
昨年10月21日、金子左千夫さんが旅立たれました。金子さんとの出会いは、1997年初夏、開館したばかりの世田谷パブリックシアターの劇評講座です。当時、オペラシアター こんにゃく座の歌役者として舞台に立っておられ、なおかつ劇評というものに関心を持ち、考察や執筆に取り組む存在として、強い印象がありました。劇団では執筆や編集の腕前を買われて劇団史の編纂など、さまざまなお仕事をしていらしたと記憶しています。ごりごりの役者というより、もっと客席に近い、ニュートラルな雰囲気をお持ちでした。こんにゃく座退団後は、座友としてさまざまな活動を展開され、特に「林光・歌の本Ⅰ~Ⅳ<全曲を歌う>」コンサートを継続し、完遂する偉業を成し遂げられました(1,2,3,4,5)。
コンサートでは、ソプラノの中馬美和さん、伴奏のピアニスト大坪夕美さんとのトリオはまさに鉄壁。あいまには曲の解説はじめ、楽しいトーク、中馬さんとピアニカを吹きながらのパフォーマンスもあり、観ても聴いても味わえるひと時でした。
さまざまなステージを振り返りますと、金子さんの歌の魅力は、自分を主張せず、自分の声や技術を巧く聴かせようとしないところ、あくまで歌を、作品を尊重する姿勢にあったと思います。だから歌がずっと耳にも心にも残るのでしょう。
アンコールで披露され、客席も一緒に歌うことが何度かあった「がっこう」(林光作詞・作曲)が好きでした。いつも書いてしまうことですが、こちらが感じるよりテンポが速く、耳に易しいメロディなのに、実際に歌おうとすると難しく、ピアノの伴奏も、譜面を見た感じよりずっと弾きにくいところは林光ならではの魅力でしょうか。
心に残るのは、自分が金子さんの歌を聴いた最後のステージ、一昨年暮の「ネコティアーデコンサート」のアンコールです。金子さんはシェイクスピアの『十二夜』の終幕、道化のフェステの歌を披露されました。うろ覚えですが、フェステがこの世に生まれたときから結婚し、旅立つまでを「ヘーイホ、風吹き、雨が降る」「雨はいつでも降るものさ」と淡々と歌う。歌が進むにつれ、ピアニカ(リコーダーだったか?)の中馬さん、ピアニストの大坪さんが順にステージを去り、最後は金子さんがアカペラでつぶやくように歌って静かに退場してコンサートは終わりました。あの日の「ネコディアーデコンサート」は第1回でした。第2回、第3回と続くことを疑うことなく、楽しみにしていたのに。わたしは「がっこう」を、いまだにちゃんと歌えない。コンサートでもう一度、練習タイムも設けてもらって、金子さんと、たくさんのお客さんと一緒に歌いたかった。金子さん、やっぱりお別れが早すぎますよ。
雨はいつでも降るものさ。金子さんの歌声が蘇ります。たくさんの歌をありがとうございました。忘れません。
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