ひじり庵

バイクと神社仏閣、遍路は同行二人と一台♪

四国遍路~徳島~

2004年10月23日 | 神社仏閣
1994年8月から四国八十八ヶ所参りをバイクでしました。
(その記録ノートが残っていたので、見ながら書いてこうと思います)
バイクに乗るきっかけは「フェリー乗り場で見かけたオフロード女子」そして「バイクでお寺参りをしたいから」だったのです。
小型二輪免許を取得してから中型に限定解除し、セロー225Wに乗りました。

徳島県には1番から23番までの札所のお寺があります。
発心の道場といって、ここがスタート地点なのです、
「発心」とは仏道を歩むと決意する心を言います。

1番札所、霊山寺にて納経帳(各札所のご朱印をいただく帳面)
白衣(背中に「南無大師遍照金剛」のご法号が書いてあります)
を揃えました、数珠や経典は持参です。
まずは、本堂と弘法大師をおまつりする大師堂にて、
勤行(お経をあげること)をします、私は当時出家得度をするのが
夢で、お経などは覚えていました。
「これから、夢だった遍路をバイクで走ります、どうか安全に結願
できるようお守りください」と、
「出家得度するためのご縁をお授けください」と願いこめて、、、。
(納経所に行くより先に、本堂、大師堂で勤行をするのです、
勤行が済んでから、ご朱印をいただくのです)

私は区切り打ち(何番~何番までおまいりする形)でしたので、
まず1番から10番までお参りしました。
94年10月には11番から17番まで。同年11月に18番から23番までと、
日帰り強行軍をしていたようです。

12番焼山寺への山道が怖くて途中で止めて歩いてあがりました
、今なら平気ですが、あの頃は急坂タイトコーナーの連続の道は、
走れなかったのです。舗装路なのに!!
発心の道場で一番好きなお寺は、21番太龍寺と、23番薬王寺。
21番太龍寺はロープウェイであがりました
(日本一長いロープウェイだとか)
杉木立の美しい、良い雰囲気のお寺でした。
薬王寺は塔が独特のもので、そのインパクトが強烈で、
なぜか惹かれます。。。

迂回路で林道のような所を走ったり、裏の墓地から入ってしまい、
砂利を下る事になったりと、オフロードバイクでよかったと、
思える事が多々ありました。
(あの頃は、まだオフは走ってなかったのですが)

写真は22番平等寺で写したものです。




SSER2ディズ クラシック

2004年10月11日 | 日々の出来事
10月9日~11日までSSER20周年記念
「SSER2ディズ クラシック」が開催されてました。
私は参加しておりませんが、友人、知人多数エントリーしてまして、
SSERのHPの速報を常にチェックしてました。
11日にリザルトもアップされまして、
友人、知人の皆さん無事完走でしかも好成績、
優勝飾ってる方も居られたり、チーム優勝したりと、
リザルト見ていて、我がことのように嬉しかったです♪

頑張っている姿、その結果を見ていると、
私も精進しなければ~って、なってきます。
(精進してるつもりですが、進歩の無い走りなのが哀しい・・・)

オフロードトレーニングキャンプ2004 

2004年10月11日 | バイク
10月10日、ロシアンラリーの主催者が、
兵庫県の北西部でコマ地図ツーリングラリーを開催されました。

2004年のロシアンラリーで出会った方々に再会することができました。
同窓会のような感じです。

この日の天気は、朝スタートは晴れていましたが、だんだん雲行きが
怪しくなり、昼にチェックポイントついた頃から雨が降り出しました。。。
(お昼お弁当を食べたチェックポイント地点の林道は、
天気が良ければ、素晴らしい景色を見ることが出来たのですけどね。
※写真の場所)

コマ地図の走行距離は約150キロ、林道はフラットダートですが
台風の後で、落石が随所に見られました。(舗装路でも)
兵庫北部で有名な林道が殆どでしたが、私達は2回位しか行ったこと
なかったので新鮮です。
これで天気がよければ申し分なかったのですが。
しかし、雨に程々に濡れた林道はよくグリップして走りやすいのです、
大雨になると泥道になり一転して、走りにくくなりますが。

