ろうげつ

花より男子&有閑倶楽部の二次小説ブログ。CP :あきつく、魅悠メイン。そういった類いが苦手な方はご退室願います。

父さん頑張れ 5

2020-05-28 15:52:28 | 父さん頑張れ(総つく)
立春も過ぎ、町の空気も何処となくバレンタイン一色に染まりつつある中、つくしの顔色はどこか冴えない。
と言うのも、昨年夢子にした相談事が、何一つ解決していないからだ。
手術の件もそうだが、何より一人息子である修平の行く末が全くもって決まっていない。
それが一番の懸念材料である。

「夢子さんにそれとなく聞いても、『心配しないで。あと少しで解決するから大丈夫よ』の繰り返しだし」

そもそも、何が解決するの?
私の手術の事かしら。
それとも、私がこの世から去った後の、修平の今後について?
いやいや。もしかしたら、両方いっぺんに解決するって意味かもしれない。
などと、頭の中であれこれ考えているうちに目的地に到着したつくしは、先方から指定された場所へと歩みを進めた。

実は一週間ほど前、つくしは夢子から電話をもらっている。
その内容は、

「つくしちゃんに大事なお話があるの。まずは、つくしちゃん一人だけで来てくれる?」

という、どこか意味ありげなものだった。
ニュアンス的に、どうやら難しい話になりそうだと当たりをつけたつくしは、修平を伴わず自分一人だけで話を聞くと返事をした。
だが、学校が休みになる土日は無理だし、平日は平日で仕事があり難しい。
有給休暇を取るにしても、休む一ヶ月前に申請しなければならないので、急に話があると言われても時間を作るのは無理だ。
だから、会えるのは早くても3月初頭になる。
そう告げるつくしに、

『つくしちゃんや修平君の為にも、早い方がいいの。何とかならないかしら』

「何とかと言われましても・・・」

『平日の仕事終わりに、どこか時間を作ってもらいたいの。今月は無理にしても、来月2月には会って話したいのよ』

「2月の平日は───」

『無理を承知で言ってるの。お願いよ、つくしちゃん』

夢子は必死になって懇願した。
いつになく強引に。
そんな常ならぬ夢子の様子が電話越しにも伝わったのか、電話をもらってから数日後、つくしは何とか2月初めの平日に時間を作った。
但し、1時間ほどしか時間はとれないが。
その旨を先方に伝えると、それでも構わないという返事だったので、こうして今、つくしは指定された場所までやって来たのだった。


「えっと・・・あ、ここだ」

「いらっしゃいませ」

「あの、こちらで人と会う約束をしているんですが・・・」

「失礼ですが、牧野様でございますか?」

「へっ!?あ、そ、そうです。牧野です」

「お待ち致しておりました」

丁寧にお辞儀をされ、ご案内致しますと言われたつくしは、係員の後をついて行った。
そして、店の個室に連れられ中に入り、まだ誰もいない席に腰掛けると、思わず辺りをキョロキョロ見渡した。

「あ、あの!」

「何でございましょう」

「早く来すぎましたか?」

「いえ。そんな事はございませんよ」

「そう・・・ですか」

それならいいんだけど。
ほら、約束の時間より10分早く来ちゃったしと、独りぶつくさ言うつくしに対し、係員は笑顔を見せながらお茶をお持ちしますと告げ、個室から出ていった。
そんな係員の姿を目で追ったつくしは、だだっ広い部屋に一人取り残されソワソワし始めた。
と言うのも、普段こんな広い部屋に一人身を置く事がないからだ。
物心ついた時から現在に至るまで、狭いアパートでしか暮らした事のないつくしにとって、この部屋の広さは居心地の悪さを感じる。

「修平と暮らしてるアパートより、ここの個室の方が広いじゃないの」

思わずそうぼやいたつくしは、自嘲しながら深い溜息を吐いた。
母子二人が暮らすのは、間取り2DKの古いアパートだ。
築年数が経っているのでリフォームはされているものの、それでも古い事には変わりない。

「古くて狭いけど、それでも幸せだからいいもんね」

などと口にしてはみたものの、強がっている自分を否めない。
だからと言って、今の環境を嘆いている訳でも、否定している訳でもない。
息子と二人、慎ましくも仲良く幸せに暮らしているのは事実だ。不満はない。
しかし、ふとした瞬間に過(よぎ)る虚無感は、どうにもこうにも拭えないのだ。

「仕方ないじゃない」

子供を盾にとり、結婚を迫ればよかったのか。
それとも子供を堕胎して、なに食わぬ顔して傍にいればよかったのか。

「そんなの、出来る訳ないじゃない」

好きな人だからこそ困らせたくないし、好きな人の子供だからこそ産みたい。
だから、一人で産んで一人で育てた。
などと、偉そうな事を言える立場でないのは、つくし自身がよく分かっている。
何せ、あきらの母親である夢子に色々と手助けしてもらったのだから。

「夢子さんに叱られたなぁ。子供が一番の被害者だって」

独り善がりをするな。
責任持てない事はするな。
自分は好きな人の子供を産めて幸せかもしれないが、その後の生活はどうするつもりなのか。
成長した子供から父親について訊ねられたら、どう説明してどう対応するのか。
その辺りの覚悟はあるのか。
等々、手厳しい事をつくしは夢子から言われた。
だが、

「嬉しかったな。親身になって叱咤激励してくれる人が、私にもいるんだと分かって」

自分は一人ぼっちじゃない。
耳障りのいい言葉だけじゃなく、ちゃんと耳の痛い事も言ってくれる人がいる。
そんな信頼出来る人がいて、私は本当に幸せ者だと数年前を懐古していたつくしの耳に、係員の訪う声が届いた。

「お待たせしました。お茶とお茶請けをお持ちしました」

「あ、ありがとうございます」

「お連れ様から、もう間もなく到着するとのお電話がありました」

「あ、はい」

「それでは失礼致します」

お辞儀をした係員がこの個室から出て行くのを確認したつくしは、

「夢子さんが来る前に、お茶菓子を食べちゃおうっと」

込み入った話になったら、茶菓子を食べてる場合じゃないしねと自分に言い訳しながら、一目見て高級だと分かる茶菓子を頬張った。





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