ハナウマ・ブログ

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デジタル終活のススメ

2021年05月19日 | 情報・通信システム

「終活」という言葉はすでに市民権を得ていると思うが、故人が使っていたIDやパスワードをはじめ、各種契約や預貯金の実態さえつかめず、残された家族などが大変困るといったことが話題にのぼっている。
今回はデジタル終活について考えるとともに、筆者自身の方法をご紹介する。

デジタル終活とは

終活と言うと、高齢者が書店に行き「終活ノート」でも買ってきて、あらかじめ印刷されているひな型に記入していくようなスタイルを想像してしまうだろうか。もちろんそれもいいアイディアだとは思うが、最近はそれだけで済む人は少なくなってきている。それはデジタル世界の終活である。

本稿でデジタル終活とは、デジタル化された「自分にかかわるあらゆる情報」、「契約・権利」、場合によっては「資産」までを、自分の死後(あるいは意思表示できなくなった場合)にどう処置するのかを整理しておくこと、と考える。
なお映画のDVDなどのように、いくらデジタルデータとはいえ記録媒体に固定化され製品化されたものは含めない。それらは家財と呼んだ方が適当だろう。

デジタル終活の対象となるものを具体的に挙げるとすれば、家族の写真や動画などのさまざまな記録、その他自分で作成したあらゆる情報が主と言えるだろう。
またこのgooブログのような、自らが発信公開しているSNS上のコンテンツもデジタル資産として考える人も少なくないだろう。本人は要らないと思っていても、「友だち」が「追悼アカウント」として残したいと願う場合もあるようだ。

さらに最近はネットバンキングをしている人もめずらしくないし、ネット経由でビットコインのような暗号化資産を扱ったり金融取引を行ったりしている人もいるだろう。
特に「おまかせ資産運用」などをやっていた場合、残された遺族にとっては、着々と減っていく資産をどうすることも出来ないことだってあるかもしれない。

さて、残された家族がこういったデジタル情報にアクセスできないと、非常に困った事態に直面することになる。
遺言をきちんと残してはあったがパソコンの中で見ることが出来ないとか、「葬儀費用は自分の貯金から出してくれ」と言っていたのにその情報がまたパソコンの中、なんて話も聞く。笑い話にもならないわけだ。

ただ、夫婦間などでIDとパスワードなどの秘密情報をすべて完全に共有しているとすれば、こういった問題はなくなるのかもしれない。しかし、だからといって個人のIDやパスワードなどを共有するのは現実的とは言えないだろうし、ネット経由のサービスなどでは規約違反にもなりかねない。また、共に生活している期間に大変困った状況に陥る可能性も視野に入れておいた方がいいかもしれない。

筆者のデジタル終活(その始まり)

さて、筆者の場合である。
そもそも筆者は現在一人暮らしであり、妻子はいない。ここ15年ほど、養母と実母の世話や介護をしながら生きてきたが、養母が亡くなり、そして今年(令和3年)2月に同居の実母が亡くなって一人となった。

じつは筆者にとって、この同居の実母が亡くなったこととそれにともなう遺品整理が、55歳で終活を始めるきっかけとなった。それはつまり遺品整理というものが、いかに残された家族や親族に負担をかけるかがわかったからだ。
くわえて筆者のような独り者が亡くなった場合、遠く離れて住んでいる兄弟やその家族にさまざまな負担を残してしまうことになるのだと知ったからである。

それで最初は自分が亡くなった場合を想像しながら、表計算ソフトのエクセル(以下Excel)であらゆる契約やら、写真やらを書き出してみた(ちなみにこういった作業は一覧性があるパソコンを使った方がいい)。
複数のシートに「①(亡くなった際の)連絡先」、「②儀式と骨処分」、「③資産の処分」、「④契約の解除」、「⑤行政関係」、「⑥口頭契約等」と名前を付け、ひとつのExcelファイルを作っている。「③資産の処分」にはデジタル資産も含めている。
すると、「③資産の処分」「④契約の解除」のシートに記入された没後対応が、けっこう大変だと言うことに気づいたのだ。

