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小さき花-第2章~4

2019-12-16 22:03:55 | 小さき花
 散歩が終わって家に帰りますと、直ぐに宿題や復習をして、後で庭園に行って良き父の側で遊ぶのです。しかし私はまだ人形で玩ぶ事を知りませんので、いろいろの種子や樹の皮で薬のようなものを作るのが楽しい遊びでありました。そしてその薬がもし好きな色でも出ると早速立派な茶碗の中に入れて父に差し上げるのですが、父は薬によりも茶碗の美しいために仕事を止めて、微笑みつつ之を呑むまねをしておられました。また私は花を栽培する事が好きでした。私の庭の壁の中に少しでも窪んだところでもあると、そこに小さい祭壇を造り、いろいろの草花でこれを飾るのです。そして祭壇も飾りも出来上がりますと、直ぐに父に知らせますと、父は私の気に入るため、わざと感服するようにして、その手際を褒めておられました。こういうことはまだ沢山記憶に残っておりますが、とても一々書き尽くす事が出来ません。もしまたこれを書くにしても、この小さき女王に対する父の愛は、いかに深かったかを十分の一も表わす事が出来ません。
 私は父を呼んで「私の愛する王様」と申しておりました。私は父と共に魚釣りに行きました。むろん小さな魚を釣る事が面白く楽しい事でありましたが、折々この魚釣りを止めて、青々とした草の上や、咲き乱れた花の傍に座り、ざまざまの深い瞑想に耽る事がなおさら好きでした。またそのとき私は黙想というものはどんなものであるかと言う事を一向に知りませんでしたが、知らず知らず正当の黙想をしておりました。私は小さき身体を草の上に寄せてじっと無心になりますと、そよそよと吹く風あたたかく、緩やかに流れる風の音や、町で囃す軍楽隊の響きが時々かすかに耳に入ります。が、それも暫くの間で、やがて蒼々とした天空や、広々とした野原を見て、精神が次第に恍惚となり、地上は島流しの所と思わせ唯もう楽しい天国の事ばかり思っていました。午後は時間の経つのも知らないくらいでした。そのうちに太陽がだんだんと西に傾いてくると、そろそろと遊び道具を片付け、お弁当の包みを開くのですが、パンに塗ってあるジャムの鮮やかな色がいつも少し変色していますので、折角他の死んで居たお弁当にも満足する事が出来ません。この世は益々悲しきように見え、私は少しの雲もなく苦痛も悲哀もない真の歓楽は、天国のみに於いてあると一層深く悟っていました。
 雲のことについて次の事柄を思い出します。私はある日青々と晴れ渡った大空が急に曇ってきて、一団の黒雲が野原の上の方に現われると同時に烈しい夕立がして、続いて物凄く稲妻、轟々と雷の音、天地も砕けんばかりの恐ろしい光景となり、付近の牧場には火柱が起こって雷が落ちました。私はその凄まじい光景を観て、左右に身を向けていましたが、少しの恐れず、却って恍惚として、天主様が私の傍にいて護ってくださるように感じておりました。そのうちに少し離れていた父は、私を案じ、自分の女王ほど満足せず急いで側に来てくれましたが、いままで荒れすさんだ天候も、急に雨が止み雲が散って跡形もなくなり、ただ私より背の高い花菊の上には夕立の露が宿り、これが夕陽に照り輝いてちょうど金剛石のように美しく光っておりました。そして大通りに出るまで牧場を通らねばなりませんが、父はいろいろの持ち物があるにも関らず私を抱いて帰ってくれました。途々、私は草や花が宿している、その美しいダイヤモンドの露の玉が私の全体を覆われないのを残念に思いました。
 まだ申し上げないと思います。アランソンもリジューにいる時のように散歩の時にはいつも私は貧しい人に施しを持ってゆく役目をしていました。ある日、撞木杖に身体を支えながら辛うじて歩いている貧しい老人に出会いました。そこで私はちいさい銅貨を施そうとその人の側に近づきますと、彼は永く悲しそうに私を見つめ、頭を横に振って私の施しを断りますので、私は心の内になんとも言えない辛い感じがしました。私はこれは大方施しを受けるのを恥ずかしく思うのか、また幾分か卑下されたとでも思ったのではなかろうか、と大いに心配しました。するとその老人も私の心配を察したのか、暫くのち振り返り遠くから笑顔で私を見ました。
 そのとき父は私の為に菓子を買っていたときでしたから、その人は金銭を受けるのを好まないが、さぞ御菓子なら喜んで受けるであろうと心の中に思い、すぐにその人のもとに駆けて行こうとしましたが、そのうちに何か遠慮したのか、気恥ずかしかったのか、ついに機会を失って御菓子を持って行く勇気が出ませんでしたから、胸がいっぱいになって涙を流すほどでした。

