理恵子は、放課後に校庭裏の公園で織田君と過ごした際に、初めて体験した出来事を、義母の節子さんに遠まわしに話したことにより、胸の高まりが幾分落ち着き、何時もの様に仏壇に向かい手を合わせたあと、自室に入り明日の仕度を整えてベットに横たえた。 眠れないまま窓のカーテン越しに見える月がとても綺麗で起き上がると、窓辺に寄り満月を眺めながら、亡き実母の秋子さんに囁くように、織田君との出来事を簡単に呟いたあと、尚も興奮している気持ちを抑えきれず、亡き母恋しさに
「かあさん お花畑は綺麗ですか」
「律子小母さんに逢いましたか?。それとも誰か新しいお友達ができましたか。かあさんがよく聞かせてくれた月の砂漠をお友達と一緒に虚空蔵様の里をめざして歩んでいるのでしょうね」
と、懐かしさや、寂しさ・悲しさ、不安がないまぜになった気持ちで呟いたあと、続けて
「わたし 今日、公園で織田君に唇を触れられてしまったが、これが私の人生にとってフアーストキスかどうか、よく判りませんが、お互いにこれ以上進まない様に誓い合ったので心配しないでね」
「でも、上手に説明できませんが、凄く興奮しちゃって嬉しかったゎ」
「節子かあさんには、恥ずかしくて、はっきりと言わなかったけど、わたしの話を優しく聞いてくれて、或いは薄々感ずいたかも知れませんが、今後、心配をかけないように注意するので、かあさんも、心配しないでね」
「まぁ~ わたしが女性として順調に育っていると、安心して見守っていてね」 「それでは お休みなさい」
と言ってカーテンを閉めたあと、再びカーテンを少し開いて月に向かい
「あっ!! そうだ お義父さんと節子母さんの初恋の話も一寸聞いてしまったが、まるで小説の様だったわ」
と、独り言のように呟いた。
節子は、寝室に入り健太郎のベットに入るや、彼女のいつもの仕草で健太郎の足先に足首を重ねたところ、彼は顔を向けたので、節子は
「あら~ 眠っていたのではないの」「カーテンも引かずに、どうしたの?」
と話しかけたら、彼は眠そうな声だが、はっきりと
「いや~ 山の端にかかる月が綺麗で見とれているうちにウトウトしていたが・・」
「君もこんなに遅くまでなにしていたの? 折角の休日だとゆうのに織田君をもてなしてくれ、今日は大変だったね。 理恵子も喜んでいたようだし、君には感謝するよ」
と返事をした。 節子は、健太郎の左腕をたぐりよせて腕を絡ませ
「なに言っているのよ 当たり前のことをしているだけだわ」
「それより貴方 今晩の理恵ちゃんの様子みてどう思いました?」
と、怪訝な言い回しで聞いたので、健太郎は
「あの年頃の子供は 特に女の子は情緒の変化が激しく、生徒ならそれとなく変化にきずくが、自分の子供となると欲目もあり難しい面があり、それだけに、君はよく面倒を見てくれているので、本当に感謝しているよ」
「きっと 秋子さんも遠い世界から、わたし同様に念願が叶い君に預けて安心していると思うよ」
と、頭の整理がつかぬまま答えたが、彼女はフフッと笑いながら
「なに 寝ぼけたこととを言っているのよ!!」
「わたしのみたところ 理恵ちゃんは今日チョッピリ大人の世界に入りこんだようだわ」
「でも あの子のことですので、心配はしなくてもよいわ」
と言うと、健太郎はその意味をよく飲み込めないように「う~ん」と生半価の返事を返したので、節子は
「貴方は 若いときから女心を掴むことが疎いので・・」
と、腕に力をこめて握り
「でも いま こうして三人で過ごせるだけで わたし充分心が満たされているわ」
「もしよ!! もし、 私たちが遠回りせずに、こうしていられたら、今頃、私たちの間に丁度理恵ちゃんと同じくらいの子供がいると思うと、理恵ちゃんが本当に自分の子供の様に思えてくるので、可愛いわ」
「貴方との出会い、そして結婚、理恵ちゃんとの生活、これらは全て秋子さんの存在なくしては、絶対にありえないことと思えるので、私も先輩の彼女に感謝の気持ちで一杯だわ」
「月よりの使者とは このようなことを言うのかしら・・」
と、自分にも言い聞かせるように小声で囁いた。
その夜、節子は話終えると久し振りに彼の求めに応じて身を任せ、心身共に満たされて、三人が健康で平凡ではあるが和やかに過ごしていることに、この世の幸せをしみじみと思った。