ある日、テレビで競馬の特集番組があった。
話題はやはり、皐月賞。
トウショウボーイが強いか、テンポイントが強いかを過去のレースの実況を交えて、解説していた。
トウショウボーイは3戦3勝、このレースは全て馬券も買っており、実況レースも改めて見て、やはり強いと確信。
一方のテンポイントは5戦5勝。
小生が見たレースを含めて、過去のレースが実況とともに、解説された。
テンポイントは最優秀3歳牡馬だそうで、実質的に最優秀と決まったレースである阪神3歳ステークスのビデオが流れた。
なるほど、最後の直線だけで、2着に7馬身差をつけて圧勝と強い競馬だ。
このビデオを見たとき、小生はその実況に違和感を感じた。
そう、のちに有名になる杉本清アナウンサーの主観たっぷりの実況だった。
テンポイントが、4コーナーで先頭に立ったとき、
「また独走になった。見てくれこの脚。これが関西の期待のテンポイントだ。強いぞ、強いぞ」
余談となるが、トウショウボーイに肩入れした小生が、テンポントに肩入れする杉本アナウンサーの実況を素直に「上手い!」と思ったのは、16年後の「ベガはベガでもホクトベガ」だ。
「なにが流星の貴公子だ」
額に白い流星模様があるから付いた、テンポイントのあだ名であるが、トウショウボーイかぶれの小生はテンポイントを好きになれなかった。
確かに関西では強かったかもしれないが、現実に関東に来てからは辛勝じゃないか。
それに比べれば、トウショウボーイは圧勝している。
テンポイントなんて、絶対買わないと、心に誓ったが、皐月賞の1番人気はテンポイントになってしまった。
「やっぱりテンポイントって強いのかなぁ」と気持ちが揺らいだ。
松本さんは、トウショウボーイがレースのとき首を上げて走らないので、一生懸命さがなくて、好きではないと、テンポイントから買っている。
小生が迷っていると、安部さんが「テンポイントのおかげで、お前が好きなトウショウボーイの倍率が良くなって買い目じゃないか」と、味のあることを言ってくれた。
小生はトウショウボーイの単勝とトウショウボーイから数点流した馬券を購入することにした。
この年の皐月賞は東京競馬場での開催となった。
本来の皐月賞開催の前々日、スポーツ新聞に中山競馬場の皐月賞が延期となり、来週、東京競馬場で開催されることを知った。
この年は春闘が激しく、各鉄道会社もストライキで電車が動かなくなったが、競馬会も厩務員のストライキ交渉が影響したようだ。
のちに知ったことだが、この春闘はトウショウボーイに有利に働いたとの観測があるようだ。
そんなことは一切知らず、トウショウボーイは皐月賞をむかえた。
「クラシックレースの競馬場は混むから、前売り買って、マージャンしながらテレビで競馬を見よう」との松本さんの提案で、前売り券を新宿場外馬券場で買って、歌舞伎町の王城の2階の雀荘でマージャンすることになった。
雀荘に来ているお客さんも、競馬の話で持ちきりで、どちらかというとテンポイント有利と見ているようだ。
但し、どうもテンポイントという馬そのものより、明らかに杉本アナウンサーの実況にかぶれてテンポイントを吹聴している人もいた。
このような状況に、トウショウボーイかぶれの小生は「このトウシローが!分かってないな・・・」とつぶやいた。
まさに、木をみて森を見ず(アナを見て、馬を見ず)の印象。
今にして思えば、関東馬優勢のこの時代、関西テレビが杉本アナウンサーに臨場感のある実況をさせて、関西競馬を盛り上げるべく努力ていたようだ。
そして、その後、現実に栗東も坂路を作るなど充実して、関西馬が優位とも言える時代に突入していった。
テンポイント応援運動という関西の努力の一環に東京の人達も知らず知らずの内に乗せられていたのだろうか・・・
しかし、テンポイントにとって、このお祭り騒ぎの期待は決して良い事ばかりではなかった。
小生は、この2年後の悲劇はこのようにして、お膳立てされていったと、分析している。
また、脇にそれてしまった。
マージャンの中身はまったく覚えていない。
3時くらいから、テレビばかりが気になった。
