言葉喫茶【Only Once】

旅の途中で休憩中。

大きな木の下で

2020-07-12 23:47:45 | 言葉


とある北国の公園にある
ベンチにぐるぅりと囲まれた大木が
いつも辺りを見渡している

春には 枝先のいのちが膨らみ薫りはじけて
夏には 陽光を受けた葉がシャラシャラ笑い合う
秋になると いのちの欠片がハラリハラハラと降りつもり
冬が深まる頃 その幹や枝は血管のように空に張り巡らされる

晴れの日も曇りの日も
雨の日も雪の日も
大木は人々のこころを撫ぜるように
やわらかな風をはしらせて
抱えきれない孤独をさらい
こらえきれない涙を拭ってくれる
上を向けと言わんばかりに
葉擦れ枝擦れの音を鳴らす

大木は
そのからだとこころで
何を感じてきたのだろうか

わたしたちには
到底想像もつかないほど
長い ながい 年月の中で


一幅の絵画を思わせる
血管のすき間から見える空が
瞳の奥深くに焼きついた

目をとじれば聴こえてくる
二百年越しの声










祖母の手を

2020-07-12 21:57:50 | 言葉


 あの朝
 この声は
 あなたに聴こえていただろうか
 願いは
 祈りは
 あなたに届いていただろうか


 *


「ばあちゃん具合悪いから、今救急車呼ぶから」
そう言って
母がわたしを起こしに来た
休日の早朝
祖母の寝室へ向かうと
寝起きとは言え
あまりにも弱々しく
横たわる祖母の姿があった
「下の脈がとれない」
という母の言葉が響いて
足元が グニャリ と揺れる
白い顔をした祖母の右手を
そっと握りしめた時
その冷たさに
思わず 声が震えた


 『あんべわりい、
  胸ッコ、
  息、苦シして、
  まるんで背中苦しのや、
  わぁ、どしたべな…』※1
 
 「だいじょぶだが、
  まだ胸ッコ痛ぇが?
  オラこごさいる、
  だいじょぶだからな、
  大丈夫、大丈夫だからな」※2

大丈夫
と 何度も口にした
自分にも 言い聞かせるように
いのちに関わるほどの――
そう気付くまで
時間はさほどかからなかった
いつもとは違う
ただ事では無い
何もできない
でも今は
この手を温めなければ


それほどまでに
祖母の右手は
とても つめたかった

とても とても つめたかった


 **


遠くからこちらへと
近付いてくるサイレンの音
カーテンのすき間から見えた
空は 既に明るくて
救急隊員たちが
家の中に朝の空気を連れてきたはずだが
あの時
いったい誰が
それに気付いただろう
気付けただろう

救急車に乗るあなたと
付き添うを見送ろうと
外へ出ようとした時
はじめて
からだが震えている事に
気付いた

よろしくおねがいします と
ようやく頭を下げて


朝の風は涼しすぎて
寒がりな祖母のからだが手が
更に冷えてしまわないかと
突然祖母を襲った病の存在よりも
その事ばかりが気にかかった


 ***


見舞いにも行けない
顔も見れない
祖母がどうしているかは
看護士の話を
両親から又聞きするしかできない

病室は寒くないだろうか
まっしろな空間に独りきりで
さみしくないだろうか
不安がっていないだろうか
あの右手は温まっただろうか
お腹も減っているだろう
あの朝
ご飯も食べれぬまま
連れて行かれてしまったから
はやく食べさせてやりたい

何でも良い
何でも良いから
けずれたいのちを
少しでも癒やすために


 ****


 この願いは
 この祈りは
 あなたに届くだろうか
 あの朝から
 今も唱え続けている
 「大丈夫だよ」という言葉を

 またあなたの手を握りしめて
 何度でも伝えたい

 大丈夫だよ と




 ※1「具合が悪い、胸が、息が苦しい、
   背中もとても痛い、わたしはどうなったのか…

 ※2「大丈夫?まだ胸痛むか?
   ここにいるからね、大丈夫だから、
   大丈夫、大丈夫だからね。」





わたしだけの

2020-07-12 17:23:15 | 言葉



ずっと前から
さがしている
わたしだけの靴を

何色なのか
どんな形かさえも
わからない その一足を

澄んだ海のようなレインブーツ
時のグラデーションを宿した革靴
都会が描かれたスリッポン
夜に歌声を響かせるパンプス

履きこなせそうにない
あなた達が履く色とりどりの靴を
こっそり見つめては羨む

けれども
欲しいものは
ただひとつ