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八障連ブログ

八障連(八王子障害者団体連絡協議会)運営委員会より、情報提供を行っています。(「八障連について」カテゴリーを参照)

八障連通信374号をアップします。

2021年09月14日 | 八障連通信
八障連通信374号です。


音声版はこちら

ここからは通信本文です。

【事務局通信76】
暑い夏❕❕山・川・海、色々と楽しみな計画も立てたかったけど、今年も引き続
き自粛というか、より厳重な対応を強いられる状況になっており、皆様にお
かれましても大変な状況なのではないかと思われます...。私は個人的に「なんとか夏の後半にコロナ騒動は落ち着くかも」と甘い考えで早めに予約した宿泊先もキャンセル、何とかなるかもと予約したキャンプ場も都合により取り消し...職場内もいつもであれば利用されている方が秋の旅行について話し合う時期ではあるのですが、これも2年連続中止...楽しみが本当に減ってしまっているように思われます。所内での納涼祭も、何かあってからでは取り返しがつかないこともあり、今年も中止。近隣のお店でも感染者が出たということでしばらく営業を自主的に中止されているところも出てきております。
一段と「感染」という影が身近になってきているように思われて仕方ありません。昨年から皆さん個々に努力をされ、対策を取り組み、今の状況を乗り切るためにあらゆる手段を活用し、努力されていると思われます。できれば、施設間の交流は今の状況下ではできませんが、お互いの取り組み状況など情報を交換なら、できるのではないでしょうか。よろしければ、八障連の事務局まで、皆さんの対策秘話など教えていただけると助かります。公開して良いことであれば、皆さんにお伝えし、役立てていきたいと思います。
また、近々市との懇談会を行うこととなります。今年コロナの状況下での制度変更、補助金の見直しなど色々とありましたが、皆さんの事業所の状況はいかがでしょうか。変更され半年近くたちますが問題点や課題点が出てきていると思います。ぜひ皆さんのご意見を聴きたいと思いますのでご意見ご要望をお寄せください。お寄せいただいたご意見を取りまとめ、話し合いの場に持っていけるようにしたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
話は変わりますが、今年の夏は賛否両論あったとは思いますが、世界のスポーツ選手が活躍をし、盛り上げてくれたことが多々あります。オリンピック・パラリンピックでもいろいろなスポーツの報道がありました。なかなか報道では取り上げられない競技もありますが、そんな中でも各種目、選手が日々鍛錬を重ねてきた力を発揮し、挑戦することの凄さを、あきらめない大切さを教えてもらったような感じです。私たちもこの先どのようになっていくのか見えてきませんが、皆様の活動は止める事はできないと思います。色々な制限はかかってしまうとおもいますが、「どうすればできるのか」このことを考え取り組みたいと思いますので、皆様からのご意見を聞かせていただければ助かります。(文責:事務局/立川)


【編集後記】
通信 374 号をお届けいたします。デルタ株の急拡大により、緊急事態宣言も 9 月末まで延長されましたが、皆様方いかがお過ごしでしょうか。報道によると、デルタ株が収束しても新たな変異株(ミュー株)がすでに登場しつつあり、第 6 波・7 波のコロナの拡大を予測する専門家の方もおり、予断を許さない状況が続きますので、十分警戒ください。コロナ過に突入して 1 年半余り。不自由な生活を強いられている昨今ではありますが、今しばらくこのような状況が続く可能性もあります。「コロナ過の生活でこんな問題に直面したが、こう対応している」などのお話などありましたらぜひ通信誌上でシェアしていただければと思います。 投稿大歓迎!待ってますよヨヨヨ~ (編集部)