読んでくださってありがとうございます。yui

小さき花-第2章~3

2019-12-11 21:19:56 | 小さき花
 これは、父の大いなる決心、ほむべき犠牲でした。まだ若い姉達に母の代わりに叔母からよい教育を受けて貰うため叔母の住んでいる地に移られたのです。生まれ故郷を去るのは別に辛い感じをしませんでした。子供等は変化ことどと常ならない事を好みます。それゆえ私は喜んでリジュー市に行きました。ちょうど夕刻に叔父の家に着きますと、従姉妹のヨハンナ、マリアの二人が私達を門口に迎えて出てくれました。ああ、その時叔父や叔母が非常に新設に待遇して下さった事を深く感じました。
 翌日私等は新しく居住する家に行きました。そこはリジュー市のブイソネ町というところで、近くに「星の庭園」という有名な公園があり、至極閑静なな町です。父の借り入れた家はなかなか広く立派で、高い物見台からは遠くまでも見え、正面には英国風の美しい庭園があり、億のほうには大きな畑があるので若い私の想像力にとっては、何かと都合の良い家でありました。実はこの景色の良い愉快な家は喜び忘れられない家庭的な事柄となりました。ある夫人の家に行っている時には、島流しに遭ったような心持ちになり、母の亡いという悲しい感じがしておりましたが、この家に来てからは心が開いて、何となく生き生きとして嬉しく楽しく微笑むようになりました。
 まず朝、目が覚めますと姉達が来て、私を色々と慰めいたわり、皆一緒に朝の祈祷をして後、私はポリナのところに行って読書の稽古をしておりました。私は一番先に一人で読む事が出来たのは「天国」という文字であった事をよく記憶しております。この読書が済むと直ぐに父の書斎に参るのですが、成績の良かった時にこれを父に告げる時の愉快さは譬える事が出来ないくらいでありました。
 また毎日午後から父に連れられて近辺を散歩し、今日は東の天主堂、明日は西の聖堂というふうに、所々の天主堂に詣って聖体訪問をいたしました。こうしてある日「カルメル会」の聖堂に詣りました。ところがその時父は童貞達の居られる鉄格子の結界を指して「小さき女王よ(父は私をこう呼びます)、この大きな鉄格子を御覧なさい、この向こうにおられるは、一生涯を天主様に献げて、祈祷苦業に身を委ねておられる尊い童貞の方々です」と教えてくれましたが、その時に私は、自分も九年の後にはこのような童貞の身分になる事も、またこの愛せられた修道院の中で、このように多大の恩寵を受ける等という事を、少しも思い浮かびませんでした。(続く)

読んでくださってありがとうございます。yui

テレーズ 小さき花 について

2019-12-08 19:21:53 | 小さき花
すでに現代語訳が出版されています。
ドン・ボスコ社さんから、「幼いイエスの聖テレーズ自叙伝 その三つの原稿」
私も持っていますが、非常に美しい訳です。
いまの投稿をする前から、正確に言うと、「愛の力」の前から、
その本の訳を意識しないようにするため、読んでいません。


「小さき花テレジア」宮城春江さまの訳は、ちょっとだけ読んだことがあります。


他にもあるかもしれませんが、

もう一つが、シルベン・ブスケ神父さまの訳された、いまテキスト化しているものです。
この本の特長は、教訓と思い出という章があって、それが特に素晴らしいのです。

それなら、それだけ引き出せばと、仰る方もいらっしゃるかもしれませんね。

でも、当初の予定通り 最初から、少しずつ、テキスト化して行くつもりです。


ブスケ神父さまの訳の「小さき花」で、国会図書館には、別の古いものがあります。
それによると、
「小さき花」の翻訳中にブスケ神父さまのお母さまがお亡くなりになられていて、
本の中でお祈りを願っておいででした。


