日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

(続) 山と河にて 5

2023年12月06日 06時21分58秒 | Weblog

 寅太が、美代子を連れて突然訪れたことで、異様な雰囲気に包まれた薄暗い部屋の空気を破る様に、大助がポツリと小声で
 「寅太君、階下でお湯を沸かしてきてくれないか。お茶でも飲もうや」
と口火を切ると、寅太は予想外の大助の言葉に緊張感がほぐれ一瞬の安堵感から反射的に
 「ヨシキタ!。ヤカンはどれを使ってもいいんだな」「急須と茶碗はあるんかい」
と返事して、勢いよく立ち上がり、三郎を連れて部屋を出て階下の共同炊事場に行った。

 階下の流し場に行くと、三郎が寅太の顔をジロジロと眺めまわして
 「なんだ、 殴られたアザや傷跡がないが・・」
と呟くと、彼が
 「これからだよ、コレカラダッ!」「俺一人より二人の方が、間隔があいて、少しは大助君の力もやわらぐので痛くないだろうしな」
と答え、薬缶をレンジにかけると、三郎にむかい
 「さぁ 勇気を出して、お湯が沸いたら薬缶を持って来い」
 「その後、ダンボールの箱を部屋に運んでくれ」「大助君の拳骨の嵐に対する防御用だ」
と言いつけ炊事場から出て行ってしまった。
 三郎は、寅太の後ろ姿に向かい、捨てせりふの様に
 「お前から先にやられろよ」
 「俺はお付き合いで来ただけなので、お前がノックアウトされたら、場合によっては逃げるぜ」
と、ブツブツ言いながらお湯が沸く間に、車からダンボール箱を降ろしていた。

 美代子は、二人だけになると、大助の膝に蹲るように飛びつき、それまで精一杯堪えていた思いを堰を切ったように
  「大ちゃん、これは イツタイ ドウユウコトナノ」 「わたしのことを、キライニ ナッテシマッタノ」
  「お爺ちゃんが、貴方の勉強の邪魔になるから連絡は一切負かりならんと言ったことを、貴方も聞いていたでしょう」
  「貴方も、わかっている筈だゎ」「わたしは、約束をちゃんと守り、貴方を信じていたのに・・」
  「離れていて寂しいときは、出すことも叶わぬラブレターを書いては、机の上に積み重ね、気を紛らわせていたのょ」
  「それなのに、こんなことになって仕舞い・・。貴方と家族や周りの人に騙されていたようで悔しいゎ」
と、彼の胡坐の間に顔を埋め、肩を小刻みに震わせて、彼のジーパンを掻き毟り乍ら泣き喚き
  「家庭の事情からとはいえ、やっぱりイギリスに行ったのが間違いだったのネ」
と、言っているところに、入り口戸がガタビシと開く音がしたので、反射的に彼から跳ね除ける様に離れると、寅太がヤカンを下げ、三郎にダンボールの小箱を持たせて部屋に入って来た。
 大助は、そんな彼女のわめきを無視するかの様に、彼女に
 「お茶を入れてくれ」「茶碗はあるもので間に合わせてくれ」
と言うと、彼女は
 「そんな悠長な気持ちになれる訳ないでしょう。嫌だゎ」
と言って横を向いてしまった。 

 寅太は咄嗟に
 「大ちゃん、コーラやジュースのペットボトルを持ってきたので、これにしようや」「サブ!。箱から出せ!」
と言うと、用心深く入り口近くに座っている三郎が箱からジュース類を取り出し
 「アッ! カップ麺もあるぜ」「折角、お湯を沸かしてきたので、食べようや」
 「どうせ寅のヤツが、店から適当に都合してきたもんだろうから遠慮はいらねえや」
と言うと、寅太が
 「馬鹿を言え、 社長は細かくてそんなことは出来ないわ」
 「でも、俺が時々、かすめて家に運んでいると、薄々気ずいているかもな?」
と返事をしながらカップ麺の蓋を開けはじめた。
 三郎は、なおも寅太に
 「嘘いえ、片思いの真紀子にプレゼントして気を引いているんでないか?」
 「悲しき片思いだなぁ」
と、なんとか大助を怒らせない様にと気をつかい、寅太をからかって雰囲気を和らげ様と無駄口をたたいていると、大助も
 「腹も減っていたので、丁度いいや、ご馳走になるか」
と言ったので、三郎は、大助の返事にホットして緊張感が少しほぐれ手際良く準備した。

 美代子は、自分の悲しみを意に介さない様な彼等の振る舞いを見ていて、呆気にとられ、本当に自分は家族や彼等からも無視され、大助からも完全に見放されたと思いこんで、目が眩み思考がとまってしまった。

