イエズズ様は私に教えて下さったところに立ち戻りましょう。ある夜、修課が終わって後ランプを捜しましたが、いつも置いてあるところにありませんでした。折り悪く断じてこの時は断じて無言を守らなければならない時間でありましたので、他人に尋ねることが出来ません。その時私はこれは疑いもなく一修道女が間違えて、私のランプを持って行ったのでしょう……しかしこの為に暗闇のところに1時間も辛抱しなければならないのか?……殊にこの夜はいろいろの仕事をしたいと思っていたので、もし私の霊魂を照らしていた聖寵の光がなかったならば、私は呟いていたの相違ありませんが、幸いにも聖寵の光を受けておりましたお陰で憂いを感じるに反して却って大いに喜びました。この清貧の徳はただ気にいる事や、不必要なものが欠けているのを辛抱するのではなく、是非なければならないものが欠けて居るのを辛抱する事があるという事を思いましたので却って大いに喜びました。このように私の身体は暗闇の中におりましても、霊魂は聖寵の光に照らされておりました。
その時私はなお一番不便利と一番醜い器具を、殊更に愛するようになりました。例えば私の部屋に立派な小さな水がめが備えられてありましたが、この代わりとして疵のある粗末な水瓶が備えられた時に喜びました。また私は何事も言い訳をせぬようにといろいろ力を尽くしておりました。これは至って難しい事であって、修練長には何事も言い表さなかったので、この言い訳をしないという事が尚更に辛くありました。私の最初の勝利はそんなに大きな勝利ではありませんでしたが、しかしなかなかに得難くありました。
ある日誰かが小さい器物をある窓の上に載せて置きましたが、この器物は落ちて壊れました。修練長は、この器物をこの窓に置いたのは、私の所業であろうと思って、私に「これから後、よく注意しなければなりません。少しも起立がない」と不満足気に申しました。しかし私はこれが私の仕業でないという事を言い訳をせず、直ぐに地に接吻しながら「これからよく注意いたします……」と申しました。この時私は徳が足らなかったために、こういう些細な犠牲も非常に辛くありました。そしてこれをするだけの勇気を得るために「公審判の日には何事もみな公になる」という事を考える必要がありました。
また私は徳に気をつけていましたのは、隠れたる善徳の所業を努めることでありました。例えば他の修道女達が忘れていた衣類を畳むことを楽しみとし、人知れず彼女等の世話をするいろいろの機会を探していました。種々の苦業を愛する傾きをも得ました。しかしこれに応じて行くためにまだ許可が与えられません。ただ許可されていた苦業は、私の自愛心を挫くための苦業だけでありましたが、これが私にとって却って身体を苦しめる苦業よりもなお一層の利益となりました。
聖母マリアは私の霊魂を飾るために力を添えて下さいました。その装飾が終わってから後は自然に妨げが無くなりました。そして誓願を立てる日が1890年の9月8日と決定しました。私は唯僅かの言葉を以って言い表した事を更に詳しく書くには、まだ沢山のページが必要です。しかし、この沢山のページは決してこの地上では読まれません……。
第7章終わり。以降第8章。