Johnny’s Dazed And Confused Days

〜ジョニーのぼんやりと混乱した日々〜

♪ ブルーバード / ポール・マッカートニー&ウイングス:1973年作

2023年11月09日 11時04分25秒 | Paul McCartney
円滑な進行には、ちょっとした配慮が必要!
ポール・マッカートニージョージ・ハリスンにリード・ギターの弾き方の注文をした事が発端となった口喧嘩は、映画『Let It Be』の印象的な場面として半世紀以上経った今でもハッキリと記憶に残っています。

こういったプレイヤーのプライドへの配慮のなさが、当事者のジョージには“傲慢”としか感じられず、対立の構造を生む結果となって行きます!

ポールは、自分のバンドのウイングス、ここでも同じような失敗をしてしまいます・・・

「My Love」「007 死ぬのは奴らだ  Live And Let Die」の大ヒットで、バンドとしての見通しが立ったウイングスは、1973年の夏にアフリカのナイジェリアはラゴスで、レコーディングをすることになりました。

しかし、リードギタリストのヘンリー・マッカロウーは、以前から、素人のリンダをバンドに置くことを快く思っていなかった事に加え、リードギターの弾き方を命令口調で言い放つポールに激怒、バンドを脱退してしまいます。 更に、アフリカに立つ1時間前にドラマーのデニー・シーウェルまでもが脱退!

情報の乏しい当時でしたが、この二人が脱退したというニュースは知ってましたし、真意の程は定かではありませんが、その際、ポールが殴られたという話が尾ひれとして付いておりました。
何れにしても、「あ~あ、またポールは駄目か!」、あるいは「これじゃあ新作に全く期待が持てないなあ!」という思いに駆られたことは記憶しております。
 【 Album Data 】
リリース:1973年12月5日(米国)、12月7日(英国)
チャート:Billboard 1位、全英1位、オリコン11位

シングルはヒットしたものの・・・
「マイ・ラヴ」「007 死ぬのは奴らだ」の連続ヒットで、“完全復活”を印象付けたポール・マッカートニーでしたが、ウイングス名義の『Red Rose Speedway』はヒットこそしたものの、まだまだバンドのアルバムという感じには程遠く、個人的には完全復活という事に対して正直言って懐疑的でした。
だからこそ、メンバー2人の脱退はショックで、負の要因しかない状況下に陥ってしまったポール・マッカートニーの新作には、全く期待する事が出来なくなってしまいました。

ところが・・・

1973年12月にリリースされた新作『Band On The Run』は、予想に反した最高の出来で、改めてポール・マッカートニーの偉大さを証明してみせました。


今日ご紹介する曲は、“こうゆう名曲がアルバムにさりげなく収録されている〜これこそが完全復活の証だ!”と思わせてくれたアコースティック・ナンバー「Bluebird」です。

「Band On The Run」➡︎「Jet」に続く、3曲目の「Bluebird」を聴いた時、ポール・マッカートニーの完全復活を確信しました❗️
ボサノバ調のアコースティック・ギターをバックに力むことなく軽いタッチで歌われるこの曲、こうゆう名曲がひっそりとアルバムに収録されている事がポールの復活具合を知る上で、最も肝心なところだと思っていたので、この「Bluebird」が始まった時の喜びは半世紀も経った今でも忘れられません。

間奏が美しい
メロディの美しさは勿論ですが、特筆すべきは間奏のサックス、その音色がムード満点で美しく、そっと側で佇むような軽いタッチのコーラスがまたいい❗️
こういった名曲をアルバムの中の1曲として収録できるところがポール・マッカートニーという人なんですよね‼️

因みにこの曲、ヨーロッパ各国では「ミセス・ヴァンデビルト」とのカップリングでシングル・リリースされたようです。

ブルーバード / ポール・マッカートニー&ウイングス
風の静かな夜おそく
君の窓まで飛んでいけば
愛の意味がわかるはずさ
僕は青い鳥
幸せの青い鳥

魔法のキスで君の唇に触れる
そしたら君も青い鳥
愛の力がわかるはずさ
僕は青い鳥
幸せの青い鳥

青い鳥
青い鳥
幸せの青い鳥

夜の空へ飛び立って
海を越える頃には
僕らはついに自由になれる
君は青い鳥
幸せの青い鳥

青い鳥
青い鳥
幸せの青い鳥

ふたりきりで誰もいない島の
樹の上で暮らすんだ
そして爽風の中を飛び回ろう
僕らは青い鳥
幸せの青い鳥

歌う青い鳥
幸せの青い鳥







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