漱石明治32年1月の小旅行、前回紹介した宇佐八幡に続いて、漱石と同僚の奥太一郎は、耶馬溪に入ります。
漱石は青の洞門(旧)を通らず岨道を通って羅漢寺に行ったものと思われます。なお、今の青の洞門は明治39年から改修され始めたものが基になっています。
羅漢寺は曹洞宗の寺院で、数千体の羅漢が安置されていて、周囲の景勝とあいまって、幽玄な趣を呈しています。
羅漢寺 ↓ 中津市HPより転載。
漱石は「羅漢寺にて」という前書きで、七句を詠んでいます。そのうち三句を掲げます。いずれも冷寒なそして急峻な巌壁を思わせます。
〇凩や岩に取りつく羅漢路
〇巌頭の羅漢どもこそ寒からめ
〇凩の鐘楼危ふし巌(いわ)の角
羅漢寺山門 羅漢寺では写真撮影ができません。古い本からの転載です。 ↓
*ご覧くださり、ありがとうございます。