グランディ羽鳥湖スキー場近くにある天栄村の「板小屋遺跡」
江戸時代前期約160年間続いた木地師の集落跡。旧板小屋村で、会津の領主蒲生氏郷が近江国から入部した際、漆器職人と共にやって来たといわれている。木地師はろくろを使い、膳や椀、盆などの木工品を作り、会津若松や白河の漆器問屋へ持ち込み、現金収入を得ていた職人集団。最盛期には28戸があった。
道路から歩くこと約10分、墓碑群を過ぎたところに住居跡地がありました
当時は木々も少なかったと思われますが、木漏れ日の森に囲まれています
いちいの巨木、樹齢は数百年でしょうか
あの伽羅は同族、弓の材料としてもケルト人や日本のアイヌも使っていたそうです
周辺には梅のような果実がたくさん落ちています
割ってみると核が見えます
皮を剥いで乾かすとあの胡桃の殻になるんですね
若いころによく飲んでいたBARでは水割りのツマミでよく食べました
江戸時代前期約160年間続いた木地師の集落跡。旧板小屋村で、会津の領主蒲生氏郷が近江国から入部した際、漆器職人と共にやって来たといわれている。木地師はろくろを使い、膳や椀、盆などの木工品を作り、会津若松や白河の漆器問屋へ持ち込み、現金収入を得ていた職人集団。最盛期には28戸があった。
道路から歩くこと約10分、墓碑群を過ぎたところに住居跡地がありました
当時は木々も少なかったと思われますが、木漏れ日の森に囲まれています
いちいの巨木、樹齢は数百年でしょうか
あの伽羅は同族、弓の材料としてもケルト人や日本のアイヌも使っていたそうです
周辺には梅のような果実がたくさん落ちています
割ってみると核が見えます
皮を剥いで乾かすとあの胡桃の殻になるんですね
若いころによく飲んでいたBARでは水割りのツマミでよく食べました
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます