日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

蒼い影(28)

2024年06月19日 03時15分28秒 | Weblog

 越後の北外れに位置する山里にも、例年になく11月14日に初雪が降った。 健太郎にとって、このようなことは、この地に長年生きていて珍しいことだ。 今では人も振り向かない熟した柿の実と雪の白さが好対象で清楚な風景をかもしだしてくれる。

 そんなある日の午後。 理恵子のクラス委員会が久しぶりに開催された。 1年3学級から選ばれた生徒で演じる劇の内容が論議され、劇中で主役がキスをする場面があり、他の演技論では静かに進行していたが、この話になった途端俄然騒々しくなり、普段でも強気で会議をリードする奈津子が
 「皆さん 真面目に考えてください」「小説や映画の世界では、わたしたちと同年齢の人達が極自然にしているでしょう」
 「あくまでも、劇中のこととはいえ、見る人に感動を与える様にするには、どの様に演技するか考えてください」
と、発言するや、女子生徒より少ない男子の中から
 「そんな場面はカットしろ。 大体風紀上よくない」「僕は嫌だよ!」
と、野球部でいかにも体育系の大柄で女子生徒に人気のあるAが意見を述べると
他の男子生徒も
 「俺もそんなの恥ずかしくて出来ないわ。 誰が主役か知らないが、指名されたヤツは可哀想だよ」
とAの意見に対して口々に賛同の意見を発言すると、いつもは吹奏楽部で3~4人で女子に囲まれ息を殺しているBが
 「大体、この生徒の中で本当にキスした者がいるのかい」
と、追いうち的に反対論を言うや、奈津子やほかの女子生徒が口々に
 「誠に最もらしい意見ですが、実際は違うでしょう」
 「きっと、大部分の男子生徒の皆さんは、程度の差こそあれ、経験がお有りでは無いでしょうか」
と、反対論に対し薄笑いをこめて反論すると、奈津子が冷静な語り口で
 「それは、劇中のことですので、唇が触れる程度で良いと思いますが」
 「この部分を除くと劇がなりたちませんので、賛成してください」
と、男子を設得すると、奈津子の真剣さに圧倒されてゴヤゴヤと言い合っていたが、Aが渋渋立ち上がり強い語気で男女を圧倒する様に
 「それなら、このクラスで最も背が高く、どちらかと言うと美人の部類に属すると思う、我々の眼で見て見栄えのする理恵子と、バスケット部のCを推薦したいと思いますが・・」
と、言うや、突差に理恵子が大きい声で
 「例え劇とはいえ、わたしは拒否します」
と反論して
 「わたしは、友愛、いや間違えました。 友人と恋人の区別が判りませんが、職業とする俳優さんとは異なり、自分の操は将来巡りあえるかも知れない大切な人のために守るのが女の最低限の義務だと思うし、また、自分の幸せに連なるものと考えるからです」
と、その理由を述べるや、またしても、教室中が騒然となり、中には
 「理屈は理解出来るが、織田君とは大丈夫なのか?」「色々噂は聞いているけど」
 「歌の台詞じゃないけれど、♪ 夢を信じちゃいけない。と、いった私が夢を見た。 なんてならない様に、同級生として心配しているよ」
と、ひょうきん者の男子が皮肉ぽく言うと、奈津子が
 「事実であろうがなかろうが、人を中傷することは謹んで下さい」
 「この問題は、後日、先生と相談のうえ、また、打ち合わせすることに致しましょう」
と、討論を打ち切りクラス会を閉じた。

 下校途中に奈津子が追いかけて来て
 「理恵ちゃん ごめんなさいね」
 「わたしの議事進行がまずく、不愉快な思いをさせて本当にすいませんでした」
と詫びるので、理恵子はクラスの中でも信頼している奈津子だけに、会議中の発言にショックを受けたが、そのときの心の中のモヤモヤを晴らすかのように
 「奈津子さん、わたしの方こそ貴女に御迷惑をかけて申し訳けないと思っております」
 「正直にお話しいたしますと、先週、家族と織田君の四人で山奥の温泉へ旅行に行きましたが、そのとき、散歩途中の釣り橋の上で橋が揺れるのが怖く、無意識のうちに織田君の胸にすがりつき、どちらからともなく、唇を寄せ合いましたわ」
 「織田君は黙ってわたしを抱きしめていましたが、わたしわ、膝から崩れ落ちそうに感動とゆうのかしら言葉で表現できない興奮を、まるで体中に電気が走った様に感じたわ」
 「今日の発言を聞いて、そのときのことが重なり、意識的に自己否定をする様なことを言って仕舞い、私こそ貴女にご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」
と告白すると、奈津子は
 「わたしにも、理恵ちゃんと似たようなことがあったわ」
 「お互いに、その様なことは自分の胸に秘めておきましょうね。 そうすることが、相手の人に対する礼儀だし、また、私達の美しき暦となると思いますわ」
と、心が静まることを話してくれ、理恵子も奈津子の思いやりがとても嬉しく思えた。

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