【連載コラム Vol.59 『続・生産性とは』 八障連代表 杉浦 貢】
世間一般の人々が、心身に障害のある人について語ろうとする場合に...。
障害のある人の中でも...スポーツであったり、芸術、文化であったり...各
方面で輝かしい業績を残し、華やかな舞台で活躍する人ばかりに注目が集まります。
また...就職、就労の場面でも...障害のない人になるべく近い...あるいは、障害のない人と同じ業務を果たし、同じだけ長い時間を働ける人が、より高い評価を得る傾向にあると感じます。
しかし、実際には、普通の人と同じように過ごせない、働けない...特別に目立って評価してもらえるだけのスキルを持たない、平凡な障害者も数多いのです。
毎日を無事に生きる。朝きちんと目が覚めて、日中つつがなく過ごし、夜にはきちんと寝られる。このことが既に大変だ...という人たちも大勢いるわけですね。
『重度の障害者は働きもせず家にいて、なにもしない。世の中に関心を持た
ない』 私がまだ若い頃...一般企業に就職し、障害のない人に混じってバリバリ働くアクティブな障害者が、自分より重度な障害の人を...さも無能で無気力な人であるかのように、蔑み見下すように語っていたのを聞いたことがあります。
しかし、障害の無い身体に生まれるかどうか、どんな障害で産まれてくるか...というのは、その人本人には選ぶことができないことですし、当然のことながら、それは本人の責任ではありません。
また...出生時に障害のない状態で産まれてこられたにしても...事故や病気などで、誰が、いつ後天的な障害者になるかも分かりません。もちろん、後天的な病気、事故によって障害者となる場合ついても、やはり本人の責任は一切ないと私は考えます。ましてや、息をするだけ、心臓や肺をまともに動かすだけ、喋るだけでも大変という、命の危険と隣り合わせであるような重い障害のある人たちには、誰かに認めて貰えるような...社会から喝采されるような大きな成果を残すことは...それが絶対に不可能というわけではないにしろ、本当に大変なことだと思います。
最近、私は...一人の人が毎日を普通に生きるだけ、一日を無難に暮らすだけでも、それは奇跡に等しいことだと感じるようになりました。
健康で健常、不自由のない身体に生まれた人たちの中には...『普通に生きてるだけなんて、すでに当たり前』『ただ、ダラダラと生きているだけでは、人生に大した意味が無い。生きた証を残さなければ』なんてことを考えてしまう人もいるようです。
私が思うに、生まれたばかりの赤ちゃんは、誰かに見守られていなければすぐに死んでしまいます。ハイハイやよちよち歩きができるようになっても、大人が気をつけなければすぐに死んでしまいます。ある程度大きくなっても、自分の親が子育てに関心のない人だったりすれば、そもそも...産むんじゃなかった...なんてことまでも言われたりする場合だってありますし...。
職場や学校での人間関係、家庭での家族関係で疲弊すれば、人間が生きていく気力なんてあっという間にどん底まで低下してしまいます。どこの、どんな家庭や家族にも、いつ、どのような形で災難危難が降りかかるのかは、とても予想がつきません。一寸先は闇とも、床板一枚めくれば足下は地獄、とも言われるこの世の中ですから。人間一人が、どうにかまともに育って一人前の大人になるだけでも、ものすごく大変。
そして大人になってからも、世間の荒波を泳ぎ渡るのはすごく大変なわけです。 だからこそ私は...大変そうな人を見ると『特別なことができなくてもいい』、『偉くなろうとしなくてもいい』、『ただ一日一日を生きているだけでも、とても立派なことであるし、生きているだけでその人はもう、充分偉いんだ』と言ってあげたくなるのです。
世知辛いこの世の中...産まれたくても産まれて来れなかった命。ほんの短い
時間しか生きられなかった命。生きる重みに耐えかねて、自ら幕を閉じる命もまた数多いことを考えれば...『ただ生きる』ということがいかに難しく、『生きられる』ということがいかに偶然と奇跡によって成り立つか、という事実に思いも及ぼうかというものです。
偉大な結果が残せるか残せないか...社会から評価されるか、されないかに関わらず...。私も...自分が生きられる限りの時間を、精一杯生きてみようと考え
ています。


【田中秩加香さんから運営委員新任のメッセージ】
このほど新たに八障連の運営委員に加わってくださることになりました八視協(八王子視覚障害者福祉協会)の田中秩加香さんから、メッセージを寄せていただきました。

この度運営委員に推薦いただき、加えていただきました、肢体不自由と視覚障害の重複障害を持ちます田中秩加香(たなかちかこ)と申します。
私は八王子に住み始めて 11 年になります。夫も視覚障害を持っています。
お互いに生まれた地域は違うのですが、夫がブラインドサッカー選手でして、練習拠点が八王子にあるので、当時はそこで試合が行われることも多かったのです。盲学校もあり、視覚障害者に住みやすい地域だろうと夫と話し、八王子の地で新生活を始めることとになりました。誰一人知らない地域に引っ越してきて、自分が何をどのくらいできるものか、力試しのつもりで、数年はヘルパーさんも頼まず、夫の力を借りながら、何とか生活していました。
しかし、数年の間に何人か知り合いも出来、何も知らない八王子のことを、何となく知りたいなと興味が出てきました。生活レベルを上げるべく、視覚障害者対象のガイドヘルパー事業所に、知り合いの紹介で登録し、ガイドヘルパーさんに支援いただく生活を始めました。ガイドヘルパーさんの支援を受ける生活が始まると、家の周りに何があるか、隣駅はどんな雰囲気なのだろうか、定期的にカルチャースクールに通う週間を作ろうなどと興味は膨らみました。
また、視覚障害のある知り合いを紹介されると、視覚障害者の生活にも興味が膨らみ、声をかけられたことをきっかけに、NPO 法人八王子視覚障害者福祉協会に所属することにしました。 そして、勉強すること数年、共生や障
害者の地域生活というものに目が向き、重複障害を持つ自分にも何かできないか、私ならではの意見を上げていくことができるのではないか...という思いも生まれ、この度八王子障害者団体連絡協議会の運営委員に加えていただきました。何もできていない私ですが、委員の方々に様々教えていただきながら、八障連の皆さんとともに、自分ならではの思いや声を上げていき、八王子での地域生活の向上や整備、共生を目指していかれたらよいなと思っております。どうぞ、よろしくお願いします。



