暴漢に襲われた事により、私に関する記憶だけ失った道明寺とは綺麗サッパリ別れる事が出来た。
本当はもっと、この恋を引きずるんじゃないかと危惧していたのだけど、そんな心配は全くの無用だった。
あれだけ私という存在を否定し、威嚇し続け、海ちゃんを傍に置く道明寺を見ていたら、怒りや悲しみよりも諦めといった感情の方が先に走った。
いや、諦めというよりは「どうでもいい」という心情に近いのかもしれない。
言うなれば無関心。
この言葉が一番しっくりくる。
だから思いの外、立ち直るのが早かったのかもしれない。
それともう一つ。
とある人の存在が大きかった。
付かず離れず一定の距離を保ちながら常に私を見守り、励まし、寄り添ってくれた心優しき私のヒーロー、美作さん。
道明寺への恋や未練を断ち切り、一歩前進できたのは間違いなく美作さんのお陰。
だから私は、自分自身を止められなかった。
美作さんに寄せる信頼、安心、衷情(ちゅうじょう)、そして恋心を。
そう、止められなかったんだ。
道明寺との恋にケジメをつけてから1年経つか経たないかで、次の恋にいこうとする私を美作さんが知ったらどう思うだろうか。
軽蔑する?それとも失望?
変心した私に嫌悪感を抱く?
「あれだけ周囲を巻き込んだのに、そんな簡単に次の恋に走るのか。司に対する想いは、そんな薄っぺらいものだったのか」
なんて事を冷たい目をして言われたら、絶対に立ち直れない。
道明寺に忘れ去られた時よりも傷付く。
あの美作さんがそんな事を言うとは思えないけど、でも100%とは言いきれない。
だから私はこの恋心を本人に知られる前に、事前親告してから逃亡する事に決めた。
黙って姿を消すと、花沢類や西門さんと一緒になって私の行方を探そうとするだろうから。
「少しね、みんなと距離を置きたいんだ」
「距離?」
「うん。良くも悪くも目立つでしょ?私。F3と仲良いし、道明寺と付き合ってたし」
だからせめて、大学生活は静かで穏やかな日々を過ごしたいなと思って。
ごく普通の学生生活を送りたいのよと切々と訴えた私は、美作さんに隙を見せる事なく言葉を続けた。
「実はね、四月から地方の国公立大に入学する事が決まってるの」
「はっ!?」
「みんなに内緒でセンター試験受けてたんだ。で、見事に合格したの。だから、その大学に通うんだよね」
「通うって・・・」
「新しく住む場所も見つかったし」
「見つかった?」
「うん。明日、引っ越すの」
「明日!?」
ほら、善は急げって言うし、明日は大安吉日だしさ。
新しい門出を踏み出すには、最高のタイミングじゃない。でしょ!?
と、力説する私に対し美作さんはと言うと、若干押され気味の引き気味だった。
けど、そこは腐っても鯛というか何と言うか、F4の一員とあって立ち直りも早く、あれやこれやと問い質してきた。
「地方の国公立大って、どこの地方の何ていう大学だ?」
「言う訳ないじゃん。言ったら最後、アンタ達が遊びに来ちゃうじゃん。絶対に」
「牧野が来るなって言うなら行かないよ。牧野が嫌がる事をして、嫌われたくないからな。そもそも、俺が牧野の嫌がる事をするか?」
「しない・・・かな?」
「疑問符はいらないだろ」
「あ、うん」
「だからさ、俺にだけ教えてくれる?」
アイツらには言わないって約束するから。
なんて、甘い言葉を口にする美作さんに思わずよろめきかけたけど、ここはグッと堪えた。
美作さんに対する想いを、誰にも悟られたくないが為に東京から離れる決心をしたのに、その張本人に教えようとして何考えてんの!?私。
しっかりしろ、牧野つくし!と、心の中で自分を叱咤した私は、燃ゆる瞳をこちらに向けじっと見やる美作さんに対し、拒絶の意を示した。
「美作さんを信じてないとか、そういう事ではないの。みんなに言わないでってお願いしたら、絶対に言わないでくれるだろうなって分かってるから」
「だったら───」
「一度、リセットしたいの」
「リセット?」
「うん。F4と関わらない生活を送りたいんだ。こう見えても私、案外弱い部分があるから。このままだと、みんなに依存し過ぎちゃう。それが怖いの。みんなが傍にいないと生けていけないってくらい近くにいるのは、自分にとってよくないから」
甘える事に馴れるのが一番怖い。
いつでも心を欲してしまうのが何より怖い。
まあ、みんなにと言うのは方便で、本当のところは美作さん限定なんだけど。
でも、そんな心情は吐露せずきっちり心の奥底に仕舞いこむ。
鍵を何重にもかけて。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、尚も美作さんはしつこく喰い下がってきた。
「せめて、どこの地方に行くのかくらいは教えてくれよ」
「それは・・・」
「じゃないと、強引な手を使ってでも調べるぞ?」
「そんな!」
「けど、それはしないよ。牧野に嫌われたくないからな。牧野に嫌われたら浮上できなくなる」
だから教えてくれ。
そもそもフェアじゃないだろ。
牧野は俺が東京にいるって分かってるのに、俺の方は牧野の居場所を知らないだなんて。
不公平だと思わないか?思うよな。
俺は牧野を気にかける事すらしちゃいけないのか?
そんなのあんまりだ。ひでぇよ牧野。
なんて、怒涛の如くまくし立ててくるから、つい勢いに負けて言っちゃったわよ。
関西圏の大学に入るって。
「どのエリアの関西圏?」
「えっとね・・・って、言う訳ないでしょ!」
「じゃあさ、進学するのは国立?公立?どっち」
「それはね・・・って、だから言わないっつーの!」
「チッ!思いの外、ガード固ぇな」
あのねぇ、そんなバレバレの誘導尋問にはひっかからないっての。
っつうか、品のない舌打ちは止めなさいよ。
日本有数の大企業の御曹司なんだから。
と、言いたいのを我慢した私は、これ以上ダンマリを決め込むのは得策じゃないと判断し、一つの妥協案を提示した。
「毎年必ず年賀状だすから。ね?」
「年賀状は消印押さないから、居場所もバレなくて済むな。牧野にしては、よく考えたじゃないか」
「ま、まあね」
「・・・なんて、俺が納得して引き下がるとでも?」
「ゔっ!」
そんなんで騙されるほど、俺はお人好しじゃない。
こりゃやっぱり、類や総二郎たちと捜索隊を結成して牧野の家を探すしかねぇな。
なんて脅しをかけてくるもんだから、仕方なしに譲歩したわよ。
「美作さんの誕生日に、バースデーカード送るから」
「それだけ?」
「それだけ・・・って」
「仕方ない。捜索隊───」
「分かった分かった!暑中見舞の葉書も送ります!それで勘弁して」
「・・・ま、いいだろ」
不承不承ながらも一応は納得してくれた美作さんに、私は思わず胸を撫で下ろした。
って言うかさ、何で上から目線なわけ!?
何で私、譲歩しちゃってんのよ。
これも、惚れた弱味ってやつ・・・なのかな!?
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます