「私の実家、お寺やねん。静かな田舎にあるんやけど、よかったら泊まりに来ぃへん?」
ノゾヤのこの発言により、私達仲良し四人組の夏休み計画が決まった。
正に、渡りに舟。
金銭的に余裕がない私と難波、そして、比較的余裕のあるノゾヤと山科の間で少し揉めてたんだよね。
旅先をどこにするか、予算をどうするのかって。
だから、ノゾヤのこの申し出は本当にありがたかった。
だって、宿泊費はタダだし、交通費もそれほどかからないし。
おまけに、ノゾヤの実家であるお寺は、京都に隣接してると言うし。
きっと、それなりの名刹に違いない。
京都やその周辺地域には、観光名所となっている寺院が沢山あるのだから。
多分、ノゾヤの実家もそうなんだろう。
そう勝手に思い込み、期待で胸を膨らませながらノゾヤの実家にお邪魔したんだけども───
「・・・えっと、ここ?ノゾヤの実家であるお寺って」
「良く言えば、風光明媚な場所・・・なんだけどね」
「おどろおどろしい雰囲気やな。竹林に囲まれた廃寺みたい。聞こえてくるのはカエルや虫の鳴き声と、幽霊のすすり泣く声くらいじゃない?」
「ここが実家や、牧野。自然の多い所に行きたい言うてたやん、難波。廃寺ちゃう!単なる貧乏寺や、山科」
いや、その、まあ・・・うん。
ちょっと想像してたのと違っただけで、決して「幽霊の一匹か二匹、住み着いてそうだな」なんて、思ってても口にはしないよ。
少なくとも私は・・・だけど。
「さ、早う中に入ろ。夕食(ゆうげ)の用意も出来てる頃やから」
「「「賛成!」」」
お寺の外観に尻込みしてたけど、そこはやっぱり色気より食い気が先行する私達。
待ってましたとばかりにノゾヤの言葉に食いついた私達は、先導する彼女に続いて棟門と呼ばれる門をくぐり、足取り軽く敷地内へとお邪魔した。
そして、美味しい精進料理を食し、お風呂を頂き、布団を敷いて一息ついたところで、ここに来た時から疑問に思っている事をノゾヤに訊ねた。
「失礼な言い方だけどさ、正直言ってノゾヤの実家、それなりに古いじゃん」
「せやな。檀家さんも二軒だけの貧乏寺では、修繕費を賄うのにも苦労するしな」
「けどさ、ノゾヤが大学近くで一人暮らししてるマンションって、家賃高そうじゃん」
「まあ、実際高いと思うで?」
「どうやってお金を捻出してんの!?」
本当に失礼な話だけど、あのマンションに住めるほどの財力がノゾヤにあるとは到底思えないのよね。
それなのに何故、オートロック完備の2LDKの高級マンションに住めるのかしら。
そんな不躾な事を訊ねる私に、ノゾヤは顔色一つ変えずに答えてくれた。
「私が5歳の時、オカンが病死したんよ。ほんで、オカンの実家であるこのお寺に引き取られたんや。で、オカンの弟であり私の叔父にあたるここの住職が、我が子同様に育ててくれたって訳や」
「何かゴメン。悪い事を聞いちゃって」
「気にせんでええよ。で、話の続きやけど、何で私があのマンションで生活出来るかと言うと───」
「まさかの援交?」
「ちゃうわ!山科のアホンダラ」
湿っぽい空気になったのを嫌ったのか、山科がチャチャを入れたんだけど、今は黙っててくれる?
