新型コロナウィルスに関連して大阪府知事と兵庫県知事の、いわば対立構造を示すかのような報道がある。これは団塊世代の価値観と新しい世代の価値観の違いの表れの一例という気がしている。
経緯
3月19日、大阪府の吉村洋文知事が、20日からの3連休について大阪~兵庫間の不要不急の往来を控えてほしい旨の呼びかけを府民に対して行った。これに関連し大阪府の西隣である兵庫県の井戸敏三知事が「事前に相談がなかった」「大阪はいつも大げさ」といった言葉を発した。
この件の詳細は各報道を見ればわかるが、私には「団塊世代と新世代の価値観の対立」というふうに見える。
たしかに、関係する兵庫県に事前に相談しなかった点は吉村知事も反省すべきだろう。しかし、兵庫県知事の「大阪はいつも大げさ」というのは、この問題の特徴から考えれば、いま適当な言葉とは言えない。
なぜなら、短期間で広がっていく感染症においては「少し大げさ」な対応を「より早く」実行して、初期段階で徹底的に抑え込むことが重要なのであり、またこれが政治や行政に携わる者の倫理だからだ。
世代で比較してみる
ここで大阪の吉村知事と、兵庫の井戸知事を世代の観点で比較してみたい。
井戸知事は1945年(昭和20年)生まれ、吉村知事は1975年(昭和50年)生まれである。
井戸知事は1968年(昭和43年)に東京大学法学部を卒業し当時の自治省に入省している。つまり在学中に東京オリンピックを経験し、学校を卒業してまもなく大阪万博が開かれるという時期であり、日本が右肩上がりに経済成長していく時代を生きてきた人物である。
いっぽう吉村知事は、1998年(平成10年)に九州大学法学部を卒業し、同年司法試験に合格、その2年後に弁護士登録をしている。まさに社会に出たときは「失われた20年」のスタート時期であり、下降・縮小していく日本社会を生きてきている。
日本人の長い歴史というくくりで考えると、団塊世代ほど恵まれた日本人はおそらくないであろう。簡単に言ってしまえば、普通にまじめに努力していれば人並みの幸せをつかむことが出来た世代である。20~30代で結婚、二人程度の子をもうけて一般的な大学まで出してやれ、自動車も何度か買い替えながら所有でき、ローンとはいえ自宅を建てることもできた世代である。
つまり団塊世代はある意味、成功物語を生きてきたわけだ。
「努力すれば夢は叶う」、「我慢していればいつかは」「幸せになれないヤツはサボっている証拠」といったような考え方が、どこか発想の基礎部分にこびりついていて、自分でもそのバイアスをコントロールしきれないでいる。
では、若い世代はどうか。
1998年(平成10年)ころに社会に出た人を想定してごく簡単に下表にまとめてみたが、いかがだろう。社会人としての出発の時期に、いや令和の今もなお、輝かしかった時代の後処理を担わされているようにも見えてこないだろうか。
ちなみに表を作っているうちにウンザリしてしまい、10年分だけでやめてしまった。
1998年(平成10年) | 日本長期信用銀行、日本債券信用銀行の破綻 |
1999年(平成11年) | 東海村の核燃料加工施設での臨界事故、 カルロスゴーンによる日産社員2万人以上の解雇 |
2000年(平成12年) | 介護疲れによる親族間殺人などの社会問題を踏まえた介護保険制度の発足 |
2001年(平成13年) | 中央省庁再編 |
2002年(平成14年) | 官庁幹部約600人の人事を内閣が左右できる内閣人事局の創設、 大手都市銀行の大規模システム障害とその後もつづく再発 |
2003年(平成15年) | 日本の自殺者が3万4千427人のピークに |
2004年(平成16年) | 消費税免税枠が年間売上1千万以下に引き下げ、 沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落 |
2005年(平成17年) | アスベストによる健康被害が明らかに、 小泉郵政改革総選挙 |
2006年(平成18年) | 「お金儲けて何が悪いんですか?」、 倫理なき資本主義の暴走 |
2007年(平成19年) | 食肉偽装事件をはじめとする食の信頼の崩壊が翌年まで続く |
科学的、合理的根拠のないオレ様の経験則
「豚インフル(2009年新型インフルエンザ)の時だって結局、なんでもなかったじゃないか」とか、「まぁ、騒ぐのが好きな連中がまた騒いでいるだけだ」、「マスクなんてウィルスが通っちまうんだぜ、知ってる?」といった発言をするのはたいてい団塊世代、あるいはその世代から強烈な影響を受けて生活している若い世代である。
