日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

河のほとりで (37)

2023年01月26日 05時45分43秒 | Weblog

 大助と美代子は、渦潮に巻き込まれるように踊りの輪に自然にはいっていった。
 最初は、老人会員の地元の人と里帰りしている中高年の人達が菅笠をかぶり浴衣姿で、古くから地元に伝わる民謡調の流れる様な静かな踊りで祭りの雰囲気を醸し出していた。
 暫くすると若い人達が輪に入ると自然と笛や太鼓の音頭も、中高生の奏でる吹奏楽にあわせて、テンポが少しずつ早くなり、踊りの輪も二重三重となり交互に行き交う形に変わり、それがやがて若者中心となって、最近流行のニューダンスを取り入れた軽快な踊りとなっていった。
 勿論、踊り好きな中高年者も若者の輪の外側を取り巻くように一緒になって踊りが盛あがっていった。 
 これは、雪深いこの地では、お正月に帰省する若者が年々少なくなり、必然的に、旧お盆が季節的に集い易く、懐かしい顔を合わせる唯一の機会となり、盆踊りが人々の最大の社交場となっているためだ。

 大助は、最初のうちは美代子と組んで中高生達と踊っていたが、やがて彼は背丈の低い老人達や小学生の輪に誘われる様に交わり、対面すると相手に合わせて阿波踊りの様に、時々、腰を前にかがめて、片足を交互に上げたあと、お互いに両手の掌を軽く叩きあって調子を合わせて踊っていたが、彼のその姿が笑顔とあわせて愛嬌があり、皆から盛んな拍手をうけていた。
 美代子は、踊りの勢いから自然と自分から離れて別の輪に流れ込んで行く大助を見て後を追い、彼のうしろ帯を引っ張って自分の方に戻すが、踊るほどにテンションが上がって調子に乗る大助は、またもや、踊り好きな老人の群れや面白がってはしゃぐ小学生の方に引き込まれて行き、思い返しては美代子のところに戻ってきては、彼女に睨まれて頭を団扇で叩かれていたが、彼はそんなとき、手を合せるときにわざと悪戯っぽく、片手で彼女の胸の辺りを軽くタッチしてニコット笑っていた。
 
 踊りも最高潮に達すると、櫓上の老医師は大助の踊りぶりに満足そうに笑みを浮かべて、子供達のハシャグ雰囲気を察すると笛を吹くのをやめて、健太郎に対し「若い衆向きの軽音楽もよいが、小学生や幼い子供達のため”泳げ鯛焼きくん”とか童謡も演奏してくれないか」と頼むと、健太郎も吹奏楽の部員に「楽譜もないのでアドリブでいいから・・」と指示して童謡を軽快に演奏させると、子供達は一層元気をだしてハシャギ出した。
 櫓の上で太鼓を叩いて大助達を見ていた織田君は、急に櫓を降りて来て、大助の額にヒョットコのお面を乗せると、これが彼の踊る姿と似合い、小学生や祖父母に手をとられた保育園児達が面白がってキャアキャアと手を叩いて彼の周辺に集まりだし、見よう見まねで踊りの仕草をして騒ぎだし、そのため自然と踊りの輪が崩れてしまい、皆も子供達を囲むようにして、夫々が勝手な踊りかダンスかわからない仕草で時々「ヤッサァ~」と気合の声を発して、益々、賑やかな踊りの群れとなってしまった。
 乱れた踊りの輪の中心になっていた大助は、周囲の出来事にも気がつかず、子供達の相手をしているのを見た美代子は、彼を引き戻すのを諦め、人の輪から外れて社殿の階段に腰掛て唖然として見とれていた。

 美代子は、ひと休みしたあと仕方なく無理矢理珠子を誘いペアを組んで踊っていたが、その最中にも大助が妬ましく
 「お姉さん、大助君はどうしてあんなに子供達に人気があるのかしらネ」「東京でもあの調子なの?」
と不満を言っていたが、珠子も大助がどんな気持ちで踊っているのか理解出来ず
 「ウン~、あの子が考えていることは私にも判らくなったゎ。お調子者なのかしら。きっと周りの雰囲気に酔っているのょ」
 「東京でも、商店街の年上の人達とも案外上手に付き合っていたり、そうかと思うと小学生の女の子にからかわれたりしていて・・」
と、大助の普段の様子を説明していた。 
 彼女も、大助の普段の生活振りを聞いて、如何にも都会的な社交センスを自然に身に備えた人なんだなぁ~と、彼女なりに納得して、すかさず、美代子らしく
 「お姉さん、これからも大助君と、お友達でいられる様に応援して下さいネ」
と願望を話していた。

