日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

蒼い影19)

2024年04月27日 03時24分44秒 | Weblog

 理恵子の通う高校は、街の北外れに位置する小高い丘陵の上にあり、校舎裏のなだらかな広場は生徒達に人気のある憩いの場所である。
 新しい芽をふいた欅の大木を中心に広がる芝生の草原は、街の中ほどを流れる川、それに沿って奥羽本線の鉄路が一望できる、この街唯一の眺望の良い場所でもある。
 
 理恵子は、母亡きあと遺言にもとずき、周囲の人達の同意を経て故人の望んだ通り、山上健太郎・節子夫婦の養女となり、三人が仲睦まじく日々を送っていた。

 奥羽山脈の残雪が初夏の青空に映え、初夏の陽ざしがほどよく照り映える柔らかい芝生の広場は、土曜日のお昼どきは各グルーフ毎に弁当を広げる生徒の輪でにぎあう。
 中間試験を悲喜こもごもに過ごした生徒達は、この時期、新しい友達も出来て開放感で明るい表情に満ちて、各競技の対外試合をはじめ、夫々の部活の練習や打ち合わせで話が盛り上がり話題が尽きない。

 山上理恵子の吹奏楽部も、お弁当を開き互いにおかずを交換しながら、午後からの練習の打ち合わせに花を咲かせていたが、理恵子は途中で慌ててトイレに駆け込み、予期せぬお客様に一瞬とまどったが応急処置をした後、メモを書くと持ち合わせの小遣いをテッシュで包み、時々、家に来て勉強を教えてもらっている、先輩の織田君のいる野球部の輪に行き
  「織田君! 悪いけど、これ持つて急いで薬局にいってきて~」「ね~ お願い! わたし本当に困っちゃつたの、助けて~」
と、周りの仲間に目もくれず紙包みを渡し、急なことに戸惑う織田君に
 「アッ 中身は絶対に見ないでね。 きっとよ~」
と告げると、織田君は周りの顔色を気にして
 「なんだ! 食べつけない友達のおかずを食べて、食あたりでもしたのか?」
と返事するや、部員が織田君に対し、やっかみ半分に
 「おい 校内一の美人に見込まれて光栄だな~」「俺たちも、あやかりたいよ」
と、夫々に大袈裟に囃したて
 「お前 我がチームの盗塁王だろ、全力疾走で早くいつってやれよ」
と、せきたてたので、織田君も渋い顔で自転車小屋に走り出していった。
 行きは丘陵の坂道を駆け下りるためスピードがあがり、薬局に着くや小母さんに紙包みを無言で差し出した。 店の奥さんはメモを一読するや奥から小さい紙包みを持つてきて
 「はいッ お釣りも中にいれておきましたからね」「あなたは 親切な生徒さんね」
と言ってニコリと微笑んで渡してくれたが、織田君の耳にはそんな言葉も入らず中身がなんだかも聞かずに、慌てて自転車にまたがったが、今度は勾配の急な道を汗を全身にかきながら校庭裏の芝原に辿り着くと、理恵子に紙包みを渡すと額の汗を拭いながら
 「ホラッ! いや~ しんどい。 俺の方が具合が悪くなりそうだよ~」
と言って芝生に仰向けに寝転んでしまった。
 仲間たちは、その様子を見ていて
 「御苦労! 御苦労! 美人に見込まれるとゆうことは大変なんだな~」「俺達、将来、少し不安になつてしまったよ」
 「心配するな 美人なんてそんなにいないし、少なくても俺達には未来永劫縁のないことだ」
と、夫々に勝手な冷やかしを言いあって笑いころげていた。

