1894年7月29日、父は種々の苦しみ試しに遭い、完徳に達して後遂に主に呼び招かれました。その死ぬる前の二年の間中風が全身に及びましたが、その間叔父はこの難病に罹った老人を、手厚く介抱してくれました。病気のために痩せ衰えた父は、その病中ただ一度修院の客室に来られて私に会われましたが、この時は実に何とも言えない悲しい面会でした。別れに臨んだ時私は父に「さようなら……」と申しますと、父は静かに眼を天に向け指で天を示し、自分の思いを言い表そうとして涙にむせびながら、ただ一言「天国に於いて……」と。
父は美しい天国に入られてから後、彼の慰めであったセリナが世間に繋いであった縁が切れてしまいました。しかし……天使たちはこの世界に残るためではなく、その使命を果たすと直ぐに天主様の法に帰るので、このために皆羽翼が付いているように描かれてあるのであります。それでセリナも「カルメル修院」の方に飛ぼうとしましたが、除く事の出来難い種々の妨げがありました。ある日その妨げが益々込み入って来ましたので、私は聖体を拝領した後、聖主に次の如く祈禱を致しました。我がイエズスよ私は父がこの世に於いていろいろの苦しみ試しに遭いましたから、これを以って煉獄の贖いをも果たしてしまうようにと、日頃熱心に望んでいる事をよくご存じでありましょう。おお今私のこの望みが聴き入れられたか大いに知りとうございます。しかし私に直接これを告げてくださいとはお願い致しません。ただ次の一つの印だけお願いいたします。即ち主はセリナが「カルメル会」に入る事について、ある童貞がこれに反対しているという事もよくご存じでございましょう。それでもしこの反対がなくなればそれhじゃ主の良きご返事であって、父は真っすぐに天国に昇ったという事を知らせて下さる印であります……」と。ああイエズス様は限りなく慈しみ深く、どれほどご親切の御方ではありませぬか、ご自身の御手を以って人々の心を支配し、聖慮のままに傾かせる天主様は、反対していた童貞の心向きを変えてくださいました。
私は聖体拝領後の感謝の祈祷が終った後、最初に会いました人は、セリナに反対していたその童貞でありました。彼女は私を呼んで涙を流しながら、近いうちにセリナは「カルメル会修院」に入る事、なお一日も早く入会する事を何よりも望む、と自分の心を打ち明けました。そして間もなく司教様もまた残る妨げを取り除いて母様に対して、島流しに遭っていたその小さい鳩の為に、修院の門扉を開け放つ事を容易に許してくださったのであります。(それで1894年9月14日セリナは「貴き面影のゲノワ童貞」という名を以って、遂にこのカルメル会修院に入りました」。
今日では私はもうただ極度にまでイエズス様を愛するより外、何の望みもありません。私の心を引き寄せるものはただ愛のみでありまして、最早苦しみとか死とかを望みません。しかしそれでもなおこの苦しみと死とを両方とも慕う、喜びの天使のようにこれを永く招きました。私は最早苦しみに遭って天の岸に着いたかと思っておりました。私は幼い時からこの小さき花がその青春に於いて摘み取られると思っておりました。しかし今日では私を案内し導く者は、ただ天主様の摂理に委せるという事のみでありまして、これより他の磁石がありません。それゆえ私の霊魂の上に天主の聖慮が完全に行われん事を願うの外、他に何事も熱心に願う事を知りません。私は十字架の聖ヨハネの聖歌の言葉をここに繰り返す事ができます。
我が親愛なるイエズスの
奥殿に入りて愛に酔わされつ
再び戸外に出でし時
現世なる広き野原は荒れ果てて
肉眼に入るものは何もなく
伴い来たりし内心の
私欲も欠点も散り失せぬ
我が霊魂は主に仕えるため
喜びも…悲しみも…希望をも
すべて皆捧げ終わりぬ
さらば、力を尽くし心を尽くし
ただ主をのみ、ああ……
ただ主のみ愛せんかな
或いはまた
私は主を愛するに身を委ねてより後
愛……愛は心の中に在る何事も……
悪さえもなお為になるほど
行為の上に大いなる影響を及ぼし
なお霊魂をも同化さすほどに豊かな力がある。
ああ母様、この愛の道は如何にも優しく歩みやすい道ではありませんか。無論欠点や罪悪に陥ることが出来ますが、しかし前に申した通りこの愛の道は何事にも為になる法を知りてイエズスのお気に召さない事は全てみな早く焼き付かせてしまい、心の底にはただ謙遜と深き平和のみを残します。
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