*鈴木アツト作・演出 公式サイトはこちら せんがわ劇場 13日まで(1,2,3,4 5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20)
病気で子どもが産めなくなった日本人女性と、貧しさのために代理出産を行うインド人女性とその周辺を描いた『グローバル・ベイビー・ファクトリー』(以下GBFと略します)から1年数カ月、『GBF 2』は、一人の男性が自分の精子で多くの子どもを代理出産させた事件を素材に、ほかにもゲイのカップルなど、さまざまな立場の「自分の子どもがほしい」という切なる願いを縦軸に、タイにおける代理出産ビジネスを横糸に、人が人を産む行為、生きる営みについて切り込んだ意欲作だ。
子どもを産みたい、自分の血のつながった子どもがほしいと願う女性を主人公にした『GBF』から、男性側に視点を移したことが第一の特徴だ。そこにどうやっても自分たち夫婦では子どもを成すことができないゲイのカップルが登場する。ひとりは子育てに不慣れだが、相方は赤ちゃんの泣き声のちがいで、げっぷがしたくて苦しんでいる状況を聴き分けられるほど達者な「母親ぶり」を見せる。コミカルなキャラ設定ややりとりなど、劇作家の筆も手慣れた印象だ。
しかし忘れてはならないのは、冒頭に登場する不思議な人物だ。ベッドに横たわった人物の下半身からは赤い糸状のものが出てきて、その先は白いワンピースの女の子の体内につながっている。上演中の演目なので書きにくいが、ふたりは二卵性双生児の姉と弟なのだ。弟の時生を演じるのは山本茉梨乃、女優である。ショートカットにジーンズすがた、小柄で華奢なからだつきに澄んだ声はまるで少年のようなのだが、父親の遺産で24歳にして億万長者になった24歳の青年という設定だ。姉のひかり(石山知佳)はこの世の人ではないが、時生は姉のことをよく夢にみる。生理痛に苦しむ姉を羨み、自分の精子でたくさんの子どもを世に生み出そうと、莫大な財力にものを言わせて代理出産ビジネスを利用する。
時生は肉体は男性だが女性になりたいのかと考えたが、そうではないらしい。時生を女性が演じることで、男性らしい肉体や声が持たず、相手を愛する行為を経ずしてたくさんの子どもを産ませていることの不自然や矛盾が不気味にあぶりだされる。このやっかいな人物の設定が、本作第二の特徴である。
「社会派」と呼ばれるジャンルがある。実際の事件や現象を題材に、事件そのものを舞台化するドキュメンタリー的手法を取ったり、時代や場所などの設定を変えたり、独自の解釈を示したり、自分自身を舞台にのせてしまったりなど、方法はさまざまだ。
鈴木アツトの舞台からは「社会派」の硬派なイメージは感じられない。ダンスや歌があり、舞台美術や衣裳も優しく淡い色調が多い。近未来のSFというよりも、ファンタジックと言ったほうがしっくりする。しかしここ数年、鈴木は韓国の演劇人との交流を意欲的に継続し、いくつもの舞台を産みだした。さらに自身がタイやインドを訪問し、代理出産ビジネスを取材したりなど、『GBF』連作に並々ならぬ熱意を注いでいることが伝わる。
今回の『GBF 2』では、タイ人の妊婦やベビーシッターなどが登場し、多少心得のある日本人カメラマンと彼らとの会話ではタイ語が使われる。字幕は出ないが、タイ語のできない日本人ジャーナリストとのやりとりを通じて、およそのことは伝わるつくりだ。タイ人妊婦アンボーンを演じる日沖和嘉子が非常に好ましい演技をみせ(どこがどのように、ということをきちんと書きたい!)、舞台に現実味と温かさを醸し出している。
初日明けてまだ二日めのせいか、俳優の演技に固さがあったり、台詞がきちんと入っていないのか、ひやりとする場面もあった。また実に個人的な感覚で申しわけないが、冒頭、ひかりはひどい生理痛に悶絶している。その様子は陣痛ではないかと思うほどで、個人差はあるにせよ、表現として強すぎるのではないか。生理痛の痛みというのは、陣痛の果ての出産の達成感がない虚しさもあって、何と言うかその、切ないような情けないような感覚が伴うのである。敢えて「悶絶型生理痛」にした理由があるのかもしれないけれども。
これまでの作品にくらべれば、ギャグや小ネタによる笑いはぐっと控えめになった。しかし客席は集中して舞台に見入っており、『GBF』連作を経て、劇作家が新たな地点へ向かいつつある手ごたえをじゅうぶんに感じられるものであった。子どもを産む産まない、産めない、産みたくないといったことを通じて、思想や哲学の領域に達する可能性があり、広い間口からとてつもなく深いところへ連れて行かれるような予感がするのである。
鈴木アツトはこの秋から、新進芸術家海外研修制度でイギリスへ留学することが決まった由。しばらくのあいだ劇団印象の舞台が見られないことになる。しかしかの地で多くのことを貪欲に吸収しつつ、みずからの心にあるものを見つめ直し、坂手洋二でも中津留章仁でも瀬戸山美咲でもない、鈴木アツトだけが構築することのできる劇世界が広がっていくように、その舞台に出会えることを楽しみに待っている。
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