林道は、一部キャンセルになり、迂回路の説明もあったのですが、
私はすっかり忘れて(自分でコマ地図も書き足していたのに)
そのキャンセル林道に入ってしまいました。
林道は最初のうちはフラットで、山を下るにつれ、
雨水の通った深い溝、流れてきた石落ちてきた石などで、
荒れた路面になってきました。
路肩がえぐれていて、バイクを降りて押し
恐る恐る通った箇所もありました。
(走れる人なら乗って走れる幅は充分ありましたが(^^;)
ラインを見極め、スタンディングでバランスを取りつつ走らないと、
即転倒です、ところにより二輪二足になりましたが、
石の少ないラインがあったので、
その部分をできるだけ走るようにして、
転倒せずに山を降りることが出来ました。
(今回はフラットダートばかりで疲労が少なく、体力も残っていて、
珍しく?多少荒れた林道で余裕持って走りきる余力が・・・)
林道を出てから、ここはキャンセル林道だったと気づき、
もしかしたら、皆がゴールして心配してるかもしれない、
迷惑かけてはいけないと、残りのコマ地図30キロ分は諦めて、
ゴールすることにしました。
(ゴールしたら、2人しか帰ってきてませんでした)
遅くなって心配かけるより、早く戻ってキャンセル林道を走った旨を
スタッフに告げてるほうがマシなので、スタッフの方に
正直に事情言いました(叱られてはいないですが、
もし、その林道で怪我していたら、、、と思うと、反省)
でも正直な気持ち、得した気分でした、ちょっとした
アタックを楽しめたので、、、(すいません)


エントラント全員が戻る頃は、雨足が強く閉会式も
出来ないまま、随時解散となりました。

しばらく

2004年10月05日 | 日々の出来事
10月4日から派遣会社から、臨時でのお仕事に行ってまして、
更新が滞っております(^^;)

画像は、写真の整理したときに出てきた、アフリカツインに試乗する私です。
実際、跨っただけで走りませんでした、足届きません(笑)
もう、5.6年前の写真だったと思います。


2001年 SSER グループN

2004年10月02日 | バイク
2001年、11月はSSERシリーズ戦の最終戦である、
「グループN」に参加しました。

「グループN」参加は4度目、2回のリタイヤを経験し
、3度目の正直で完走、そして今年は4回目、知人女性がトランポを運転するので、一緒に参加したいとの申し出があって、
一緒に行くことになりました。

4回目の参加となると、レースの流れも分かりきってるので、
まずバイクを下ろしたら、受付車検の用意をし、それらを済ましたら、
荷物を宿舎に運び(久万高原ふるさと旅行村村内にある施設が宿舎)
あとは昼食(おうどんと炊き込みご飯)を食べて、のんびり。
そうそう99年のグループNから、プロローグランがありまして、
林道1本か久万のMXコースを走ることになっています。
昨年は林道でしたが、今年は苦手な久万MXコース・・・
雨の後で、かなりぬかるんだ路面で、
プロローグランから苦戦しました。。。

このプロローグランに使用したMXコースは、夜のSSでも、
走りました。。。
壁のようなヒルクライムの途中に、大型バイクが横たわっていた
ので、絶対こけないで登りきらなければ、、、と。
自分でも信じられないんですが、一気に登ったことを覚えています。
しかし、MXコースのややウォッシュボード風の所で、
うっかり転倒し、ドロドロになった重たいバイクが、
なかなか起こせなくて、半泣きになって起こしてました。
「なんで、起きないんだよおおっ、こんな所で
こんな時間使えないんだよおお」って、一人叫んでました。
今思うと、恥ずかしいです、誰も聞いてなかったかな?
(疲れてくると、気持ちも弱くなり、
自分に負けそうになります、そんな気持ちが起きないように、
自分に喝を入れるため、叫んだのだと思う)

林道のSSよりも、MXコースのSSの事のほうが、
よく覚えています。
それだけ、中身が濃かった、という事なんですけど。
もう、何度も走ってるグループN、SSに使われる林道も、
だいたい同じ林道なので、コースマークを見ながら、
「次はあの林道だな」って、わかるようになってくるんです。
最後のSSを走りきった後は「今年も走りきれた!
しかもシリーズ戦をすべて完走できた」って、
嬉しさがこみ上げてきます。
この年のグループNでは、リエゾンも一人で走ったのです。
(一緒に行った知人女性とゼッケンが離れていた事と、
私自身、一人で最後まで走ってみたかったので)
今回一人で走りきった事、そしてシリーズ戦を完走できた事は、
本当に嬉しかったのです。

この2001年のグループNを最後に、SSERには出なくなりました。
機会があれば、またシリーズ戦に出たいとは思っています。
次に出る時は、2001年の時と比べ自分の走りは変わったか、
(とは言っても所詮しれてますけどね)走る事に対する気持ちが
どう変わったか等、ハード面とソフト面での自分の変化を見て
みたいと思います。

趣味の域でやっている上、私のバイクの走行技術等の
レベルからすれば、そんないろいろ考える必要も無いのですが、、、。
面白い、楽しい、好きだからこそ、もっと楽しめるように、
という思いで、趣味なのに真面目に考えてしまうようです。