理恵子達は家に入ると、広い居間にある横長のテーブルを囲んで各自がそれぞれの場所に勝手に座り、高い天井を見上げて「わぁ~ 涼しいはずだわ!」と裏庭から通り過ぎる微風に汗ばんだ体を冷ましながら一息ついた。
その間に理恵子が、清水の流れる池から救いあげてきた、よく冷えたスイカを切って差し出すと、皆は遠慮なく御馳走になりながら、たったいま葉子さんの家で突然思いがけないところから男の図太い声をかけられて驚いたことや、葉子さんが気持ちよく自分達の申し入れを聞き入れてくれたことで、訪ねるまえに緊張していたことがおかしく思えたことなどを喋りあったあと、理恵子の案内で、裏庭の人造滝から流れ落ちる幅の狭い小川に、スカートの裾をたくしあげて素足を入れて、敷き詰められた赤や白の小石を足先で転がし「綺麗な小石だわ~!」と言いながら涼を満喫した。
冷たく心地よい水と、紅白の石に映る普段見慣れない自分の素足が、案外、白く綺麗に見えたことが乙女心をくすぐったのか、キャア キャアと黄色い歓声をあげていた。
周囲に気をとられずに騒いでいたところ、理恵子が裏口の木陰に、棒で熊笹を掻き分けながら近ずいて来る二人連れの男の人影を見つけ「誰か きたわ~!」と叫ぶと、皆が理恵子の方に寄り集まり、少し不安げな顔をしていると、それが、織田君と先程驚かされた葉子さんの兄であることが判ると、機転の利く奈津子さんが「よ~し 今度はわたしたちが驚かしてあげましょう!」と声をかけ、ヒソヒソと話して皆が納得して待ち構えた。
彼らが裏木戸を開けて「よ~う 涼しげだな~」と笑いながら入ってきたとき、奈津子さんが小川のほとりに「整列!」と号令をかけて横一列に彼女等を並べ、織田君等が近くに来たとき、二人に向かい「最敬礼!」とまたもや号令をかけて揃って深く頭を下げた。
二人は意外な出来事に一寸ビクツとしたが、すぐに平静に戻り、二人とも本能的に彼女等の素足に目を奪われていたところ、織田君が理恵子の前に来て「お父さんは?」と聞いたとたん、理恵子が織田君の脛を素足のつま先でつっつくように蹴ると、織田君は大袈裟に「あっ いてぇ~」と声を上げると、奈津子は彼に向かい
「なによ~ そんなに私達の足をジロジロ見比べないでよ~」
と叫ぶや、理恵子は
「父さんは 鎮守様で盆踊りの櫓つくりをしていると思うわ」
と答えると、奈津子さんが言葉を継いで
「織田君!初志貫徹よ。志をきちんともって、フラフラしないで!!」
「貴方をこの世で一番素晴らしい男性と日夜思いつずけている人がいることを忘れないでよ!」
と、今度は優しく微笑みながら告げるや、一同が、やっかみを交えてワア~と笑い出した。
葉子さんの兄はさすがに先輩らしく、照れくささで髪をかきむしっている織田君に代わり
「いや~ 失礼致しました あまりにも足元が色白で綺麗なのに見とれて、思いがけず少しばかり艶のある光景を拝見させていただきまして、ご馳走様でした」
と弁解しつつ
「僕達も、これから鎮守様に行き手伝ってきます」
と片手をあげて挨拶すると来た道を帰っていつた。
その後、静けさが戻ると、奈津子さんが
「明日の晩は、休みで帰ってきている若い人たちが、盆踊りの途中で街で流行のニュー・ダンスとかいって、何時もとは違う盆踊りをするそうですが、私、一寸練習したので、これから皆で練習しましょう」
「踊りは簡単で、ほら、フォークダンスを少しくずしたもので、要点はリズムに合わせて、片足を少し上げることと、そのとき、向かいあった人と両手を合わせることだけよ」
と説明して、裏庭の芝生の上で、理恵子が用意したラジカセにCDをかけて民謡の「花笠音頭」にあわせて笑いながら練習をはじめた。
練習をしながらも、彼女達に強烈な印象を与えた葉子さんの兄のことについて、仲間の一人が
「葉子さんの兄さんは、早稲田の3年生で私達の大先輩よ。噂ではラクビー部員らしいわ」
と教えてくれ、彼女等はその容貌から素直に納得していた。
彼女達は、明日の晩には盆踊り会場となるお宮様の境内で、儚い夢かも知れない運命のキューピットとの出会いを楽しみに、ハプニングに満ちた今日一日の楽しかった出来事に満足して帰っていつた。