【田中彩さんから運営委員新任のメッセージ】
2021 年の 7 月から八王子障害者団体連絡協議会に参加してます、ほっとスペース八王子(以下ほっと)の田中彩です。私がほっとに関わったきっかけは自分の患者体験からです。音楽大学で声楽を勉強していた時に、歌うことができなくなり失声症となりました。現在は治癒しましたが、常に私の多くの年月は「不安定な心」と向かい合わせで過ごしてきたと言えます。入院治療(悪い状態から回復する)を前提とした今の精神医療は、自分の経験から「とてもじゃないがやりきれない」と知っています。
「弱者である事の否定」を自明とする社会の在り方を不問にして、精神病を個人のパーソナリティー病理や脳の脆弱性に帰することはできません。精神病の原因さえ明らかでないにもかかわらず、人間精神を脳の器質的異常とするバイオロジカルな視点でなぜ論理的に説明できるのでしょうか。
ほっとは現在は総合支援法の枠組みで B 型作業所として機能していますが、セルフヘルプグループ(患者会)から始まりました。お互いの苦しみや悩みを話し合う温かい(ほっと)な場所(スペース)、それにとどまらず「精神医療を良くするための活動」もしています。自治体への要望書の提出、選挙の際の公開質問状の作成など「精神医療の治療を受けた経験を持つ当時者」として積極的に発言しています。
脱施設化と精神医療の発展の一方で、市場原理による競争が拡大し病者は搾取される側として周縁化無価値化される現状があります。これは支援者・非支援関係両者の分断構造が起因しています。社会福祉は可能な限り個々の主体の尊重に価値を置くもので、利潤を目的とした金銭的な関係で明確に見いだせる目標と指標で定量化することは不可能です。
「階級闘争は上から仕掛けられている。新自由主義とは資本家階級からの  『上から下へ』の階級闘争。持たざる者から持つ者への逆の再分配」(デヴィッド・ハーヴェイ)武器としての『資本論』」(白井 聡)より
アルコールを例にあげればアルコールは供給が需要を生む商品であり、依存症は人間性の本質と社会の在り方が結びついた社会病理現象です。病者は経済活動の外部に位置づけられ、差異が付加価値となり、苦しみは商品化されます。支援者はシステムの一部であるがゆえ体制維持を担っています。その為自分たちが不公正を引き起こしている原因だと必然的に自覚せざる得ず、反面では生活のため現在の秩序の維持を欲し維持を願います。多くの個人は社会的分断の中で生活不安をかかえ、労働市場に全てを従属せざる得ません。
ここに示すのは専門職への問いであり、個人を批判するものではないと誤解のないように付け加えておきます。
私は支援者という立場ですが、支援者被支援者関係の分断構造を前提とした上で「違いにこだわらない」ことを大切にしたいです。
「専門職、家族成員、その他の人々の一連の組織だった行動がこの(分裂病という)属性付与を制度化する。これらの制度化は誘導的に引き起こされたものであり、そしてそのことが多くのケースにおいて分裂病という最初の診断を確認させることになる」(Laing,Ronal David1969)
どの組織でも現代資本主義、わが国の家父長的文化に組み込まれピラミッド型の組織になり、対等性や仲間性を失いつつあると言う現状があります。しかし自分たちの理念を大切にした文化(精神)を形成する必要があります。
競争原理のもとで、相対し排斥し合う違いが個人の自尊心を満たす仕組みが前提の社会であれば、「連帯」という土台の上で互いに補い合う多様性の余地は狭めらるのに違いはありません。コロナ禍の今だからこそ「自分もいつか相手と同じ立場になる」と想像し、友情の良さを理解する時ではないでしょうか。そのためにはほっとのような小さな連帯のプラットフォームが必要です。(田中彩)


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