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小さき花-第3章~10

2021-09-14 14:46:32 | 小さき花
 この年の末、絶えず頭が痛みましたが、さほどの事もありませんでしたから、辛抱して翌年の御復活の祝日まで学校に通いました。そのころ父は姉達と共にパリ市に赴かれたので、セリナと私の二人が叔父の家に預けられておりました。ある夜、叔父と私の二人が家に残っておりました時、叔父がふと私の母についての事柄を、いろいろと非常に愛情深き言葉を以って話し聞かせてくれましたので私は痛く感動して涙を流しました。すると叔父は私が年齢が若いにもかかわらず、感情の激しい者であるとさとって心配せられ「夏休みの間いはいろいろ気晴らしをさせてやろう」と申されました。しかし天主様は私に対して、他の聖慮があったのであります。この夜、私は頭の痛みが激しくなり、夜通し身体が妙にふるえました。叔母は本当の母親のように片時も離れず、この病気中、非常に親切に介抱してくれました。
 
 父がパリ市から帰って来て、私の容態を見て、これはとても治る見込みがないと悟ったときにどれほど深く悲しみましたか、ほぼ察することが出来ます。しかし、もし聖主がこの場におられたならば「この病気は死で終わるものではない。神の栄光のためである。神の子がそれによって栄光を受けるのである。」(ヨハネによる福音書11章4節)と父に答えられたでありましょう。私のこの病気は全く天主様の御栄光の為でありまして、父も姉達、殊にマリアまでが、少しも呟かず天主様の聖慮に任せもって天主様の光栄を現したのであります。親愛なる長姉マリアの恩は決して忘れません。彼女は私の病気について心配し、悲しみ、大いに慰めいたわってくれました。そして彼女は私を慰めるには何が一番適当であるかという事を良くわきまえて、深い愛情を向けてくれました。実際、病気の時には上手な石の学問よりも母の心の様な細やかな愛情の方が遥かに優っております。
 
 
読んでくださってありがとうございます。yui


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