筆者のデジタル終活(資産と契約一覧)

まず筆者のデジタル資産を、その「保存場所別」に列挙してみる。
なお携帯電話会社のメールや電話帳などのデータが保管されていることが多い(携帯電話会社が提供する)クラウドサービスについては、回線契約解除にともなって消滅するためここには含めない。

  • 「母艦」と呼んでいる自宅設置のデスクトップ型パソコン
  • デスクトップパソコンにつないでいる外付けHDD
  • データ保存用メディアとしてのCD/DVD/BD
  • 居間で使ったりしているノートパソコン
  • スマートフォン(自分用)
  • らくらくスマートフォン(亡くなった母のもの)
  • iPod(iPadでもiPhoneでもない)
  • Microsoft OneDrive(クラウド・ストレージ)
  • Google Drive(クラウド・ストレージ)

つぎにオンラインサービスに関する契約を列挙してみる。なにもしていなくても費用が発生するもののみだ。携帯電話の回線契約は含めていない。

  • 自宅に引いているアクセスライン契約(インターネット接続回線)
  • そのアクセスラインの先にある接続プロバイダーとの契約
  • Microsoft 365(旧・Office 365)
  • レンタルサーバー会社との契約

これらのほかに維持費用などが発生しない、音楽や電子書籍のダウンロード権なんていうのもある

筆者のデジタル終活(自分的アイディア)

筆者はふだんから、紙の書類はデジタル化できるものはなるべくそうしている。
たとえば行政からの通知、何らかの手続きの際に取得した戸籍謄本や住民票、定期健診時の書類、各種契約書類、古い紙焼き写真、幼いころからの年賀状などはすべてドキュメントスキャナなどでデジタル化している。コピーやスキャンをしてくれる街中のいわゆるビジネスコンビニ(キンコーズとか)も利用価値は高い。
そうして捨てられる紙類は捨て、どうしても紙の原本が必要な証書のようなもの、気持ち的に捨てたくないものだけを紙媒体のまま保管している(筆者別項「新聞スクラップなどを電子化する」を参照)。

また当然ながら多数のデジカメ写真や動画、各種契約とその概要一覧、覚え書き、コツコツ作ってきている年表など、初めからデジタルデータとして保存しているものもある(筆者別項「エクセル年表の愉しみ」)。
そしてこれらの大部分は、クラウド・ストレージ・サービス(以下、クラウド)に保管しているのだ。

誤解している人も少なくないクラウドの仕組みについては後述するが、自分の没後に引き継いでほしいものであれ、知られたくないものであれ、クラウドならば安全に管理できるし全体の見通しがグッとよくなる。そして自分も(自分の没後の)家族も作業が楽だし間違いがないと考えている。

まとめると、

  1. デジタル化できるものはデジタル化しておく
  2. デジタルデータは1か所、またはなるべく少ない場所に集めておく
  3. 集めておく場所のメインはクラウド・ストレージ

というのが筆者のスタイルである。

クラウドの仕組み

クラウド(正確にはクラウド・ストレージ)は、インターネットの先にある「デジタルデータの貸倉庫」と理解していいだろう。
筆者が時々耳にするクラウドに関する誤解は次のようなものがある。

  1. 万一クラウドサービスに問題が発生したら、預けたデータが永久に失われる
  2. インターネットから切断されると使えなくなる
  3. 海外の途上国などにクラウドコンピュータが置かれているから、その国で混乱が起きると利用できなくなる
  4. クラウド会社の担当者に見られてしまう

これらはすべて杞憂に過ぎない(もちろんあやしい企業が提供しているものは除く)。
まず、1.と2.だが、これはおそらく「データはすべてクラウド側にあるから手元には存在しない」という誤解から来ていると思われる。
そもそもクラウドサービスは、クラウドコンピュータを中心にして自分が使用するパソコンやスマホなど任意の端末で「同期」を行える仕組みになっている。自宅のパソコンで修正したファイルを、外出先のスマホで開くとちゃんと修正済みのものが開かれるといった形である(ファイルを削除すれば同期してすべての端末から削除される)。

