卓球については、高校3年のとき、たまたま大きな大会に出る機会があった。
一回戦は弱い選手だったので、完勝したが、2回戦は第一シードの選手と試合した。(要するにシード下だった)
田舎では敵なしの小生は、うぬぼれだけは強かった。
根拠もなく、本気でやれば自分が一番強いと信じていた。遠征して、もし負けても、敗因を強引に見つけ、あの時こうすれば勝っていたはずと自分の実力不足を認めなかった。
第一シードの選手との試合が始まった。第一シードということは、高校生では一番強い選手だ。相手に不足はない。
柳川高校の高野、後に日本大学に進学し1年生からエースで全日本の上位の常連となる選手だった。
およそ卓球をやる体格ではない。ラグビーのフォワードとか柔道の大きな選手が、シェイクハンドのラケットを握って仁王立ちして、卓球台の向こうで、肩をいからせているかのようだった。
「まるで熊だな」と思ったが、相手との距離がある場合、小生はビビらない。
これが、柔道の試合なら既にチビッていたかも知れないが、なにせ卓球は台を挟んで対峙する。
小生の経験では、卓球はデカイやつほど見掛け倒しが多かった。
体の大きな人は、型が決まれば、強いドライブやスマッシュをきめるが、卓球はその状況を作りあげるまでが勝負なのだ。
県の個人戦では、デカイ選手でフォアハンドドライブが強い各学校のエース級との対戦が多かった。
しかし、彼らのバックに回り込んだ渾身のドライブは、ことごとく小生が繰り出すペンホルダーのショートの餌食となった。
フォアサイドにナチュラルに曲がっていくショートが決まると、決まって相手のドライブの調子はくるった。
第一シードとはいえ、相手はドライブ主戦だ。
小生が今まで、ほとんど負けたことのない戦型なのである。
じゃんけんに勝ったので、サーブを選択した。
相手は「このままでいい」と自分のコートをラケットで軽く叩いた。
小生のサーブで試合が始まった。バックハンドの下切りサーブ、最大の回転を加えた。
小さくコート中央に弾んだボールを相手はフォアハンドではらった。ボールはネットに掛かった。
「よし!」と叫んで、こぶしを握った小生。
「案外、下手かもしれない」と思った。
通常、下回転のボールは、突っつきで返すのが常識だ。試合序盤なのだ。
2本目は小生が得意としている膝つきサーブを出した。相手から見ると、回転の方向が分かりにくい特徴がある。これもコートの中央に小さく弾んだ。わざと無回転にした。
相手は先ほどと同じようにフォアハンドのラケットを振り上げた。回転を意識しすぎたのか、ドライブがかかり過ぎて、ボールはコートをはるかにオーバーしてコートフェンスも越えて隣のコートまで飛んでいった。
「よーし!」
3本目は投げ上げのフォアハンドで、サイドカットを相手のバックに食い込ませた。相手は素早く回りこんで、フォアハンドでドライブを繰り出すも、これも小生のサーブは上回転を加えており、コートをオーバーした。
「よっしゃー!」
3ポイント連取だ。「勝てそうだ」
4本目は同じ投げ上げサーブに下回転を加えて、もっと深い角度に食い込ませた。
相手はこれも回り込んで、ドライブ。小生のフォアサイドに決まった。
小生は手を伸ばしたが、とどかなかった。
相手は軽く、ラケットを振りながら「よし」と言った。
想定内だ。相手は第一シードなのだ。
しかし、5本目に得意の膝つきで、渾身の下回転を加えたサーブを、相手が台上ドライブを見事に決めてから、小生の記憶はあまりない。
「よーっ!」という相手の声だけが、耳に残った。
試合の結果は1セット目が21対6、2セット目が21対3だった。
もちろん、小生が負けた。完敗だった。
こんな負け方は、初めてだった。
しかし不思議と屈辱とは、感じなかった。
あまりにも実力が違いすぎていた。
サバサバした気持ちだった。
高野選手は小生のサーブの回転をほとんど読んでドライブかスマッシュを決めだした。
高野選手のサーブの時は、ほとんどが単純な下回転だったが、小生がツッツキで返すと、豪快なドライブが小生のコートに突き刺さった。ラケットになんとか当てて返しても、次のスマッシュはさらに強烈だった。
試合が終了しコートを挟んで、礼を相手と審判にしながら「熊が卓球すんなよ!」とつぶやいていた。
大会会場から出て、蝉の声がうるさい7月のかげろうに揺れる青い空を見上げて「これで卓球がやめられる・・・」と決心した。
月海で、もずく酢をさかなに、月山の枡酒を飲みながら、小生の高校時代の話を聞いた富岡さんは「お前、高野とやったのか!」と大げさに、驚いてくれた。
高野選手はこの年、前評判どおりインターハイと国体で優勝し、高校生ながら出場した全日本選手権でも、ベスト16まで進出した超高校級の選手となっていたので有名だった。
普段だったら、「もう少しで勝ってたんですけどね」などと見栄を張る小生だが、このときは謙虚に言った。
「全然、勝てる気しませんでした」「高野は日大に行ったようです」
「明治じゃなかったんだ」と富岡さん。
日本大学は関東学連の1部だが、明治、早稲田、専修のほうが強かった。
小生は高野選手との対戦で、卓球は燃え尽きたので、大学では音楽に生きると言った。
「じゃあ、今度、ヘッドパワーに行こう、ギターも歌も結構うまい奴が出てるぜ。フォークだけだけど」「お前も音楽は音楽で、やればいいんだよ」と、富岡さんも、音楽は大好きだと言った。
「でも、卓球もやればいいんだよ」と、いかにも体育会には、あり得ないことも言った。
(ヘッドパワーというのは、新宿にある深夜営業のライブハウスのことだが、この話はいつかの日か・・・)
「えっー!そんなにいい加減でいいんですか?」
つづく
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