねーぞ。余計に辛くなるだけだ。思いきって話してみろ。ちゃんと聞いてやるからよ」

それはそうなんだけどね。
西門さんの言う通り、余計に辛くなるだけなんだけどね。
でも、こんなグチャグチャした気持ちをどう表現してどう伝えればいいのか、分かんないのよ。
とは言え、西門さんがこのまますんなり引くとは思えないんだよなぁ。
多分、私が話すまでこの場から動こうとはしないだろうし。
だから私は意を決して、西門さんに心の内をぶちまけた。

「道明寺が記憶喪失になって、私の事だけ忘れちゃって。辛くて苦しくて悲しくて、どうしていいのか分からなくなって。そんな時、美作さんが傍にいてくれてさ。近すぎず遠すぎず、一定の距離を保ちながら寄り添ってくれたの」

「なるほど。で、知らぬ間にあきらに惚れちまったって事か」

「うん」

あきらは優しい上に気遣いの出来る男だから、牧野が惚れるのも無理はない。
俺と同じくらいイイ男だしなと、余計な一言を放った西門さんに脱力しかけた私は、すぐ気を取り直して先を続けた。

「あんなにみんなを巻き込んで、迷惑いっぱいかけながら道明寺と恋愛してたのに・・・」

「・・・」

「あのバカ、私に関する事のみサッパリ忘れちゃってさ。何をどう頑張っても思い出してくれなくて。仕舞いには、私を威嚇し始めて。もうさ、お手上げじゃん。どうも出来ないじゃん」

「そうだな」

「だから区切りをつけたの。もう、先を見ようって。そうしないと、自分が限界だったから。道明寺とはサヨナラして、新しい一歩を踏み出そうって」

そんな決意をして前を向く私を、美作さんは何も言わず黙って見守ってくれた。
頑張れだとも、しっかり前を見ろとも言わず、ただ優しく微笑んで。
まるで、全てを包み込むかの様に。

嬉しかったな。そういう、さり気無い気遣いが。
何だかね、一人じゃないって気になるの。
私は一人ぼっちじゃない。
ちゃんと気にかけてくれる人がいるんだって、勇気が湧いてくるのよ。

「美作さんの優しさに触れれば触れるほど、今の環境を手放したくないって思いが強くなって、この居心地いい場所を誰にも譲りたくないって思うようになって・・・」

「それで?」

「その時ようやく、私は美作さんの事が好きなんだって自覚した」

けど、自覚したら自覚したで、今度は物凄いスピードで好きだという気持ちが膨らんでいって、自分で自分を持て余すくらいに、本当に大好きになってしまって。美作さんの事を。
と同時に、不安にも襲われた。

「道明寺と決別して1年にも満たないうちに、美作さんを好きになってしまった。その事が本人にバレたらどうしよう。きっと、軽蔑される。とは言え、この気持ちを抑える事は出来ない。どうすればいいんだろうって、毎日考えてた」

「軽蔑?」

「うん」

「あきらがお前を?」

「うん」

「ば~か。あのあきらが、そんな器の小せぇ事するかよ。アイツはな、F4の中でも一番大人で度量の大きい男だ。そんな男が、簡単に人を軽蔑するかよ」

「美作さんが器の大きい人だって分かってるよ!でも不安なの。道明寺への想いはそんな軽いものだったのかって・・・そう思われるのが恐いの」

本当に好きだから。大好きだから。
些細な事でも気になって仕方ないの。
嫌われる様な言動はとりたくないの。
だから私は逃げ出した。
この想いが美作さん本人にバレる前に。
そう話す私にじっと耳を傾けていた西門さんは、軽く息を吐いてから言葉を放った。

「恋する乙女ってか。お前はな、牧野。ウジウジ悩むより、その悩みを蹴散らしながら豪快に前に進む方が似合ってんだよ」

「何ですって!?」

「天真爛漫でパワフルな牧野の方が、あきらも好きだと思うけどな」

「えっ?す、すすす好きって!?」

「一人で悩んで、出口のない迷路をさ迷ってても仕方ねぇだろ。時間の無駄だ。お前の性格上、遠距離だろうとなかろうと、あきらに対する想いが薄れる事はねぇよ。むしろ、想いは募る一方だと思うぜ?」

だからもう、必要以上にあきらから逃げるな。
一層の事、告白しちまったらどうだ。
上手くいくにしろ玉砕するにしろ、今のままの状態よりはマシだろ。
中途半端が一番、自分を苦しめる事になるぞって西門さんは言うけどさ、もし告白してフラれたらどうしてくれるのよ!?

「そん時はそん時だ。心配すんな。ちゃんと骨は拾ってやっから」

そんなのイヤ~~~!!



〈あとがき〉

さあ、いよいよ切羽詰まってきました(笑)
この後の展開、どうしようかしら・・・。