「芋 洗ふ女西行 ならば歌よまむ」 芭蕉
一見、何を言ってるのか分からない、、、と、その句意を測りかねるような一句ですよね。!(◎_◎;)
というのも、「芋洗ふ女」が一体何を象徴しているのかピンと来ないからです。( ; _ ; )/~~~
敢えて現代語に訳すと、「女たちが芋を洗っている、こんな風景を西行法師だったら、どのように歌に詠むだろうか?」、くらいですかねぇ?m(__)m
ネットで調べてみましたところ、やはり、我々現代人には知り得ない背景がありました。(^-^)
(句意)
谷川で芋を洗う女たちよ。もし西行がこれを見たならば、かの江口の遊女にしたように、さっそく歌を詠みかけることだろう。
西行が淀川畔の江口(現・大阪市東淀川区)で遊女妙に時雨の宿を請うて許されず、「世の中を厭ふまでこそ難からめ仮の宿りを惜しむ君かな」と詠んで許されたとの故事(謡曲「江口」など)を想起して作った句である。
西行隠棲の古典的な土地で、女が芋を洗うという世俗的生活が営まれていることに俳諧的感興を発している。
以上、、、「そんなもん、分かるかーッ!」(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾、、、by おいでやす小田
大阪市の東淀川区南江口にある「寂光寺」は、遊女・妙に因んで「江口の君堂」と呼ばれ、妙と西行の歌碑があるそうです、、、そら知らなんだ。m(__)m
以下、大阪市ホームページより。
寂光寺の寺伝によると、当地の遊女「江口の君」は、実は平資盛の女で「妙」(たえ)といい、平家没落の後ここに来たという。
仁安2年(1167)、西行法師が天王寺詣の途中、たまたま当地を通行中、にわか雨に会い、彼女に一夜の宿を乞うたところ断られたが、歌の贈答があってその奥ゆかしさに、一夜を語り明かした(問答歌は、新古今和歌集にも収められている)。その後、妙女は仏門に帰依し、庵を結んだと伝える。( ^_^)/~~~
という訳で、怒りを鎮めて、今日の返句。
「紫陽花や江口の君も濡れて居り」 祖谷馬関