daiozen (大王膳)

強くあらねばなりませぬ… 護るためにはどうしても!

寅彦を推理する

2014年09月07日 | (転載・記事)  総 合

(引用文)
東京へんでは、七月ごろから、もうそろそろ秋の「実質」が顔を出し始める。 しかし、それがために、かえって、いよいよ秋の「季節」が到来した時の、秋らしい感じは弱められるような気もする。 たまには、前触れなしの秋が来たらおもしろいかもしれない。 (大正十年九月、渋柿)


(大正十年九月号掲載文を読んで)

寅彦が生きた時代は既に新暦が使われていました。

立秋は八月八日前後、すなわち、七月は夏の下旬。

この頃、寅彦は東京で勤務していたと思われます。

尤も、夏場、東大関連の勤務は夏休みでしょうか。

暑い夏場の外出は遊びか必要に迫られてでしょう。


秋の実質を人は何を以って感じるものでしょうか。

衣料は、いくらオシャレな東京人にも暑過ぎます。

そうすると矢張り、季節の果物・野菜でしょうか。

寅彦は野菜や果物の買出しに行った人でしょうか。

買出しに行っておれば、寅彦も常識があったのに。


寅彦は初物が出始める以前に食べられる暮しです。

季節外れの高価な食べ物を普段から口にしていた。

即ち、寅彦には庶民感覚が無いと言えるでしょう。

季節の物が出回りだした頃、新鮮味は感じません。

秋なのに秋らしくないと、駄々を捏ねる寺田寅彦。


そんな横着な暮しの果てに傲慢な言葉が口を出る。

「たまには、庶民の生活を経験してみたい」…と。

尤も、庶民感覚を理解できない憐れな寅彦ゆえに、

なんにも分からず、タワゴトを言ったのだろうな。

だが強ち、馬鹿でないから、これも教育の責任か。


そして、

寅彦を無闇に崇める平成の連中は如何にも阿呆か。

まっ! 反論する文化人がいれば 日本は救われる。
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