 理恵子がトイレで生理の処置をして再び皆の輪に戻ってくると、織田君が息を弾ませて寝ており、仲間達がその周囲を囲んで盛んに冷やかしていたので、理恵子は少しばかり心配になり、周囲をはばからず織田君の顔を覗き込むように近ずいて
 「ねェ~ 大丈夫 元気をだしてよ」
と小声で言うや、仲間達が
 「理恵子! 織田君の心臓が破裂するかも知れなぞ。冷たいタオルで額を冷やしてやれよ」
 「今度は 俺に言いつけてくれな」
などと、羨望を交えて口々に冷やかしていたが、彼女は意外と冷静に
  「アノネェ~! 私たち恋人でもなんでもなく、時々、勉強を教えてもらうだけなので、変な誤解をしないでね!」
と、誰にともなく言い残してその場を去った。
 
 織田君は、理恵子の近所で食品店を開いている母一人子一人の高校3年生で、温和だが体格は同級生の中でも大きく、運動神経は優れており、皆の人気を集めている。
 勉強も熱心で大学進学を目指し、理恵子が中学生の頃から、健太郎の家を訪ねては勉強を指導してもらいながら、彼女の補習の面倒を見ていて、彼女とはすっかり顔見知りで、彼女が山上家の養女になったことを非常に喜んでくれていた。

 その日の夕方。 理恵子は織田君が下校するのを校門のところで待ち伏せ、織田君が友達と揃って現れると、彼の手を引張って友達から無理矢理引き離し
 「織田君 ゴメンネ。わたし 今日だけは君に頭があがらないゎ」 「お礼とゆう訳でもないが、これから、わたしの家に行き、夕飯を一緒に食べようよ」
 「わたし、あんたの返事をもらう前に、母に電話してしまったの」「母も、今日は病院が休みで家におり、お誘いしなさい」
と機嫌よく話して、彼の返事を待たずに「ね~ いいでしょう」と言って半ば強引に誘い、そのとき、彼に聞かれもしないのに母との電話の内容を話して
 「家では父もおり今日のことを話さないでね」
と、二人が並んで自転車を押して歩きながら、念を押して家路についた。

 秋子さんの葬儀も終わり、親族との相談のうえ、なによりも生前の秋子さんの遺言、それに理恵子本人の強い希望と、節子さんの積極的な願望と周囲に対する説得もあり、秋子さんの位牌とともに理恵子も、健太郎の家族の一員となり、早いもので一ヶ月が過ぎようとしていた。
 幸いなことに、理恵子も節子さんとは以前からの行き来もあり、その生活慣習になじんでおり、最初の頃は遠慮気味であったが、節子さんの気配りと理恵子の性格の順応性が相俟って日毎に、互いに心を通わせて打ち解け、端から見ていても何等遜色のない母娘の自然な姿に、健太郎も心が休まり安心していた。
 養母となった節子は、理恵子の日常生活については、起床・就寝時間、勉強時間、自分の部屋、玄関等の整理整頓については厳しく実行させていたが、理恵子はそれ以外にも進んで家事を手伝い見習っていたが、そんな中にも時折甘えて戯れ、節子さんも気持ちよく相手をして日常を楽しく過ごしていた。

 或る日の夕餉の時には、理恵子が悪戯っぽく
 「以前、死んだ母さんが、節子母さんはお父さんの初恋の人だと言っていたことがあったが、本当なの?」
と言ったら、健太郎は苦笑いして「そうだったのかなぁ}と恍けて答えたが、そのあと彼女に対し
 「理恵子は、恋人でもいるの?」
と逆に聞き返すと、彼女は
 「好きなお友達は何人かいるけど、恋人なんていないゎ」
と返事したあと、節子に
 「ねぇ~ 初恋ってどんな気持ちになったときからかしら」
と聞いて、節子を困らせていた。
 また、夏になると、診療所の一人娘で小学生の美代子と河で水泳して遊ぶが、彼女は水泳では小学生の地区選手権に出るほど泳ぎが上手で、自分を姉の様に慕ってくれて、とても可愛い子だゎ。と、仲良くしている美代子のことを話していた。
 


  

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