紫土に染まりし血の花びらに、俺の心は沸き上がる。
幼き頃より想いを寄せ、生涯の伴侶にと秘かに願う女の花を、自分のこの手で散らした。
必死に俺にしがみつき、痛みをこらえつつ受け入れ、羞(は)じらいを見せるその姿に、愛しさが募っていく。
愛とは何たるか、詳しく知らぬ身なれど、今のこの感情は間違いなく愛だと断言できる。
そんな幸せな気持ちで迎えた15回目の誕生日を、俺は一生忘れない。
紫土に染まる(あきつく) 参
深夜0時、部屋のドアをノックする音が耳に届いた。
遠慮がちなその音に、ノックする人物は女性だろうと当たりをつける。
最近、女性の使用人達から秋波を送られる機会が増えてきた。
多分、俺と関係を持ちたいが為のものだろう。
正直、鬱陶しいし煩わしい。
そんなメスの目をして物欲しそうに見られても、俺は昔から一人の娘(こ)しか眼中にない。
だから、このままやり過ごそうとしたのだが、
「あーちゃん、つくしです。寝ちゃってるのかな?」
再度、遠慮がちなノックの音と共に、俺の心を掴んで放さない娘の声が聞こえてきた。
「えっ?つくしか!?」
「あ、うん。遅くにゴメンね。話があるんだけど、中に入れてもらえる?」
「あ、ああ、分かった。すぐ開ける」
面食らいながらも素早くベッドから起き上がった俺は、そのままの勢いでドアに駆け寄り、そして急いでドアノブを回した。
「どうしたんだ!?こんな時間に」
「あ、うん。話があって・・・ここじゃ誰かの目に触れるから、中に入れてもらえると助かるかな」
「あ、そうだな。ワリィ」
そう指摘され慌てて周囲を見渡した俺は、誰もいない事を確認してから、つくしを部屋の中へと招き入れた。
「俺の部屋をつくしが訪ねるなんて珍しいな。ここ数年、近寄りもしなかっただろ。何かあったのか?」
「あ、うん。何かあったと言うか、お願いと言うか何と言うか・・・」
「つくし?」
頬を赤く染め、体を揺らしソワソワしながら視線をさ迷わせるその姿は、挙動不審としか言い様がない。
そんなつくしの様子に何かあるなと踏んだ俺は、急かしたりせず向こうから言い出すのをじっと待つ事にした。
すると突然、何を思ったのか自分の両頬をパシリと叩いたつくしは、意を決したかの様な表情をのぞかせると、そこから一気にまくし立ててきた。
「あーちゃんに『おめでとう』を誰よりも早く言いたくて来たの。あーちゃん、お誕生日おめでとう。大好きなあーちゃんのお誕生日をお祝いさせて下さい。とは言っても、高いプレゼントは用意出来ないから、その・・・あの、わわわ私のバージンを差し上げます。と言うか、貰って下さい。ハジメテの相手は大好きな人がいいから・・・あ、で、でも、あーちゃんには迷惑な話だったかな!?私はあーちゃんが大好きでも、あーちゃんはそうとは限らないし。想いが一方通行なら、こんな誕生日プレゼントなんて迷惑千万よね。誕生日プレゼントって言うより罰ゲーム的な感じだし、押し付けちゃってるし。だけど、これしか思いつかなくて・・・だから、その・・・私のハジメテを貰って下さい」
「・・・」
「い、いりませんか?牧野つくしのハジメテ」
「・・・」
「な、何か言ってよ、あーちゃん。居たたまれないんだけど」
「・・・・・・は?」
いや、ワリィ。
脳が完全に停止しちまって。
だってよ、マシンガントークをぶっぱなしてくるから、考えるヒマがねぇよ。
つうかさ、どのタイミングで息継ぎしてたんだ!?
すげぇな、つくし。
いや、そうじゃなくて、それよりも何だっけ?
あ~、そうそう、バージンがどうのこうの・・・って・・・何だって?
何だって!?
「つくし・・・確認していくぞ」
「う、うん」
「まず、俺の誕生日を誰よりも早く祝いたいって言ったな?」
「うん」
「安心しろ。つくしが誰よりも早く『おめでとう』を言ってくれた」
「本当!?よかった~」
「次に、大好きなあーちゃんって言ってたけど、その『大好き』の意味合いは何だ?家族愛的なものなのか、それとも一人の男として好きなのか。どっちだ?」
「えっと・・・一人の男としてです。あーちゃんは私の初恋の人で、今も好き・・・です」
このつくしの告白に、俺の体は歓喜に震えた。
まさか、つくしが俺に想いを寄せてくれてたなんて、夢にも思わなかったんだ。
時を待って告白するつもりだったのに、何だか格好悪いな。
何て呑気な事を言ってる場合じゃない。
自分からもハッキリ言っておかないと、鈍感なつくしには伝わらない。
それに思い至った俺は、つくしの肩に手を乗せながら自分の気持ちを伝えた。
「俺もつくしが好きだ。ずっとずっと昔から好きで、俺の嫁さんにするんだって心に決めてた。時期がきたらつくしに告白して、それから親父に認めてもらう頭でいたんだ」
「嫁さんって・・・あーちゃん!?」
「えっと・・・プロポーズの予告宣告ってヤツ!?告白はつくしに先越されたからさ、プロポーズは俺からしないと格好つかねぇじゃん」
本番のプロポーズはもう少し先になるけど、その時はもっとスマートにするから。
今はこれで勘弁な?
そう口にした俺を、つくしは何とも言えない表情で見つめた。
戸惑いと言うか困惑と言うか、喜びとは対極している感情と言うか。
兎にも角にも、俺のプロポーズを歓迎していない事だけは分かった。
「懸念材料でもあるのか?嬉しそうじゃねーな」
「う、嬉しい・・・けど」
「けど何だ?将来の事なんて分からない。俺が他の女に心変わりするかもって思ってんのか?そんなのは絶対ない。他の事柄に関しては絶対なんて言い切れないけど、つくしに対する想いだけは絶対だと言い切れる。だから心配すんな」
春から高等部に進学しようが、大学部に進学しようが、社会人になろうが、俺にはつくししか目に入らないし、つくししかいらない。
そう付け加えて言ったものの、やはりつくしの顔色は変わらない。曇ったままだ。
まあ、こればっかりは言葉だけでは信用出来ない部分もあるだろうから、態度でも示していかないとな。
そう自分に言い聞かせた俺は、先を続けた。
「牧野つくしのハジメテをいりませんかって言ったな?」
「うっ!・・・うん」
「いるかいらないかの二択なら、迷わず『いる』って返答する。惚れた女のハジメテを他の野郎に譲ってやるほど、俺はお人好しじゃない」
「ほほほ惚れた女!?」
「今更、動揺すんなっての。もっと過激な発言したんだぞ?つくしは」
「ぐっ!」
「それと、つくしは物じゃない。だから、自分をプレゼントするなんて二度と言うなよ!?」
「・・・はい」
「じゃ、善は急げと言うし!?つくしのハジメテを美味しく頂戴しますかね」
「あ、あーちゃん!」
俺にとって、至福の時間が始まる。