写真も撮っていないし、残っているのは記憶だけだが、奈良の市内には寄らずに斑鳩の里や明日香の里の古代史の舞台を巡ったのは確かである。
新幹線はすでに開業していたが、どうやって奈良までたどり着いたかはまったく記憶にない。
記憶が始まるのは奈良県のずっと南、桜井駅に降り立ってからである。
多分駅周辺の食堂に寄ったんだと思う。夕飯を食べに入ったのではなく、昼飯のはずである。
当時住んでいた横浜を立って昼過ぎに桜井にいるということは新幹線を使ったに違いない。
今なら最速で3時間半もあれば到達できるから、当時も午前7時か8時ころ家を出れば午後1時ころには楽々着いているはずである。
その食堂で「かやくご飯」というものを注文した。これは記憶がある。
初めて聞く料理で、「かやく」という未知なる部分に魅かれたんだと思う。出てきたのは混ぜご飯で、美味しいとも思えない代物だった。
店の人にどんなものかも聞かず、壁に張られた紙に書かれていたものが珍しく、注文したのである。
あれは単品でそれだけで食べるものだったんだろうか…今でも謎だ。
そこから多分バスに乗ったのか。多武峰にある朱塗りの談山神社に行ったのである。
何でそこに行ったのか、理由は何か、まったく記憶にない。
その日はその地に泊まった。これを書いていて思い出したのだが、母親にシーツを用意させた記憶があるので、当時流行っていたユースホステルに泊まったはずである。
しかし、どんな場所だったか、覚えていない。
記憶が蘇るのは両側が笹のような植物で覆われた、人一人の幅しかない山道で野犬に遭遇して立ち往生した場面である。1頭だけだったが、吠える前に向こうが元来た道を引き返して行ったので事なきを得たんである。
しばらく下ってくると、ようやく人家の点在する所に出た。明日香村である。
その時初めて「石舞台」というものを見ることになる。
改めて地図を見ているのだが、談山神社から下ってくると、真っ先にここに出るようである。
岡寺や飛鳥寺、酒船石というのも通り道になるので寄っていった。
二つの寺からは、ひなびた、というよりは寂れた印象を受けた。今はどうなっているのだろう。
道すがら、周りには畝傍山とか天香久山、耳成山が平らな景色の中にぽっこりと突き出ている。
どこも人に出会った記憶がない。酒船石は木々に覆われたとても寂しい場所にあったような気がする。
たった一人で見物するのには居心地が悪かった覚えがある。
多分曇っていて春の陽気に恵まれなかったことも左右していると思うが、明日香の里では妙に暗い、陰々滅滅とした空気を感じたのである。
この日は橿原神宮に泊まる。ユースホステル客も受け入れていたんだと思う。寝る場所がだだっ広い大広間で、客は3、4人いたように思うが交流した記憶はない。余りの広さに、片隅で小さくなって寝たんだと思う。
この後、翌日どこをどう歩いたのか、まったく覚えていない。
次の記憶は大和郡山の駅前の案内所で紹介された街中の旅館に落ち着いて「おぼっちゃま」と呼ばれ、部屋でご飯を食べている光景である。
女中さんが脇について給仕してくれるのだが、落ち着かなくて「一人でできます」と言ったんだと思う。女中さんは出て行ってくれた。
高いところに明かり取りの小さな窓があるだけの部屋だったように思う。
旅には通学で使っていた革靴で行ったのである。その靴がどこをどうやって歩いてきたのかと思われるほど、泥だらけになっていた。それが翌朝、きれいになっていて恐縮した。通学の靴で行ったということは、多分学生服を着て旅していたんだろう。高校の制服は襟と袖口に蛇腹が縫い付けられ、金ボタンではなくて真っ黒のボタンである。
見ようによっては、如何にもやんごとないように見えたはずである。「おぼっちゃま」と呼ばれても何の不思議はないんである。
紅顔の美少年だったし。
あくる日は、法隆寺と法起寺に行った。…はずである。記憶に残っているのは、多分、法起寺から法隆寺へ向かう未舗装の道だろう、目と鼻の先に飛びぬけて見えている五重塔を目指してとぼとぼ歩いて行く光景である。この日は少し天気は回復して、春らしいポカポカした陽気だったと思う。のんびり歩いた覚えがかすかにある。
唐招提寺から薬師寺に向かう時、近鉄線を渡って遠回りして行く道も、遠景を眺めながらの心躍る道である。
残念ながら法起寺と法隆寺境内の記憶は全くない。
橿原神宮に一泊した後の空白の1日は、もしかしたら唐招提寺や薬師寺を巡ったのかもしれない。
特に唐招提寺は中学の時の修学旅行で感激した寺である。寄らないはずはない…
忘却とは忘れ去ることなり、だ。
これが本格的な一人旅の最初だが、これまで忙しく働いてくるうちに何度か甦って来ていて、懐かしさが募っている。
そのあと何度か奈良は訪れていても、ここまでは足を延ばしていない。
あれからほぼ半世紀。いずれ再び訪ね歩きたいものである。
庭のカツラの梢。間もなく、糸くずのような赤い花をつけるはずである。
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