材木座から134号線に出て逗子、葉山と海沿いを走り、林のロータリーから若干内陸に入って京急の三浦海岸駅に抜ける。
三浦海岸からは左手に金田湾と東京湾越しの鋸山などの房総の山々を眺めながら丘陵地帯の野菜畑を抜けていく。
ここの野菜畑はパッチワークのように模様を描いてうねうねと続く畑の先に、東も、南も、西もはるかに海が見渡せ、しかも西の空の彼方には富士山も顔をのぞかせるという、遮るもののない絶景が続いているのである。
蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」を体験するには格好の場所だと言ってよい。もっとも菜の花が咲いていたかどうかは記憶が定かではない。
海に突き出している陸地を半島と呼ぶのだから、当たり前と言えば当たり前の光景だが、実際に目にすることのできるところはまれなのではないか。
しかも、人の手の入った見事な畑が広がった生産の拠点なのだ。
今でもキャベツや三浦ダイコンが主力だが、最近は食卓に多様な野菜が登場し、好まれるようになって、この辺りでも様々な野菜が栽培されるようになったようである。
9月下旬のこの時期は端境期で、畑のパッチワークの模様の中に緑色は皆無で、豊かそうな地肌をさらした黒みがかった茶色い土、芽吹いたばかりの苗を鳥たちの食害から守る寒冷紗の白色の2色のみの世界が広がっている。
遮るものがないから、広がる畑の中をゆったりとしたカーブで続く道路を、サンルーフも窓も全開にしてゆっくり走り抜けるのは、実に気持ちがいい。
今回はちょっと目論見があって、剣崎灯台を訪ねて見た。
ここには結婚直後の夏に来た覚えがあって、それ以来42年ぶりなのである。どんなところだったのか…
車一台がやっと通れる畑の中の細い道を進んでゆくと、今は閉めてしまった店があり、その奥にやや広い有料駐車場がある。
覗いてみたら、私といくつも違わないようなおっさんが2人、木陰にデッキチェアを並べて寝そべっている。
声をかけたら、はたして管理人だった。駐車場の周囲は生垣のような木立で囲まれていて、外からは見えない。そんな中に男2人が寝そべっているのは、見方によっては異様な光景なのだが、車は1台だけ止まっていて、おそらくは彼らのものだろうと思うのだが、ここいらの定番の軽トラックではなくて、銀色のプリウスだった。
ごみの倉庫のようになった店と言い、ちぐはぐで怪しげである。
ここから灯台までは一旦坂を下り、藪に囲まれた石畳の細い道を上った先の6、7分の道のりである。
ワレモコウやイワシャジンのような水色の花、ツユクサなど秋と夏の花が入り混じって咲いている。
無人で背丈も低い灯台だが、丘の上に立っているので32キロ先まで光は到達するそうだ。
明治4年の設置で、対岸の房総半島の洲埼灯台と対になって東京湾の入り口を示しているそうだ。
灯台の足元では野葡萄の実が色づき始めていた。
ここから車で3、4分のところの江奈湾に面した漁港の一角に建っているのが「エナビレッジ」で、その2階にあるのが地魚料理の「松輪」。
そう、あのブランドサバで名高い「松輪のサバ」が水揚げされる漁港の店である。
この日のドライブの目当てのひとつはこれ。獲れたサバのほとんどは築地に出荷されてしまって、街の魚屋では手に入れることが出来ない。食べたい時はここに来るしかないんである。
あと2人前しか残っていませんと言う「松輪とろさば炙りたて」を首尾よく注文できたのは何よりである。
生サバというか、刺し身は出していないので、より刺し身に近い食べ方と言えば「炙り」しかないのだ。
日本酒でもつけたいところだが、そこはぐっと我慢するしかない。
しかし、そういう我慢も我慢できるくらいの美味しさだったと言っておこう。
時は秋である。脂の乗る秋。秋サバは嫁に食わすなのサバ。しかもブランドサバである。まずかろうはずがないじゃぁないの!
妻は気の毒なことに2、3年前にしめサバにいたアニサキスに胃壁をかじられ、ひどい目にあったせいで好物が口にできないでいるのだ。
メバチマグロとキンメの刺し身盛り合わせ丼を「時価」の値札に怯えながら注文した。
ま、サバがだめならグッドチョイスでしょうな。迷いに迷った末の選択は正しかったと思うよ。
帰りに寄った三崎の岸壁近くの魚屋で珍しい「ダツ」があり、刺し身でも塩焼きでも美味しいというので1尾買ってきた。
体長40センチほどの「スミヤキ」とも呼ばれる、黒みの混じった薄灰色の見てくれの悪い魚だが、昔から抜群に愛想の良いおかみさんが歳をとっても相変わらずの愛想の良さで勧めるのに乗ったのである。
さらに帰り道、「すかなごっそ」という何語かわからない名前の農協の直売所で、葉山牛の焼き肉用の切り落としまで買ってしまった。
妻は「あなたと来るとお金がかかる」とぼやくが、ナニ、年に数回じゃないの。第一、2日分の食料だから勘弁してよ!
こうしてささやかな楽しみを、ありがたくありがたく重ねていくのである。つましいもんじゃないの。
房総半島を望む金田湾の浜。中央奥の山が鋸山
剣崎灯台
灯台への道端に咲いていたイワシャジンに似た花
白亜の灯台の足元に広がる野葡萄
灯台から東京湾を見下ろす
松輪のトロさば炙り 2600円也。東京の料理屋で食べるとなると倍の値段になって、しかも量も少ないと思う
三崎の魚屋の店頭に並ぶ地魚
スーパームーン
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