聖火ランナー辞退は仕事の都合でできなくなった、とは、表向きで、今回のオリンピックに対しての意思行動だと、そういう方に敬意を抱いていた。
その地の和紙を復活させ、町おこしでも頑張っている昔の和紙仲間も、ランナーに。しがらみはあるにせよ、いつものように、メディアに取り上げられるたびにFBなどに載せなくていい。昔のあんたはもっと和紙そのものに向き合っていたじゃないか、と思っていた。
そんななか、一本の動画をみてみて、と、京都祇園の料理屋のおかみさんから。
もうだいぶ前になるが、当時、祇園に京都クラフトセンターというものがあって、きなみさんのご縁で、私や京都の画家たちなども交えて、作品展示などしていた。その昼休み、寄った食事処で、故郷が埼玉、それも田舎でお隣の町、ということが分かった私と女将。
そんなご縁からだが、その女将さん、
みると、聖火ランナーだ。
NHK編集らしいが、その方その方の聖火ランナーに対する思いや事柄が字幕で一緒に流れてくる。
女将さんのお母さんは、どこのオリンピックかはわからなかったが、ハードルで日本4位、オリンピックにわずかに出られなかった人だったというのを、娘である女将は、ある時、母から聞かされたとか。
その映像のなかではわからなかったが、私の知るその女将さんは、元気で闊達な方。ところが、聖火ランナーの女将さんは、走るどころか、立ってる姿だって、ゆがんでいる。
トーチを持ってやっと歩いている姿が映る。にこやかにピースサインを出しているどころじゃないだろ、と思った。
その後、訊けば、9年前に脳梗塞を患い、車いす生活が長かった、と。
お店もコロナ禍前の2年前にやめ、杖をつきながら、散歩などできるようになったなかでの、聖火ランナー志願。
そんな女将の姿をみると、人間的に美しいと思った。
知る限り、いくつかの聖火ランナーの記事も、それぞれのドラマがある。
そういう方や選手の皆さんに対しては、やはりエールを送りたい。
ただ、どうしても、オリンピック貴族や、担当○○、や、○○長や、胡散臭さばかり。
問われれば、私は開催に反対であるが、強行?するしかないのだろうが、
もう昔のオリンピックの幻想は捨てて、この際、違う形での、何かを模索していくべき時が来ているのだろう。
今回の東京オリンピックは、われわれが、冷静に、その在り方の是非まで思考しながら、選手の活躍に一喜一憂することだけでなく、時代とともに変容してきたオリンピックの組織そのまで意識してみていきたいと思うばかり。
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