日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

(続) 山と河にて 7

2023年12月18日 05時03分45秒 | Weblog

  美代子達は、新潟駅近くにある高級ホテルに入ると、広い座敷の中央に置かれた大きいテイブルを挟んで座った美代子に、養父の正雄はにこやかな顔をして
 「やぁ~ 暫く見ないうちに、大学生らしく立派な女性に成長したねぇ」
 「急な電話で驚いたが、さぁ~ ここに来て、どんなこでもよいから遠慮せずに話してごらん」
 「美代子も判る通り、今の私には出来ることは限られているが、それでも私に出来ることなら精一杯のことをしてあげるから」
と、優しい言葉を掛けられ、彼女が心の落ち着く間もなく、医師らしく「少し顔色が冴えないが・・」と言葉を繋いだ。 

 彼女は、久し振りに対面した父に、懐かしさと憎さが入り混じった複雑な思いを抱いたが、高ぶった気持ちを抑えられず、養父である正雄に対し、青ざめた顔で、いきなり
 「わたし、本当に生きる力を失ってしまったゎ」
と返事をしたあと、小声で
 「あまりにも惨めな話で、初対面の小母様がおられては話しずらいゎ」
と言うと、座敷の隅みに座っていた、静子は
 「それもそうね。私は席をはずして控え室におりますゎ」
と答えた。 
 正雄が、静子の顔を見ながら、美代子に対し
 「この人は大学病院の精神科の医師で、医学部の講師をしているんだよ」
と紹介してくれたが、静子は正雄の引き止める言葉を遮り
 「貴方。若い女性の心理は微妙で、今は、会話をする環境が大切なのよ。用事が御座いましたらお呼びくださいね」
と言って、美代子に向かい丁寧に礼をして部屋から出るべく立ち上がった。
 静子は、部屋から立ち去る前に入り口に座りなおし、彼女に向かい
 「美代子さんが、久し振りにお父様とご相談する問題の根源は、私にも責任があると自覚しております。解決の方策は私なりにも考えておりますので、貴女に対する償いの意味で、少しでもお役に立てれば私も嬉しいですゎ」
と、言葉を残して去った。

 美代子は、正雄に対し家庭崩壊の原因となった養父に対する皮肉をこめて
 「お父さん、何故、一人でお出でにならなかったの」
 「小母様は、私になんの関係もなく、お逢いすることはママとお爺様に悪いゎ」
と文句を言った。 
 正雄は苦笑いして
 「そうだったね。まぁ、彼女も医師として、それなりに貴女のことを気にしているので、私からも謝るよ」
と言って軽く頭を下げた。
 正雄は
 「それで、問題の核心は大助君とのことかね」
と、外科医らしく単刀直入に聞き出したので、美代子は、感情がこみ上げてきて涙を流しながら、声を絞って一気に
  
  「そうよ。お爺さんの言いつけでイギリスに行っている間に、わたしに何の連絡もなく、防衛大から新大に編入し、挙句の果てに、わたしを見放して恋人をつくっているのょ」
  「そこにいる同級生の寅太君が教えてくれて、今日、大助君のお部屋を突然お訪ねしたら、何時、倒壊するかも知れない、古くて汚れた狭い部屋にいるんですもの。わたし、ビックリして気が動転し目が眩んでしまったゎ」
  「彼が、どうして家族にも嘘を言ってまで、こんな落ちぶれた生活をしているのかと思ったら、彼の急な様変わりな生活を見て、もう、わたしの人生も完全に破滅してしまったゎ」

と、涙声交じりに口元にハンカチをあてて悲痛な思いを話したところ、寅太が突然声を張り上げて
 「美代ちゃん。部屋のことはともかく、恋人のことは、美代ちゃんの勘違いだよ」
 「三郎のヤツが勝手な想像で言ったことで・・」
と口を挟むと、三郎が
 「いや、寅が間違いなく言ったんだよ」
と反論した。 
 正雄は、苦笑いして彼等の話を制止させ、静かに
 「美代ちゃん、大助君が隣にいるんだから、直接確かめれば済むことでないかね」
と言うと、彼女は
 「大助君が、ここで新しい恋人がおりますなんて言う訳ないでしょう。そんな簡単に白状するほど安ぽい男でないゎ」
と言って、ハンカチで涙を拭い大助の顔を見ると、彼は疲れた様な表情で腕組みして無言でいた。