 長い時間踊りつかれて、踊り手が少なくなると、理恵子達も節子やキャサリンの席に戻ってきて休んでいたら、織田君も櫓から降りてきて、理恵子に
 「いやぁ~ 暑くて疲れた」「それにしても大助君は、今年の盆踊りの最高演技者だなぁ」
と言って感心していた。
 その後、織田君は近くの小川に身体を洗いに行くと言うので、彼女も一緒についてゆき、冷たい川の水でタオルを絞り彼の身体を拭いてやったら、彼が
 「お宮様の方に散歩に行こうか」
と誘うので、彼女は節子さんに
 「わたし、彼と少しデートをしてくるヮ」
と告げたら、美代子もすかさず
 「大助君!わたし達も行きましょうョ」
と、疲労気味の大助の手を引っ張り立ち上がらせたが、キャサリンが
 「美代子、大助君は疲れているのよ」
と止めたが、彼女はそんな忠告にお構いなく、彼の手を引き歩きだしたが、歩くほどに大助の歩調が遅くなり、理恵子達と段々と距離が離れてしまった。 

 理恵子達は、まもなく鎮守様の境内に着た。 
 杉木立におおわれた、深く濃い闇が、境内を一層暗くしていたが、月明かりが木立の隙間を縫うように差し込んでいて、彼女の顔を青白く照らし出していた。  
 理恵子の白い手が、泳ぐように彼の襟元に伸びると二人は烈しく抱きあった。 
 そのあと、二人は時を忘れる様な長いキッスを交わしたあとで、彼女は
 「ネェ~ 式も挙げていないのに、貴方のマンションにお邪魔して愛を求めたとゆうことは、いけないことかしら」
と聞くので、織田君は
 「そんな自己分析はやめなよ」「僕達の、これからの人生を育てるための心の源泉だと思うよ」
 「僕は、いつでも大歓迎するよ」
と、黒い瞳を輝かせて快諾してくれたので、彼女も彼の返事が自然で頼もしく感じ嬉しかった。

 美代子と大助は、夜露に濡れた農道を手を繋いでトボトボと歩いていたが、途中で大助が美代子の手を引っ張て歩くのをやめ、「アッ!」と驚いた様に声を発し、しゃがみ込んでしまった。 
 それを見た彼女もビックリして、もしや大助が疲労から急病を発したかと思い、彼の傍らにしゃがみこんでソット顔を覗きこむと、彼は彼女の耳元に口を近ずけて、さも大事なことを話すように、声を潜めて
  「今、織田君と理恵子姉さんの二人の背中が闇の中で ピカピカッ と稲妻の様に光っていたよ」
  「僕 突然のことで ビックリ してしまったよ」
と言うと、彼女は
  「ウソ~ わたしには、見えなかったゎ」
  「君、時々、わたしから離れて踊っていたので、神様が君にイエローカードを出したのョ」
と安堵して、彼の囁きを全く信用せず、大助は
  「そうかなぁ。僕、疲れて歩くのも嫌になったので帰ろうよ」
と、つまらなそうに呟き、二人は其処から戻ってしまった。
 
 二人は元気なく母親や珠子のいる場所に戻ると、キャサリンが
  「おや、はやかったのネ」「どうかしたの?」
と聞いたので、美代子が大助の話を教えると、佛教に詳しくないキャサリンも不思議な顔をして返答に困っていたら、節子さんが仏像の光背の謂われについて説明し”後光”の意味を話すと、キャサリンも納得して、美代子に
  「そうなの、きっと、お二人は神様や仏様が御加護されて、幸せになる前兆よ」
と美代子に答えていた。 
 確かに、大助の話には、人々の胸をくすぐり、絶えず快い微笑をかもし出させる、純粋で清潔なユーモアがあり、猥雑な臭いを微塵も感じさせないところがある。

 何時の間にか、祭囃子の音も消えて、人々が思い思いの方向に散り、静寂を取り戻した墨絵の様な鎮守の境内には、杉木立の闇の中で、かすかに漏れる月の薄明かりが、織田君と理恵子の二人を、シルエットの様に ”青い影”となって映っていた。   
 棚田の稲穂を渡って来る爽やかな緑の夜風が、二人の胸に清々しい移り香と切ない慕情の余韻を残し、理恵子のおくれ毛が、優しく揺れていた・・・。
 


 

 

コメント
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