忘れているのか、物事の詳細を知ろうとしないのか、「わかったような口をききたがる」というのも団塊世代の特徴かもしれない。
テレビか何かで知った専門用語や、情報の断片を持論に取り込んでみるものの、突っ込んで聞いてみるとそこには何ら科学的、合理的な自分自身の思考が見つからなかったりする。思い込みの激しさだけでも生きてこられた世代なのか、と皮肉めいたことを言いたくなるときさえある。
ちなみに「なんでもなかった」2009年の新型インフルエンザでは、国内の感染者数は約17万人、死者数は68人とされている。自分の周囲に特段の被害がなければ、記憶も薄まり「なんでもなかった」ということになるのだろう。そもそもインフルエンザとコロナを「一緒くた」に論じること自体、お話が破綻している。
ところで若い知事といえば、全国で最初に緊急事態宣言を出した鈴木直道北海道知事がピンと来る。全国知事会や国レベルの団塊世代の面々をイメージしたうえで、「若造」が北の端から緊急事態宣言を発することに、一定の勇気が必要だったであろうことは想像に難くない。
彼は埼玉県出身ではあるが、東京都庁から夕張市に派遣されたことがきっかけとなったのか、夕張市長を経て北海道知事となった人物である。
1981年(昭和56年)生まれである。
団塊vs新世代という図式でもうひとつ思い出すのが、千葉県知事と千葉市長である。
いくつになっても若いイメージを売りにしている元俳優は、1949年(昭和24年)生まれである。昨年の台風被害の際には行政の長らしからぬ行動をとって非難された。
いっぽう熊谷俊人千葉市長のほうは、1978年(昭和53年)生まれ。大阪府知事より3つ下で北海道知事より3つ上である。21世紀の始まりとともに社会に出てきたタイミングを生きているわけだ。
千葉市ではすでに、その当時の状況を踏まえて学校の対応をどうすべきか綿密に検討を重ね、市民に発表していた。そこに国からの一方的な一斉休校の要請。
「社会が混乱する」としてツイッターで発言した内容に対して、さっそく政府からその真意を聞きに、担当者が市長を訪ねてきたという(個人的には大笑いさせられた)。
経緯や背景をきちんと知ろうともしない面倒くさがりの団塊世代にとっては、「何を若造が...」といったパターン認識でしか反応できないだろう。しかし、少なくとも市長の(ツイッターでの)発言を見る限り、「誰がどの集団に所属しているかとか、組織のどこに位置しているかといったことよりも、みんなが前を向いて生きていける社会をどう作っていくかが大切なのだ」という哲学が見えてくる。
まとめ
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という大昔からの言葉がある。
団塊世代が一概に愚者であるわけでは当然ないが、「世代の感覚」というものは確実に存在するであろうし、当然ながら誰しも自分の人生しか経験できない。そういった人生の一つひとつにはきっと「世の中とはこういうもの」「日本(日本人)とはこういうもの」といった、一定の確信や世界観が宿っているはずである。
いま団塊の世代が考え抜かなければならないことは、子供や孫の世代に必要な、ものの見方や考え方はどうあるべきなのか、ということではないだろうか。
「こうやってりゃぁ、うまくいく」が通用した時代はとっくに終わっているということを忘れて、若い世代に指南しようとする姿勢は、はっきり言ってみっともない。
同世代で集まって「昔はよかった」と過去に向かって盛り上がるのは結構だが、新しい時代を生きている人たちをも「一緒くた」にしてものを語っても、外側から見れば、いかにもその世代らしい底の浅さが露呈しているだけである。
なんだか団塊世代をコテンパンにしてしまうような話になってしまったが、本当に問題なのは、こんな話を聞いてもなんとも思わない種類の団塊世代なのである。敢えていえば、令和のこの時代でも何不自由なく「普通」の生活が出来ている団塊世代と重なる。表面では「(株価が下がって?)困った時代ですね」と苦労をよそおいつつも、「キッチリ年金もらって、ハイおさらば」と腹の底で思っているひとたちである。
「団塊イナゴ」が通り過ぎたあとの、荒れた田畑を作り直す若い世代に、いったい何ができるのか。その宿題を自分なりにこなしてから「ハイおさらば」といって欲しいものである。 これはもちろん冗談だが、逃げ切って死んだ先の世界には、それなりの「バランス調整」が待っているかもしれない。
最後に、筆者自身は団塊世代と団塊ジュニアの中間あたりといえようか、1965年(昭和40年)生まれである。