話が先に進まないからさ。
そんな意味合いを含む視線で山科を制した私は、ノゾヤに話の先を促した。
「私の養育費やその他諸々の費用は、オトンが全部、面倒をみてくれてるんや」
「オトンって・・・お父さんの事?」
「せやで」
「何もかもをお父さんが?」
「せやな」
じゃあ、お父さんがお金持ちで色々と支援してくれてるんだねと、明け透けな事を言う私に対し、ノゾヤは苦笑いを浮かべながら一つ頷いた。
「様々な事情があって母方の実家に身を寄せてるけど、それでも何かとオトンとは顔を合わせてるで!?オトンと叔父さんが、親友同士の間柄っていうのもあるけどな」
「へぇ~。じゃあ、それなりにお父さんとは会ってるんだ。ノゾヤ、可愛がられてるね」
「暑苦しいくらいにな」
さも迷惑そうな顔をしてそんな事を言うけど、本当は嬉しいんだろうなというのは、声のトーンで分かる。
だから、そんな優しそうなお父さんに一度会ってみたいなと口にしたんだけど、まさかそのお父さんに早々会う事になろうとは夢にも思わなかった。
しかも、予想外の人物と一緒に。
それは、思いもかけぬ事だった。
ノゾヤからお父さんの話を聞いた翌日の朝、お勤めをし、朝食(あさげ)を頂き、さあ掃除をするぞと気合いを入れて竹箒を手にしたその瞬間、
「あれ?ひょっとして君は、頌子(しょうこ)ちゃんのお友達かな?」
「・・・えっ?もしかして牧野か!?」
聞きなれない男性の声と、確実に何処かで聞いた事のある声が、私の背後から聞こえてきた。
何だか嫌な予感がする。
そこはかとなく、マズイ展開になりそうな気がする。
出来る事なら振り返らず、このまま逃げ去りたい。
振り返ってはダメだと、頭の中で警鐘が鳴り響く。
しかし、ここで無視をするのは人としてどうかと思うし、仏様の前でそんな無礼な真似が出来る訳ない。
だから私は覚悟を決め、恐る恐る後ろを振り返った。
すると、目に飛び込んできたのは、
「やっぱり牧野じゃねーか。作務衣なんか着て何してんだよ!?ここで」
「げぇー!にににに西門さん!?」
仏の道とは対極的な、相変わらずチャラい雰囲気を身にまとう西門さんの姿だった。
「なっ、どっ、うえっ!?」
「おいおい、日本語になってねーぞ」
「どどどどーして西門さんがここに!?」
「そりゃ、こっちのセリフだっての」
「なななな何でいるのー!!」
頭の中は真っ白。
軽いパニック。
だってそうでしょ!?
あり得ない人物があり得ない場所にいるんだから。
何がどうして、どうなったらこうなったのか、皆目分からず茫然とするしかない私に、救いの手を差し伸べてくれる人が現れた。
何て事はない、私達をこのお寺に招待した張本人であるノゾヤだ。
「大きい声出して、何を騒いどんねん」
「あ、ノゾヤ!」
「何かあったん───」
「頌子ちゃん!パパだよ~会いたかったよ~」
「えっ!オトン!?」
「よっ!しょこチャン、久しぶり」
「ええっ!?総くんまで!?」
「オトン!?総くん!?」
な、ど、どういう事なの。
何がおこってるの。
えっ?この渋い男性が、ノゾヤのお父さんなの!?
で、総くんって・・・何?
ノゾヤと西門さん、顔見知りなの!?
という声なき声を上げた私に気付いたのか、ノゾヤが気まずそうな顔で答えてくれた。
「このオッチャンが私のオトンで、隣にいる総くんは私のいとこやねん」
「・・・いとこ?」
「うん。オトンの弟の息子が、総くんなんや。せやから、私とはいとこの関係になるんや」
つまり、ノゾヤのお父さんは西門姓で、あの西門流の血縁者という事になり、となると当然、ノゾヤにも西門の血が流れていて───
「お嬢さん、大丈夫かい!?」
「おい、牧野!?」
「あ。白目むいて意識飛ばしよった」
私の頭は、完全にパンクした。
〈あとがき〉
あきつく話のはずなのに、あきらは登場せず。
変わりに総ちゃんが登場しちゃいました。
美作家と難波家が親戚。
西門家と乃疏屋家が親戚。
さあ、どうする!?つくし(笑)