ブスケ神父さまとお母さまを、思い出して、お祈りできますように。

読んでくださってありがとうございます。yui




小さき花-第2章~2

2019-12-08 19:18:17 | 小さき花
 人々は朝から晩まで私等の気を晴らそうと、いろいろに努めて、私等は慈愛なる母の事を片時も忘れません。ある日もセリナが立派なアンズを貰いましたが、直ぐに私の側に来て少し身を屈めながら「これを食べずにお母さんに差し上げましょう……」と言った事をもまだ記憶しています。
 ああ、哀れにも病める母は、もはやこの地上の果物を味わう事が出来なくらいに悪くなっていましたので、もうこれから地上の食物では満足せず、ただ天国のみ光栄にあかされるはずであります。そうして晩餐の時に、聖主がお話しになりました、不可思議なる食物は父の国で私等に分け与えようとの御約束なされた所の、その不思議なる糧、すなわち福楽のみを望んでおりました。
 母が終油の秘蹟に感ずべき式の事柄は、私の霊魂の深い感想が刻まれております。いまでもそのとき、私が跪いていた場所をまだ良く覚えています。不憫な父が悲しそうな表情で、啜り泣きされた事も、ただいま聞いているようです。翌朝良き父は、私を抱いて「お母さんに会いましょう、これが最後の決別です」と申されましたので、私は何も言わず氷のように冷えている親愛なる母の額に唇を当てました。
 私はあまり泣いた事を記憶しません。また深く感じた事も誰にも話さずに、何事をも黙って見聞きしておりましたから、人々がわざと私に隠してする多くの事も、みんな私は知っています。
 ある時、廊下にあった母の棺の側に一人いましたから、永くこれを凝視していました。その時私の身体が至って低く小さいものですから、ずっと高く棺を見上げ、その棺の非常に大きさと、また亡き母を想う情が、非常に悲しく感じました。私は棺というものをいまだ見も聞きもしていませんでしたが、しかしその用途をよく悟っていました。十五年の後、私はもう一つの棺の側におりました。即ちゲノワ童貞(この童貞はよほど善徳に優れた方でリジュー市に修道院を建てる為に遣わされ千八百三十八年に八十六歳の高齢で帰天されました)その際、私は自然にこの幼年の時の事を想起し、凡ての追憶がムクムクと湧いて参りました。この棺を視る為ではなく至って愉快に感じている天国を仰ぎ見るためでありました。もはやこの時が私の霊魂がいろいろの苦しみ悩みにあって熟し強められ、この世界に於いて私の霊魂を悲しめるような事が全くないという程、堅められてありました。
 母の遺骸が墓地に葬られた日。天主様の御愛憐によって、全く孤児となる事を免れ、他の母を与えてこれを自由に選ばせてくださったのであります。姉達五人と、私とが一か所に集まりましたが、憂い悲しみに沈んで互いに顔を見合わせておりました。乳母が私等の様子を見て不憫に思い、セリナと私の方を向いて「お嬢さんはお母さんがありません可哀想に」眼を瞬きしました。これを聞いてセリナは、長姉のマリアに寄りすがり、どうかこれから姉さんが私のお母さんになって頂戴!」と申しました。私はいつも何事をもセリナに見倣う習慣がありましたので、この時も同じ長姉のもとにすがろうとしましたが、すぐ側にいた姉ポリナが寂しそうにしておりましたから、私は母としてこのポリナを選ばないと彼女が悲しむと思い、慰めるような風をしながら小さい頭をポリナの胸に当てて「セリナはマリアを選びましたから、あなたは私の母になって頂戴」と申しました。
  前に申し上げた通り、母が亡くなられてから、私の生涯の第二期に入らなければなりません。また、この間は最も苦しい時代で母として選んだ姉ポリナがカルメル会に入ってから、特に悲しかtt。この間は満四年八か月から十四歳までで、十四歳になったとき、愉快な幼心を再び起こして、人生の真面目な方面を悟るようになっておりました。
 敬愛なる母さま、ご存じの通り私は母に死に別れてから後は、今までの幸いの性質は全然変わり至って活気があり、至ってよく心を打ち明けていた私は、急に何事も恥ずかしむようになり、温和になり、激しい感情に掛かり易くなって、ちょっとしたことにでもすぐに涙をこぼすようになりました。私は他家の人々から相手にされる事が耐え忍びきれず、いつも家族の中にのみいることが愉快でありました。父も至って愛が深くありましたが、なお、その上に母の愛情が加えられたように見え、姉達もみな私に対して至って愛情の深い少しも自分勝手のない母たちになったという事を感じました。
 実際天主様が、ご自分の「小さき花」に恩寵の光線を豊かに射すように御計らいなさらなければ、とてもこの世に馴れる事が出来ず、哀れにも枯れ萎んだでありましょう。まだこの「小さき花」が大雨や暴風に耐え忍ぶ為に力が足りませんから、是非とも暖かさや潤いの露や柔らかな春風が必要でありました。それは私が現世の試練の勇気に遭うときにさえ、慈悲深き天主様は豊かなる恩寵をお与え下されたのであります。
 間もなく私たち一家は、住み慣れたアランソン市を去って、娘等をその叔母のもとに送り、そこで良い教育を受けさせてもらうためリジュー市に引っ越すことと決心しました。(続く)


読んでくださってありがとうございます。yui

小さき花-第2章~1

2019-12-05 19:10:27 | 小さき花
 私の母の病気の有様については、詳しい事柄までも記憶し、殊にこの世を離れる前の数週間の事は一層よく記憶しております。
 この時セリナと私はちょうど島流しにでもなったように、毎朝ある夫人に連れられてその家で一日を過ごしておりました。ある朝、夫人はいつもよりは早く私等を迎えに来られたので、祈祷を為す時間もなく自宅を出ました。ところが途中でセリナは私に「まだ祈祷が済んでいないという事を夫人に告げましょうか」と申しましたので「もちろん、それを言わねばなりません」と答えました。それで夫人の家に着くと、セリナは少し遠慮するような態度で、恐る恐る夫人にその事を申しますと「それならこの部屋で祈祷をしなさい」と言うので、二人を広い部屋の中に入れ、自分はそのまま出て行きました。この夫人の仕打ちがなんとなく物足りない心地がして、セリナも私も少し呆気に取られ、お互いに顔を見合わせました。その時私は「ああ、これはお母さんの仕方と違う、お母さんは何時も私等に祈りをさせてくださったのに……」と申しました。(続く)


読んでくださってありがとうございます。yui