最近都市部を中心に急激に増えてきたトヨタ社製のタクシー向け車両「JPN TAXI(ジャパンタクシー)」。2020年東京オリンピックも視野に入れたクルマであることは容易に想像がつきますが、これが車両設計もその現場展開も「やっつけ仕事」のクルマのようで、じつはタクシーに乗り慣れている人ほど避ける傾向にあるようなのです。
筆者が15人以上の現役タクシー乗務員に取材した話と、筆者自身の乗車体験を総合して考えてみました。
JPN TAXIの大きなウリの一つは「(お客が)車いすに座ったまま乗り降りできる」という点。バリアフリー社会を先取りした未来志向の設計となっています。
ところがこれを実現するために、かなりムリな設計になっているようで、3つの点で奇妙な状況が起きています。3つの点とは次の通り。
- タクシーに乗り慣れている人ほど、そして長距離利用の人ほどJPN TAXIを避けている
- タクシー乗務員が、その煩雑な作業の必要性から、車いす利用者の乗車を拒否する傾向にある
- その結果、車いす利用者の利便性にはほとんど貢献していない
疲れる簡易シート
タクシーは人を運ぶ自動車ですから、「旅客自動車」という分類になるはずですが、どうやら JPN TAXI は「貨物自動車」と考えておいたほうが納得できるような気がしています。
先日、私も話のネタにと実際に利用してみました。
真っ先に感じることは車内空間の広さ。スライド式ドアの開口部も大きく、室内高も高くて広々とした車内空間を感じることができます。
しかしその後、乗車時間に比例するように腰が痛くなってきます。これは後部座席のシートが折りたたみシート(つまり簡易シート)であり、かつ表面素材が滑りやすい合成皮革であることによると思われます。なにせ自分の着座姿勢が安定せず、体が左右に振られたり、腰が前方へズルズルと滑ったりして、だらしのない若者のような姿勢になってしまうためです。
まぁ、たまたま布製のシートカバーが被せてなかったから、ということもあるのかもしれませんが、とにかく折りたたみ式簡易シートは、座り心地の良くないものでした。もちろんタクシー乗務員が荒い運転をしているといったわけではありません。
私はいきおい、窓際に設置してあるアシストグリップなどをグッと掴んで自分の姿勢を立て直すことになるのですが、なんでそんなチカラを入れてまで高いタクシー料金を払う必要があるのだろうと感じてしまいました。
ちなみに東京地区(東京23区+武蔵野市+三鷹市)では、JPN TAXIと通常のタクシーで料金が異なるということはありません(まれにタクシー会社単位で、車種を特定するなどしてやや割安な料金を設定している場合もあります)
そんなわけで、たとえば深夜に長距離(遠距離割引が適用される9千円以上)を利用する利用者層にとっては、JPN TAXIは避けるべき車種となっているようです。ということはタクシー乗務員にとっても高額利用者に嫌われる困ったクルマでもある、ということになるのかも知れません。
乗務員が嫌う車いす乗降
JPN TAXIは、車いすに乗ったままで乗降できることが大きなウリの一つですが、その方法にかなりの無理があるため、現実には車いす利用者の利便性向上にはほとんど貢献していないようです。
そもそもこの車両はガソリンとバッテリーによるハイブリッドを想定していたらしいのですが、タクシー業界がより燃料費の安いLPガスエンジンの利用を切望したため、結果として大型のガスタンクを積むことになり、大きな設計変更を余儀なくされたとのことです。
そのせいもあってか、車いす乗降の際は車両の横側からスロープ板を使って乗降する方式となっています。つまり乗降の際、狭い車内で車いすの90度転回が必要となるわけです。通常の車いすでも大変なものだそうですが、電動車いすはほとんど物理的にムリ、乗車できないようです。
なお90度転回に限って言えば、日産車の場合バックドアからスロープ板で乗降するため、車内での90度転回は必要ありません。
さて何といっても問題なのが、その90度転回も含めた、タクシー乗務員が行わねばならない複雑な作業です。具体的にはYouTubeに動画が公開されていますが、現実的にはそんなにスムーズにはいきません。
だいいち、車いす乗降のお客に出会う機会はめったにないため、会社で研修を受けているらしい乗務員も、ほとんどやり方を忘れていたりします。場合によっては、最初から車いすのお客を無視することさえあるようです。
ひどい話ではありますが、めったに行わない複雑な操作を乗車時と降車時に行っても、追加料金などは請求できません。
そもそも時間勝負の面もあるタクシー乗務員にしてみれば、
「手間ばかりかかって短距離移動しかしないお客を相手にしているヒマはない」
というのがホンネのようです。まして何らかの原因でお客にケガでもさせてしまったら、という不安もあるようです。
乗降場所も周囲に十分なスペースが確保できるフラットな場所であることが要求されるでしょうから、広くない道路や交通が混雑した場所でこんな作業をやっていては(残念ながら)周囲の反感をかうこともあり得るでしょう。
なお、JPN TAXIを運転しているからといって、車いすの取り扱いに慣れているとか、介護関連の資格を持っているといったようなことはまったくないそうです。
さらに面白い意見を聞いたのは、「ハザードランプのスイッチの位置がヘン」という女性乗務員です。タクシーではハザードランプの使用頻度が高いのはわかりますが、JPN TAXIの場合なんとハンドル中心のホーンスイッチ右横についており、ハンドルを切っている状態では、「円周上のどこか」にハザードスイッチが行ってしまっていることになって非常に使いづらい、とか。
ちなみに通常のタクシーでは、右ウィンカーレバーの先端を押すとハザードランプがつくようになっているのだそうで、「とてもやりやすいタクシー仕様」なのだそうです。
まぁこんなところがJPN TAXIの実態なのであり、国とメーカーとタクシー業界で拙速に現場投入した、というとらえ方もできそうです。
JPN TAXIの賢い利用方法
とはいえ、新型のタクシーですから良い点もたくさんあるようです。
たとえば車いすを利用しない高齢者などにとっては、一般的なセダンタイプのタクシーより乗り降りが非常にラクなはずです。また客席ドアがスライド式なので狭い路地などで便利そうですし、乗降時に突っ込んでくる二輪車とドアの接触事故も少なくなるかもしれません。
意外なことを聞いたのは、羽田空港によく行くという乗務員さんから。
大きなスーツケースが積めてインバウンド客にも対応できる、というのはウソだとのこと。じつは荷室スペースはたいして広くないのだそうです。たぶんガスタンクの存在なのでしょう。
というわけで、「車いすを利用せず」、「たくさんの荷物があるわけでもなく」、さらに「比較的短距離移動」という場合であれば、最新型のJPN TAXIを従来タイプと同料金で利用する価値はありそうです。
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