3時30分、麻雀卓を離れ、テレビの前に鎮座した。
皐月賞がスタートした。
トウショウボーイはいつものように先行した。
最後の直線、上り坂を真っ先に駆け上がるトウショウボーイ。
6馬身差の圧勝だった。
レコードタイムというおまけ付だった。
テンポイントは2着だった。
小生の鼻は、限りなく高かった。
トウショウボーイの単勝馬券を、雀荘で見せびらかせた。
少し言い訳をする。
奥ゆかしい小生が、珍しく他人様がいる前でこのような態度をとったのは他でもない、雀荘の多くのおじさん達に、杉本アナウンサーの客観的でない実況に騙されないようにアピールしたかったからだ。
そして、1ヵ月後、ダービー(東京優駿)を迎えた。
トウショウボーイで稼がせてもらっている割には、他のレースではさっぱり当たらない小生だった。トウショウボーイ様さまだ。
ダービーでは嫌な情報があった。
卓球部の先輩で、やたらと競馬に詳しい山尾さんと先日、競馬談義になった。
山尾さんは、小生のように特定の馬にかぶれるタイプが、競馬では負けると言う。
小生は「トウショウボーイを新馬戦から4回連続で買って的中している」と反論した。
山尾さんは、簡単に論破した「それは、お前が競馬が分かっているからではなく、トウショウボーイが強いからだ」「他の馬は取れているのか?」
痛いところを突いてきた。
実際、トウショウボーイが全勝しているので、何とか採算が合っていた。
「それに」と山尾さんは言う「トウショウボーイは血統的に東京の2400mは難しいかもしれないぞ」
「えっ?」小生は戸惑った。そして、
「2000mも2400mも一緒じゃないのですか?」と、あまりにも初歩的な質問を投げてしまった。
いかに小生でも、20と24が違うことは知っていた。
ただ、1200mのレースや1400mのレースが短距離戦と言われ、2000mのレースと違うことは承知しているものの、2000mと2400mは50歩100歩の距離の違いだと思っていたのだ。
それから、山尾さんの説教(講釈)が始まった。
キタノカチドキという馬を例にあげた。
トウショウボーイと同じ、テスコボーイを父に持つ馬だ。
2年前、キタノカチドキは皐月賞を勝って、ダイビーでは枠順に恵まれず惜敗。
秋に巻き返し、3連勝で菊花賞も勝って、年度代表馬となったそうだ。
「明らかに、キタノカチドキは母系もステイヤーだが、トウショウボーイの母系はマイラーだ」と山尾さんは解説する。
「トウショウボーイの今までのレース、全部先行だろう」「先行馬は長距離には向かない」
山尾さんに言われると、やはり説得力がある。
短い競馬人生だが、確かに小生の場合2000mを超えるレースは、馬券が、かすりもしていないという現実があった。
不安になってきた。
しかし、他に強そうな馬もいなかった。
単枠指定だった。
数年前に出来た制度らしい。
ハイセイコーのとき、あまりにも人気がかぶってしまった。
当時、馬券は枠番での連勝複式の売り上げが圧倒的だったので、万が一ハイセイコーが出走取り消しになっても、同枠に馬がいるので、払い戻しの対象にならない。(この当時、馬連、馬単はない。もちろん3連やワイドなどもない)
幸い、ハイセイコーはトラブルなく走ったので、この時問題になることはなかったが、上記の危険を回避するために、設けられた制度だという。
確かに、単枠なら、どれだけ人気がかぶっても安心して買える。
テンポイントも相変わらず人気だった。
小生はトウショウボーイの単勝と、連勝を数通り買った。
そして、ダービーも、皐月賞と同じように、新宿の麻雀荘での観戦となった。
山尾さんの予想は当たってしまった。
加賀武見騎乗のクライムカイザーが4コーナーでスパートして、坂を駆け上がる。
トウショウボーイは追走し追いすがるが、およばず2着。
初めての敗戦となってしまった。
麻雀荘のお客さんも唸ったが、テレビから聞こえる競馬場の観客の「どよめき」が、妙に空しかった。
つづく
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