クラス委員会のあった数日後。 理恵子が自宅で予習をしているところに、珍しく奈津子と同級生で同じ吹奏楽の部員である江梨子の二人が突然訪ねてきた。
江梨子は、小柄で黒縁の眼鏡をかけているが、成績も上位で何しろ小才がきき、その愛くるしい喋りでクラスの人気者である。
彼女は、奈津子の男勝りの積極的な性格とは似合わないが、何故か仲が良く、何時も一緒に行動していることが多い。
めったに訪ねてきたことがない二人の来訪で、理恵子は、また、劇の話かと思い、一寸、うんざりした気持ちになったが、それでも親しい奈津子なので平静を装って
「あらっ! 珍しいわね。 父母が留守ですが、どうぞ上がってください」
「たいした、おやつも無いけれど・・」
と、内心落ち着かない気持ちで居間に案内した。
二人は、理恵子の出した紅茶とケーキを口に運びながらも、落ち着いた雰囲気の広い居室や高い天井等を見ながら
「理恵ちゃん 恵まれた生活をしているのね。羨ましいわ」
と、奈津子が一通り挨拶らしきことを話したあと、江梨子が遠慮がちに紅茶のスプーンをいじりながら理恵子の顔から目をそらす様にして、重い口調で
「理恵ちゃん わたし達、理恵ちゃんに言うべきかどうか迷ったのですが、奈津ちゃんが理恵ちゃんと親友である以上、わたし達の聞いたことを貴女に正直に話したほうがいいわよ。と、言うことで、お邪魔したのですが・・」
と、話を切り出し、続けて奈津子が今度は理恵子の目を見つめながら
「実は、先日のクラス会のあと、理恵ちゃんが教室を出たあと男子生徒達が盛んに、理恵ちゃんと織田君のことを、想像逞しく噂さ話しをしていて、一部の女子も混じりワヮワァ~と興味半分に騒いでいたので、江梨子と二人で
「理恵ちゃんと織田君は、わたし達の知る限り皆さんが想像するほどの仲ではないわ。噂話は二人には迷惑この上ないのでやめていただきたいわ」
と、説明しておいたが、彼等は織田君のイケメンぶりと理恵子では攣り合いがとれず、理恵子が遊び相手にされているだけで、いつかは泣かされることになるよ、君等が親友なら理恵子に注意しておいたほうがいいぞ。と、まるで、わたし達の説明を無視するので、奈津子が思いあまってヒステリック気味に
「あなた達 なんの根拠があってそんなことをおしゃるのですか?」
と、問いつめると、彼等は
「そんなに聞きたいなら、言いたくないが・・」
と言いながら、いつもボスと皆から一目おかれているD君が男子生徒を代表して、もったいぶって
「奈津子も江梨子も、本当はきずいているのに、理恵子の前で知らぬ振りをしているのではないのか」
と前置きして、おもむろに、いかにも確信ありげに
「織田はなっ!葉子と来年東京の大学に進学するので、もし、二人とも合格したら、お互いに近くに住んで、生活相談や勉強の情報交換をすることを約束しているとのことだぞ」
「そうなれば、葉子は秀才であるから、自然と織田は葉子を頼りに近つき、きっと恋愛に発展すると考えるのが火を見るより明らかだ」
「我々は織田にやきもちを感じている訳ではないが、そうなったら理恵子が惨めだろう」
「我々は、同級生としての思いやりから、それを心配しているのだ」
「君達も、親友と言うのなら人ごとと思わず、理恵子が深い傷を受けないうちに助けてやれよ!」
と、自信たっぷりに話すので、奈津子は相手が先輩で確かに成績も良い葉子さんだけに、言われてみれば、或いはそんなこともありうるかもしれないと、なんだか反論する気持ちにもなれず、江梨子に相談したら
「彼等の言うことにも一理あり、ここは勇気を出して理恵子に話しておいたほうが良いと思うわ。理恵子が悲しむかもしれないが、わたしには、理恵子が納得してくれれば、織田君が本当に葉子さんを好きで頼りにしているかどうか確かめる奇策があるわ」
と言うことで、前触れもなく来宅した目的を説明した。
理恵子は、二人の話を聞いていて、呆然として零れ落ちそうな涙を精一杯こらえながらも、内心では、そう言えばこれまでにも、時々、織田君と葉子さんの間柄について悪い噂話しは聞いていたけれども、織田君の優しい態度にすっかり安心しきっていただけに、話を聞いたとたん心臓がドキドキ波打つ様に激しく動揺して、自分でも、いま、どうすればよいのか頭の中が真白くなり返事することもできなかったが、奈津子が
「理恵子。人の噂さ話しで落ち込むことなんかないわ」
「兎に角、江梨子さんと相談して真実を確かめるから、あなたは我慢して暫く普段通りにしていてね」
「早急に確認方法を考えて、あなたに連絡するわ。わたし達を信頼して任せてくださいね」
と、言い残して帰って行った。
理恵子は、その日の夕方は食事をする元気もなく、夕食時、両親から
「理恵子 今晩はどうしたのだ」
と、声をかけられたが返事も出来ず、自室に閉じこもると、あとを追うように母親の節子が部屋に入って来て
「学校でなにか嫌なことでもあったの?」
「お母さんは、おおよその見当がつくが、いちいち何かあったからと言って、メソメソしていては、大人になれないわ」
と、傍らに寄り添って髪をなでてくれた。 理恵子は何も答えずに、節子の胸に顔をうずめて泣きじゃくってしまった。
泣きながらも胸の中では「織田くん~」と名を呼べば、今にも、彼が飛んで来てくれる様な気持ちにもなり、うちひしがれた自分が一層悲しくなった。