 正雄は、美代子の心情や大助の微動もしない態度から総合的に判断して、それ以上細かい話を聞くことを止め
 「美代ちゃん、どうすれば気が済むのかね」
と、彼女に意見を求めると、彼女は、冷たいお絞りで顔を丁寧に拭いて、気持ちを落ち着かせ、暫く間をおいて考えを整理したのか、俯いて恥じ入る様に静かな声で
  「若し、大助君の心に、わたしに対する愛が以前の様に残っているならば、彼を今の状態で放置しておくことは、見るに耐えないので、わたし、大学をやめてホステスになってでもお金を稼ぎ、普通の生活をさせて勉強させたいゎ」
  「勿論、一緒に暮らして面倒をみてあげたいの」
  「お爺さんも、母さんも、皆が、大助君のことを知っているのに、わたしに隠しているみたいなので、わたし、もう、誰をも信用しないゎ」
   「わたし、もう、怖いものはないし、自分の信念を貫いて、彼と生きて行くことに決めたの」
と、目に涙を溜めて悲痛な心情を一気に告白した。

 正雄は、美代子の表情を観察しながら黙って聞いていたが、彼女の話が終わると
  「美代ちゃん、おおよそのことは判ったよ」
  「大助君との関係は二人で落ち着いて話合いなさい」
  「今まで通り良き交際が継続するならば、静子のマンションが空いており、それを利用すれば良いと思うし、生活費や学費も援助させてもらう心ずもりはあるが・・」
  「だから、ホステスになるなんて大人げないこと考えずに、美代ちゃんも、今迄通りに学業を続けなさい」
と諭す様に話して、少し間を置いて
  「けれども、よく考えて御覧なさい」
  「大助君は、私達やお爺さんもキャサリンも、社会的には何の繋がりもなく、冷たい言い方だが、社会的には他人であり、美代子の友達とゆうだけで、経済的援助をすることは、常識に反し、逆にその様なことは、相手の人達の名誉を傷つけ、極めて迷惑なことなんだよ。やはり、順序を踏んで大助君の家族やお爺さんとキャサリンの了解を得てからでないと、出来ないことは理解できるね」
  「お父さんは、将来、美代子の望む通りに大助君と結ばれ、田舎の病院を継ぐことになろうとも、或いは大助君の実家に嫁ぐことになっても、それは、君達が決めることで全く異存はないよ」
  「お爺さんもキャサリンも、お父さん同様に、美代子が幸せになるためなら反対はしないと確信しているよ」
と説得して、静子と話してくると言い残して部屋を出て行った。

 美代子は、大助の手を握り締めて
 「これから、お爺ちゃんのところに行きましょうょ」
と言ったが、大助が返事を躊躇っているので、彼女は業を煮やして
 「ウ~ン ジレッタイ! ゼッタイニ ツレテユクカラ・・」
と、きっぱりとした声で告げた。 
 寅太も三郎も美代子の毅然たる強い言葉に誘発されて、口を揃えて
 「大助君。正雄先生の言うことは最もであり、ここ一番は、やっぱり老先生しか頼れる人はおらず、美代ちゃんの言うことを聞いてやれよ」
 「老先生も、俺の見るところ、大助君のことが気に入っている様だし・・」
 「たとえ、怒っても、きっと、君達のためになる様なことをしてくれる。と、思うがなぁ」
と声をかけたが、またしても、三郎が解決の道が見えた安心感から
 「そうだなぁ。寅の言うとおりだよ」
 「俺達も余計なおせっかいをしたと、こっぴどく怒られるかもしれんが・・」
と、寅太の意見に合わせて口を挟み、続けて
 「やぁ~ これで、あの来るときに見た冷たそうな黒く濁った川に飛び込んだり、車の中の練炭でお陀仏にならんで済んだゎ」
 「正雄先生は、やっぱり神様仏様だなぁ~」
と余計なことを喋って一息ついた。
 一方、寅太は真剣な面持ちで溜め息混じりに
 「もう一山あるなぁ。お爺ちゃんは頑固で、俺も苦手だし、話の仕様によっては、俺が余計なお世話をしたと、怒鳴りつけられ、挙句の果て店は病院に出入り禁止なんてことになったら、店が潰れ、俺は失業者になるかもしれんからなぁ」
と、独り言を呟いて、陽気な三郎とは反対に、彼なりに心配の種が尽きなかった。

 美代子と大助は彼等の話を聞いていたが、美代子は少し元気を取り戻し、大助の腕を引張って
 「ねぇ~。そうしましょうよ。お爺さんは怒らないと思うゎ」
 「若し、私達の立場を理解せず癇癪を起こしたら、今度こそ、わたし本気で家を飛び出してやるわ」
 「でも、お爺さんは、わたしのことより、貴方のことをずぅと可愛いがっているので・・」
と、どうしても彼を連れて帰るべく、しきりに催促していた。

 

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