2年前「病室で念仏を唱えないでください」のドラマを放送してた時、私がFacebookに投稿してた内容、2年前の今日書いてました。
ネットからの拝借が多いけど(^_^;)
>>仏教視点で見る
本日の「病室で念仏を唱えないでください」
釈尊の教えをベースに展開されていたように思います。(。-人-。)
釈尊のスッタニパータ第一蛇の章、サイの角より。
「サイの角のようにただ独り歩め」
「もしも汝が、<賢明で協同し行儀正しい明敏な同伴者>を得たならば、あらゆる危難にうち勝ち、こころ喜び、気をおちつかせて、かれとともに歩め。」
「サイの角」サイの角のように・・・がしつこい位出てきます(笑)。↓
以下ネットから。
>>サイの(一本)角という比喩表現は「孤独」を意味します。このように仏教が孤独を勧める背景には「私たちの悩みは人間関係から起こる」との分析があります。つまり、悩みを生み出す原因が「人のつながり」にあるのなら、そこから一時的に離れてみることが心の成長に必要ということです。
「学識豊かで真理をわきまえ、高邁(こうまい)、明敏な友と交われ。いろいろと為になることがらを知り、疑惑を除き去って、犀の角のようにただ独り歩め。」
仏教では「悩みの原因となる対人関係から距離をとる」という意味での孤独を勧めると共に「優れた友との交流」を勧めます。一見して矛盾するように思われますが、そのねらいは真に独立した人格を形成するためにはどちらも必要ということです。
そして、ここでの「友」は対人関係における友人に限定されません。例えば、学生であれば自身がひたむきに学ぶ学問が「友」になり、つまり、自身を成熟へと導くものが総じて「友」と呼ばれるのです>>
本日はドラマでも、友人、家族、恋人だけじゃない「仲間」もテーマのようにも思いました。
「ありがとう、俺の人生にいてくれて。出会えてよかった。」
このセリフが印象的でした。
合掌(-人-)>>
補足で書いてたものも、ネットの言葉を覚書として、書いてたんだと思います。
>>仏教における大切な4つの概念、四無量心(四梵住)の徳目「慈・悲・喜・捨」のうちの前半2つを纏めたのが慈悲という言葉。
慈悲(抜苦与楽)と書いてるけど、慈と悲は別物。
慈は人々に楽(プラス)を与えたい気持ち
悲は人々の苦(マイナス)を取り除き救いたいという気持ち
喜は相手(他人)の幸せを喜ぶ心
捨は心の平静を持つ(保つ)事>>