梅雨が明けたとゆうのに、北越後の空は曇天続きで、たまに晴天があっても続かないが、温暖で比較的凌ぎやすい。
最も農家では稲作が少し心配になる。
報道によれば、エルニューヨ現象の影響とかで、今から冬は暖冬か?などと一喜一憂しているが、歳をとると習性から先走って余計な心配をするものだ。
山上健太郎の家は、閑静な農村の中心部にあり、彼は3代前からの旧家を引き継いでいる。
健康を理由に教師を定年前に退職後、高校講師と家庭農園を適当に楽しんでいる健太郎の家族は、秋田出身であるが高校卒業後東京に出て看護師をしていたが、先輩の亡秋子さんの世話で紆余曲折を経たが縁あって、昨年来、健太郎と夫婦となり大学病院の看護師をしている妻の節子、それに、亡き秋子さんの忘れがたみの高校生の理恵子の3人である。
それぞれが数奇な運命を背負いながらも家族となったが、お互いに思いやりのある心遣いで、平凡ではあるが明るく過ごしている。
夏休み前のよく晴れた或る日の午後
理恵子の勉強相手をしてくれている織田君等野球部の3人が、県予選を2回戦で敗戦して、後輩の2年生に退会の挨拶をして肩の荷をおろし、退部の寂しさと反省をこめて校舎裏側のプールの傍らで雑談をしていたところ、偶然にも、応援帰りの女生徒の集団が通りがかり、誰が言うともなく
「あんた達 今日はがっかりさせてくれたわね」
「貴方達3年生が奮起しないから、1・2年生の意気が上がらないのよ」
と、群集心理もあり、口々に勝手なことを、半ば異性に対する好奇心もあって言ってるうちに、輪の後方にいた生徒の押す力が連鎖的に前列の生徒に波及し、織田君たちをプールの中にドボーンと落としてしまった。
理恵子は、たまたま女性群の前方にいたため、後ろからの圧力に押されて、織田君を突き落とす様に胸の辺りに手をあてたので、織田君が
「理恵ちゃん なにするんだ!」
と叫んだので、理恵子も吃驚して
「違う~ わたしじゃないわ」
と、咄嗟に返事をしたが、織田君達は泳いでプール脇に這い上がり、誰かが興奮気味に
「どんな恨みがあるかしらんが、暴力はよせよ」
「もし、誰かが水の中で心臓麻痺を起こしたら、君等のせいだからな!」
と、やけっぱちに言ったあと
「ボヤボヤしてないで、着替えをなんとか都合してこいよ!」
と叫ぶと、女生徒の中でも人気のありクラス委員をしていてバレー部のキャプテンの3年の葉子さんが、普段のリーダーシップを発揮して
「皆さん~ 大急ぎで、体育着をもつてきなさい!」
と号令をかけると、慌てふためいた女生徒達はめいめいに自室の方に駆けて行き、トレパンやジャージを集めてきた。中には慌てていたためか、バックをそのまま持って来る者もいて、更衣室の前にいる葉子さんのところに差し出した。
葉子さんは更衣室の前にいる女生徒達を中を覗かない様に遠ざけたあと、更衣室の中に向かい
「あなた方 後ろを向いていてくださいね」「これから 衣類を投げ込みますからね」
と、言ったあと衣類とバックを入り口の扉を少し開けて投げ込んだ。
織田君たちは、投げ込まれた衣類を手にとり、自分にあったトレパンを探しだし始めたが、どれも丈が短くそれでも脛の半ば位までのものをなんとか探し出したが、これまた、偶然にも織田君は割合背の高い理恵子のトレパンを身につけた。
中には興味半分にバックをあけ
「いや~ たまげた。 いまどきの女性徒でカラーパンテイーを履いている、お洒落な者もいるんだなぁ!!」
と変に感心している者もいたが、上着はさすがに合うのがなく、胸部をむき出しにして、肩だけ体裁にかけて更衣室からでてきたが、似合わぬ姿を見てクスクスと笑っている女性徒もいたが、そんな興味半分に騒いでいる彼女等にお構いなしに、葉子さんが
「あらっ 織田君!やっぱり理恵ちゃんのがお似合いね。偶然にしては不思議ねぇ~」
と言うや、またまた笑いが大きくなり、理恵子も、おだてられているのか、冷やかされているのか、一寸、変な気持ちになった。 すぐさま、葉子さんが
「織田君の家はお店でしょう?」
「まさか そんな姿で家に帰る訳にもゆかないでしょうから、私、いま電話で家の人に車で迎えに来るように手配したので、3人をお送りするわ」
「家で、兄の下着と服をつけなさい。判ったはね! 愚図愚図していないでね」
と、半ば命令調に指図したあと、女性徒達に向かい
「今日のことは、誰のせいでもないと思いますので、皆さん、ほかの人達には、面白半分にお喋りしないでくださいね」
と注意して女生徒を立ち去らせて、葉子さんと連れの3年生一人を残し、織田君達に
「いたずらにしても、本当に御迷惑をおかけし申し訳ありませんでした」
と詫びて、車の来るのをまった。
理恵子は、内心、織田君は自分の家に連れてゆきたいと思ったが、葉子さんの手際よい迫力のある指図に口を挟むこともできず、寂しい気持ちになった。
別れ際に「織田君 わたしが押したのではないことだけは、信じてね」と、葉子さん達に聞こえない様に小声で囁いて、そっと小指をにぎった。