因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

文学座公演 『欲望という名の電車』

2022-10-29 | 舞台
*テネシー・ウィリアムズ作 小田島恒志訳 高橋正徳演出 公式サイトはこちら 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA 11月6日まで
 これまで本作を観劇したのは、2002年蜷川幸雄演出のシアタコクーン版(「えびす組劇場見聞録」掲載/大竹しのぶ、堤真一、寺島しのぶ共演)、2007年篠井英介版、2011年松尾スズキ演出のパルコ劇場版で、日本が1953年杉村春子のブランチで初演以来繰り返し再演された、いわば「本家本元」の文学座版は未見である。

 今回35年ぶりの文学座公演は、高橋正徳演出、山本郁子のブランチ、鍛冶直人のスタンリー(横田栄司が体調不良により降板)、渋谷はるかのステラの布陣である。高橋は3年前の『ガラスの動物園』に続いて、テネシー・ウィリアムズの大作に挑んだ。

 舞台の作り方や俳優の演技に正解はなく、いろいろな趣向、切り口がある。たとえばミッチは大変難しい役柄であり、ブランチに捧げる純情、母親への愛情が強い分、ブランチの過去を知った衝撃や幻滅は激しい。しかしあれほど慕っていた女性なのに、スタンリーから噂を聞いて裏を取るほど周到であること、本人に直接確かめなかったこと、「おふくろの居る家に入れるわけにはいかない」と母親を理由にするところなど、ブランチが首尾よく結婚できたとしても、長続きするとは思えない。といって、彼をマザコンと一刀両断にはできないのは、ブランチが病院へと旅立つ終幕で「おまえのせいだ」とスタンリーに食って掛かる痛ましさや、ブランチへの未練、彼もまた幸福への道を閉ざされたことがわかるためだ。ブランチの傷ついた過去を知って、「あなたにはだれかが必要だ。おれにもだれかが必要だ」と語りかける言葉に嘘はなかったと信じたい。助川嘉隆の誠実な芸風が活かされた。

 一方で、スタンリーという男性への疑念は2002年以来消えないままだ。妻と生まれてくる子の生活を守るために、そりの合わない義姉を排除したいのはわかる。しかし決定的なだめ押しのように、ことに及ぶのはなぜか。それも自分と妻の初夜に着たシルクのパジャマを纏ってという神経が理解できない。しかし戦地でアメリカのために戦っても「ポーランドもの」と出自を蔑まれ続けることなど、彼もまた闇の深い人物である。

 山本郁子は『女の一生』の布引けいに続いて、劇団の財産演目であり、杉村春子の当たり役のブランチを継承したことになるが、新しい翻訳と演出、新しい座組のなかで、伝統に縛られない生き生きした造形が魅力的であった。思い出すのは、『女の一生』について、「次にけいを演じたいと思う人が出てくるような舞台にするのが目標です」と語ったことである(2018年10月18日朝日新聞記事)。作品を重んじること、劇団全体でそれを守り続けていこうという姿勢が山本の俳優としての骨格を形成しているのだと思う。山本のブランチからは、かつて若かったころの繊細な『ガラスの動物園』のローラが想起され、さらにその先の母親のアマンダにたどり着くプロセスが想像でき、非常に不思議な気持ちにさせられた。「まだまだ行けるぞ」と、楽しみが増す。
 
 休憩をはさんで2時間30分近い長丁場である。思ったより笑いも沸くが、物語が進むほどに客席は鎮まりかえり、終演後は万雷の拍手となった。いろいろな意味で打ちのめされ、心身ともに消耗したのは、ブランチを追い詰め、徹底的に破滅させる様相がこれでもかと言うほど激烈なためだ。なぜ劇作家はこのような物語を書くのだろうか。そして演劇の作り手はそれを舞台に立ち上げ、わたしたちは劇場へ行くのか。

 何度観てもやりきれない、酷い話である。ブランチは美少年を愛して結婚したが、相手が同性愛者であったために破綻し、裕福な生家は没落、心の空洞を埋め、生きていくために男たちに身を任せた果てに教職を奪われ、なかば故郷から追放されて妹夫婦の家に身を寄せる。労働者階級の義弟とはそりが合わず、優しい恋人を得るも、過去を暴かれて狂乱に陥る。「女三界に家無し」の絶望的な物語だ。

 それでも劇作家は、「書かずにはいられなかった」のだろう。その思いが舞台の作り手のエネルギーを掻き立て、わたしたちを劇場へといざなう。「なぜここまで」と困惑し、疲弊すらしてなお、劇世界に魅了されてやまない。「なぜ」と問い続けることが(おそらく答は出ない)、本作をより深く味わう道筋なのであろう。
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