 彼等が、雑談しながら賑やかに食べたり飲んだりしている隙に、彼女は悲しみと不安で思考能力を失い、バックから携帯を取り出すと、本能的に、普段は家族から通話を堅く禁じられている大学病院の医局に勤務する養父の正雄医師に電話をかけた。
 美代子は、少しでも今の自分の心境を理解してくれ、身近にいる頼れる人を求め、咄嗟に思い浮かべた義父に電話してしまったのである。
 看護師の取次ぎで直ぐに電話に出た慌て気味の正雄医師に、 美代子は小声ながらも半ばヒステリックに
  「アッ お父さん、美代子よ」 「わたし、大助君や家族にも見放されて、もう生きて行く気力が無くなってしまったゎ」
  「これから信濃川に飛び込むか、煉炭で自殺するゎ」
  「小学生のときからず~っと、金髪とか青い目の異人さんと虐められ続けても、必死に頑張って来たが、もう、その気力も消え伏せて、蝉の抜け殻みたいに心が空っぽなってしまったゎ」
と、大助が部屋から引越す意思がないと呟いたことで全てが終わったと思い、老医師から出掛けに指示されたことをすっかり忘れ、思いついたままに話すと、彼女の会話を小耳に挟んだ三郎はビックリして、カップ麺を足元に落とし「アチッチ~」と叫び
 「こりゃ、殴られるなんて生易しいもんでないわ」「道ずれでお陀仏だとょ」
と、寅太に耳うちすると、彼はコーラの入ったペットボトルで三郎の頭を叩き
 「何を馬鹿を言っているんだ」
 「折角、逢わせてあげたのに、そんな筈ある訳ない、間抜けなお前の聞き間違いだっ!」
と一喝して、彼女の顔をチラット見ると、凍りついた様な表情で青ざめており、青い瞳が異常に光っていることに畏怖を感じ、大助に向かい顎をしゃくって彼女を見れと合図すると、大助は彼女の通話を聞いていたらしく
 「サブちゃん、俺の失敗で申し訳ないなぁ」
 「河は冷たいので、暖かい煉炭のほがいいか?」
と、美代子の手前真面目な顔つきで冗談を言ってからかった。
 
 そのあと、彼女に対し落ち着いた声で、宥めるように
 「美代ちゃん、何を勘違いして喚いているんだい」「電話の相手は誰だ?」
 「下手な脅しは止めてくれよ」
と注意をしたが、彼女は冷静さを完全に失っていて、大助の言葉も耳に入らず、ヒステリックに義父の正雄医師と会話を続け、義父の問い掛けに答えるように、早口で
  「何処に居るなんて言えないゎ」「凄く荒れて汚い、薄暗い寂しい部屋にいるの」
  「警察に110番してパトカーに来られても近所迷惑だゎ。よしてょ」
  「お友達の手配で、大助君を半年振りに捕まえ、いま一緒に居るゎ」「彼のお友達とも・・」
と、泣きながら思いつくままに震えた声で悲痛な思いを訴えていた。 

 彼女の電話の内容から、ただならぬ事態と知った正雄から、新潟駅前のワシントンホテルの三階の座敷に部屋を用意させるから至急来いと返事があったらしく、彼女は少し間を置いて考え、渋々と「ワシントンホテル? 行くゎ」と、弱々しい声で答えていた。
 彼女は、携帯をきった後、大助に
 「パパょ」「わたし冗談でなく本気ょ。もう相手は誰でもいいの」
 「わたし達が、こんな破滅的なことになったのも、家を出たパパや大ちゃんにも責任があるゎ」
と言って、彼の注意も聞き入れないほど興奮しており、彼も説得の仕様がなかった。
 寅太や三郎も話が段々拗れて行くことに、最早、自分達では手の施しようがないと観念して無言で二人を見つめていた。

 大助は、美代子の電話相手がわかると
 「正雄先生は苦手だなぁ」「大体、僕達の交際に反対していたんだろう」
と、美代子に文句を言った。
 寅太は、正雄先生は病院の売店への出入りを紹介してくれた恩義もあり、此処で無碍に同伴を断ったら、それこそ山崎商店は本当に倒産してしまうかも知れないと思い、益々、厄介なことになってしまったと、板挟みになり困惑してしまった。

 美代子は、彼等の思惑も気に留めず、ここで大助君を放したら、もう絶対に彼と逢えないと思いこんでおり、涙で崩れた化粧も直すこともなく、長い金髪をゴムで束ねながら、寅太達にきつい口調で
 「貴方達も一緒に行ってね」「もう誰も怖くはないゎ」
と言って、三人をせきたててホテルに向かう決心をさせた。
 大助は、気落ちして悄然としている彼等に
 「ケッ・セラ・セラだなぁ。なんとかなるさ」
と言って軽く苦笑いしていた。

 大助は、階段をゆっくりと下りながら、車に向かう途中、寅太に対し
 「気が進まないが、今はこの場を取り繕う人は正雄先生しかおらず、僕は何も話すつもりはないよ」
 「最後は、飯豊に行って、お爺ちゃんの老先生に逢って話す以外に方法はないだろうなぁ」
と、草臥れた様に話し、寅太も
 「彼女の荒れ様は普通でないなぁ。一緒に行くから元気を出せよ」「俺も、最後は爺さんしかいないと思うよ」
と答え、彼の肩を軽く叩いた。
 三郎は、ついて行くのもいいが、もし話がより一層拗れた場合、そのあと本気で車ごと信濃川にドブンかと心配になり、動作が鈍くなり、寅太から
 「度胸のないヤツだなぁ」「今更、泥舟から逃げ出す訳にはゆかんだろう」「潔く腹を決めろ」
と気合を掛けられていた。
 三郎は、寅太の言葉に追い討ちをかける様に、強張った表情の美代子から
 「大助君は、もう、完全にわたしを見限り、御一緒してくれないゎ」
 「悲しき恋の終わりよ」
 「でも、サブチャンと一緒なら、あの世でも面白くお相手してもらえ、わたし、少しは気が楽だゎ」
と、冗談か本気かわからない、ヤケッパチ気味の言葉を掛けられて、尚更心細くなり
 「俺、水泳は得意でないなしなぁ」
 「閻魔様は人間の死者第1号と聞いたことがあるが、俺はドザエモン第1号か。父ちゃん泣くだろうなぁ」
と、ブツブツ言いながら皆の後ろに従って外に出た。

 浜から吹きつける寒い風は、薄暗い街灯の傘を揺らしており、三郎の心を一層寂しくさせた。

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