クラウドを利用できるように設定すると、自分のパソコンやスマホの中にはクラウドと同期する「同期フォルダ」が作られる(意図的に操作しないと作られないクラウドサービスもある)。
じつはクラウド上のファイルを操作しているつもりでも、実際は手元端末に保存されている同期フォルダ内のファイルを操作しているのだ。
(実際には手元端末内にある)ファイルやフォルダに変更を加えた場合、その情報は即座にクラウド側にも反映される(もしネット接続が切れていた場合は次回接続時に反映)。
さらにこのあとクラウドと連携させている別のパソコンやスマホの同期フォルダを(インターネットに接続して)見てみると、先ほどの変更部分がクラウド側から反映され、ノートパソコン内の同期フォルダも最新状態になる、といった仕掛けだ。

問題はこの「同期のありよう」である。個人向けクラウドサービスの多くは、その使い方が大きく2種類ある。
ひとつは、常にクラウド側と手元のコンピュータ側を完全に同期させる、つまり完全コピーを持ち合うパターン。もうひとつは、ふだんそのパソコンやスマホの中にはファイルの「存在情報」だけがあって、ファイルを開こうと(ダブルクリックやタップを)したときに初めてファイルの実体がダウンロードされるというパターンである。
なお、こういった「同期のありよう」はパソコンであれスマホであれ、自分で好みに設定できるが、無料サービスと有料サービスで若干異なる場合があるようだ。

完全コピーを持ち合うパターンも、必要な時に初めてダウンロードされるのも一長一短があり、自分の使い方、考え方で決めればよい。
筆者は自宅のデスクトップパソコンは完全コピーで常に同期させ、ノートパソコンとスマホは必要な時にダウンロード、すなわち「オンデマンド」としている。
これは各端末の保存容量の問題と、インターネット通信の契約がその理由だ。自宅は定額接続だがスマホは外出先では段階的な従量制にしている。

上記の「誤解3.」だが、確かに昔は(そして現在でも業者によっては)運用コストの安い発展途上国などにデータセンターを置くことがあった。しかし現在、日本人が通常使用する著名な業者の個人向け、企業向けクラウド・ストレージは、日本国内の離れた2か所で運用されているのが一般的だ。
また「誤解4.」だが、そもそも管理担当者さえどこに何があるかはわからないようになっているし、万一探るような行動でもとればすぐにわかってしまうようになっている。日常的な業務も操作が記録されており、その記録は担当者さえ操作できない。そもそも情報の管理技術もパソコンなどとは根本的に異なっている。

最後は紙とペン?

ここまで縷々デジタルストレージの話をしてきたが、自分がこの世を去るという最終局面を意識するとき、けっきょくは原始的な「紙とペン」が重要になるのかもしれない。
筆者は情報が保存してあるパソコンやクラウド・ストレージに関する基礎的な情報(マスターパスワードなど)は、プリントアウトして封書に入れ、たとえ一人暮らしで突然パタリと逝ってしまっても、親族が気付いてわかるようにしてある。

少し嫌な話だが、現在一人暮らしの筆者は「特殊清掃」が必要になるようなことにならぬよう、複数の友人や兄弟たちと数日に一度はくだらない話題で連絡を取り合うようにしている(おもにLINE)。翌々日になっても「既読」にならない場合は念のため確認するということを、お互いに取り決めている。
昨年春に亡くなった筆者の友人も、私から送ったLINEのメッセージがなかなか「既読」にならず、異変を感じて別の手段で連絡を取ったところ、「自宅で倒れて入院したが、ほどなくして亡くなった」という話を聞くことになった。

今回もまた長くなってしまって申し訳ないが、まだデジタル終活の一部にしか触れていない。ほかにスマホのロック解除、SNSのこと、音楽や電子書籍、法的なこと、海外の事例など、論じていないことがたくさん残ってしまった。もしも希望が多ければ続編を書いてみたい。

デジタルとはいえ、事は「終活」である。
考えようによっては「終活=生きること」といえるかもしれない。これまでの人生と、いま現在に感謝しつつ、粛々と進めていこうと思っている。


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